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6 荒くれ者が集う場所

冒険者ギルドはピツハに乗って2時間程の場所にあった。

人の足だと1日かかるんだけど、ピツハに乗ると本当にあっという間についてしまう。

足が早いのは言わずもがな、更に風魔法でえげつないほどの加速をするので慣れて居ない人が乗ると軽く失神するレベルなのだ。


私はそれを風魔法を逆に流す事で防いでいる。

あまり魔力の層が厚いと抵抗が増してしまうので薄い紙をイメージしながら試行錯誤していたら簡易の結界の様になったのである。


そうこうしているうちにギルドの前に着いた。

私は服と髪をさっと整える。

肩にかけた荷物の紐を今一度確認し、緊張でこわばる顔をぺしんと両手で叩いた。


「最初が肝心!よし!ピツハ行くよ!」


ピツハが人に使役されている魔獣だと分かるようにお手製のレースで作った首輪も付けたし準備は万端だ。ギルドは深夜にも関わらず男たちの笑い声と怒号で賑わっている。

粗末な木製扉の隙間から黄色く漏れ出る光はまるで私を誘っているかのようだった。

私は大きく深呼吸をするとギルドの扉に手をかけ中に入っていった。


ギーっと扉の蝶番が嫌な音を立てたかと思うと、すぐにギルドの1階にある酒場が目に入る。

真っ赤な顔で陽気に歌を歌う男たちもいれば、しかめっ面でちびちびとエールを飲んでいる男も居る。そして何よりその場は男たちの熱気で溢れ、外はまだ寒いというのにとても暖かい。


エール独特の酒とほこりの臭いが充満していて、ちょっとだけすえた臭いもする。

この世界の人々は(貴族は別として)風呂に入る習慣があまりない為、良くて水浴びや濡れた布で体を拭く程度だからだろう。


家の実家はそこそこ稼いでいたのと、私がピツハに手伝って貰い、前世の記憶を頼りに風呂を自作した為、我が家の様にお風呂があるというのはかなり特殊なケースなのだと思う。


「はわわ~ギルドだあ・・・凄い!」


憧れと期待からか胸がバクバクと音を立てているのが分かった。

でも、そんなにのんびりもしていられない。

私は緊張で震える足を何とか踏み出し、受付のカウンターの方へ進んでゆく。


すると、何故か先ほどまでバカ騒ぎをしていた男たちが一斉にこちらを振り返った。

そして私の顔を見た後、その後ろに居るピツハを確認すると突然全員が全員、酒場の壁にベタっと張り付いた。


いや、張り付いたように見えただけで部屋の隅に避けたというのが正しい表現かもしれない。

シーンとする店内。なぜだ・・・・。


こういうの前世で見たことあるなあ・・・週末の夜に友達と遊んだ帰りの電車で酔っ払いのおじさんが「おえ」ってえづいた瞬間、満員電車だったのにサーっとその人の周りだけそこそこ広い空間が出来る現象・・・・。


もしかして私酔っ払よりも嫌がられてる!?何で!?

今のピツハは大人しいのもあって愛らしいし、今はご機嫌でフリル付きの首輪してるから更に可愛いのに・・・。


は!もしかして私の格好がおかしかったのかな?確かに着替えとお金と最低限の物だけ持って出たから冒険者というより町娘って感じなのは否めないけど・・・。


少し落ち込んだ私は、何故かおびえているように見える男たちを尻目にカウンターの前に立った。先ほどまでは人が並んでいた受付も何故か人が散ってしまい、終いには外に飛び出して行く人もいた。


くすん・・・私何かしましたでしょうか?

少し悲しくなったが、今はガマガエルとの問題を明日までに何とかしないといけないのだ。

誰も居なくなった受付にはギルドの職員らしい綺麗な女性が何人か座っていたけれど、何故か誰も目を合わせてくれない・・・。


め、めげないもんね!

そんな様子を見かねたのか、一人の男性職員が正面に座っていたお姉さんに代わるとジェスチャーするのが見えた。しかし、女性は感謝するどころか嫌そうな顔で彼を見ると奥に入って行った。


何にせよこのお兄さんに私の未来はかかっているのだ。

私はなるべく彼を驚かせないようにと笑顔で受付の前に立つ。


「ぼ、冒険者ギルドへようこそ、きょ、今日はどういった御用件でしょうか?」


そう言って引きつった笑顔を見せるお兄さんは柔らかそうな茶色の髪をした優しそうな人だった。でも、何が彼をそうさせているのだろうか・・・ちょっとへこむ・・・。


「こんにちは!あ、あの私・・・ギルドに登録をしたいのですが・・・」


「は、はい!ご登録ですね、えっとそれではこちらの用紙にご記入をお願い致します、読み上げた方がよろしいでしょうか?」


そう言うと、彼は慣れたように木で出来たカードと粗い造りの茶色い紙を取り出した。

この時代には前世のような学校も無いので字が読めない人も多く、登録に来る人には必ず聞いているのだろう。


「いいえ、これなら読めそうなので大丈夫です」


笑顔でそう言うと、ホッとしたような顔をするお兄さん。

私は内容を隅から隅まで読むと、用紙に名前や住所、年齢などを書き込んだ。

書き終わったそれをお兄さんに渡すと、またしても新しい用紙を手渡してくれた。


「登録に少しお時間を頂きますのでこちらの注意事項を読みながらお待ちいただけますでしょうか?」


そう言うと、用紙を持って奥に下がってしまった。

私はヒマそうにしているピツハの頭を撫でながら注意事項に目を通す。


内容は至極当たり前の事ばかりで、窃盗や身を守る以外で人への殺傷は禁止な事、ギルドカードを持っている者はその国の保護が受けられ身分を証明する事ができるが、重大な犯罪を起こした場合その資格は剥奪されるなど、人として最低限のルールを守っていれば問題なさそうだった。


すぐに注意事項を読み終わってしまった私はカウンターの横に置いてあったギルドガイドの小冊子が目に入ったのでパラパラとめくる。そこにはもっと掘り下げたルールやギルドの成り立ちなども簡単に書かれていた。


基本、冒険者はギルドカードを発行した国の預かりになるが、どの国でもギルドは使用可能で冒険者ランクなどは全国どのギルドで依頼を受けたとしても共通とされる。


ギルドは資産を管理する銀行の様な物も運営していて、お金を預けると全国のギルドで引き出しが可能なのだそう。腐らない物なら素材などの現物を保管する事も出来るらしい。


これは過去に魔物が大量発生してしまった際、同じ素材が大量に出回る事でその価値が大暴落した事があったそうだ。


多くの冒険者が苦労して仕留めた魔物の素材を大量に売っても大した金になら無いのに場所だけは取るので、見かねたギルドが価格変動を抑える為に保管という名目で預かったのが始まりだそうだ。


ギルドには必ず低級レベルの時空間魔法を扱える職員が一人常駐していて厳重に管理している為、盗難などの心配も無用らしい。


これはちょっと助かるかも、ピツハの取ってくる獣って結構大きいんだよね。

いつも血抜きした後、丸ごとピツハに括りつけて持ち帰っていたし、肉とかも腐らないように早めに燻製にしたり店で出したりしていたから尚更場所を必要とした。

すぐに素材を解体しなくても保管できる場所があるのはとても有難い。


そうして小冊子を読み終えた頃、職員のお兄さんが戻ってきて先ほどの木製カードを手渡してくれた。


「こちらのカードは契約の魔法陣が組み込まれております、万が一偽りの内容を記した場合、即座にその魔法陣にて国の衛兵の詰所前に拘束されたまま転移しますのでご注意ください」


笑顔で言うお兄さん、そう言うのは先に言ってよ!!!

偽名やら年齢をサバ読んで書いてたら衛兵の詰所でまっしぐらだったって事!?

この人優しそう見えて、笑顔でサラッと怖い言うタイプの人だな・・・気を付けよう・・・。


「は、はい!大丈夫です」


「ではこちらの小冊子に注意事項には無い細かいルールなどもいっしょに載っていますので目を通してください・・・ってもうご覧になっていますね。ではこれで登録は終わりです」


「あと、そちらの掲示板に依頼の募集が載っていますので依頼を受ける場合には

記載されている番号を受付で教えてください、それと指名以外の依頼は基本的に達成したもの勝ちですので冒険者の皆さんで競う形となります、なので貼られている依頼書は剥がさないように気をつけてくださいね」


「はい!わかりました!あ、ありがとうございました!」


勢いよく頭を下げるとお兄さんはフッと笑う。

おお、笑うと優しそうな顔がさらにいい人そうな雰囲気になるな。


「そう言えば自己紹介が遅れました、僕はこれからチサさんの担当になりますクレスと言います、以後お見知りおきを」


「え?冒険者には担当があるのですか?」


「ええ、まあ・・・」


そう言うとクレスさんはチラッと受付内の女性陣に視線を向ける。

サッと目を逸らす職員たち。


「ああ、そうですよね・・・私何故か嫌われているようですし・・・」


「ああ!いえ!そんな事は!えっと・・・その・・・魔獣がですね・・・


「え?ピツハが何か?」


「ピツハ?その・・・テルアに名前をつけているのですか・・・?」


「いえ、最初に会った時に名前を教えてくれたんです、今では私の親友です!」


「テルアが親友・・・ですか・・・」


クレスさんの引き引きつった笑顔今日で二回目です。

何故だ・・・。


「あの・・・私、田舎者で良く知らないのですが、魔獣を連れていると罰せられたりするのでしょうか?」


教会にある法律書を読み込んだ時にはそういった記述は無かったのだけれど、もしかしたらローカルなルールがあるのかもしれない。


「いえ、そう言った事では無いのですが・・・チサさんがお連れのテルアとはこの国では魔獣というよりも神獣に近いものでして・・・属性ドラゴンの次に珍しいのです・・・神獣とは人よりも高い知性を持っていて人の理に左右されないので・・・その・・・しかもかなりの肉食でして・・・」


「えっと・・・人を食べるという事でしょうか?」


「そう言われています・・・それに古い文献でしかその姿は見る事が出来ないので・・う~んそうだ!神殿の入口には魔獣よけとして神聖なテルアの石像があるのは知っていますか?テルアとは神と一緒に奉られるほど強いとされている魔獣なのですよ」


所々ぼかしながらの説明だったが、彼の話を要約するとこんな感じだ。


テルア族とは大昔に初代王の使役する魔獣だったそうだ。

戦争でその牙は敵を食い散らかし、最後には侵略してきた国の民を全て食らったと歴史書には記されていたそうだ。


そのおかげで初代王は無敗の王として恐れられ、国内では英雄と称されその相棒も神獣として祭られるようになったとの事だった。

その為、教会の入口には必ずと言って良いほどテルアの像があるらしい。


沖縄のシーサーみたいなものかな?と思ったけれど今一ピンと来ないのは仕方がないと思う。私の中で、もふもふは正義だからだ。


それに、他種族の赤子に乳を与えるほど情の深いピツハがそんな事をするだろうか?

首をかしげながら「ピツハ人間食べたい?」と聞くと「あんな固くて塩辛い肉食べられたものじゃないわ」と心外とばかりにツンと上を向いた。


そして先程の話を聞いていたのか「いくらなんでもそんなに食べられるわけ無いじゃない」と呆れた様に続けた。


あ、食べた事はあるんだ・・・はは・・・。


「あの、ピツハは人間は不味()()だから食べないそうです・・・」


あくまで食べた事実は隠しつつそう伝えるとクレスさんは目を見開いた。


「魔獣と話が出来るのですか!?」


「えっと・・・ピツハとしか話した事無いのでわかりません」


「はあ・・・そうなのですか・・・」


「あの私・・・何かまずいことを言ってしまったでしょうか・・・」


「いえ、何も・・・あはは・・・すみません、ちょっと頭の処理が追いつかないだけなのでお気になさらず・・・」


クレスさんが現実逃避をするかのように遠い目をして笑っている。


どうやら原因はピツハらしいが、私の目には愛らしく見える。

そう、誰がなんと言おうと、もふもふは正義なのだ!


「えっと、一応ギルドとしても安全確認をしたいので、そのテルア・・・ピツハさんがチサさんの言う事を聞くと言う保証が欲しいのですが・・・何かお願いをして見せてもらう事は出来ますか?」


「はい、かまいませんよ?ピツハ!お座り、お手、おかわり、ハイタッチ!」


そう言うと私はピツハといつも遊びでやっている犬のしつけごっこの掛け声をかけた。

器用にぷにぷにの肉球を私の手にぽふっと載せるピツハは物凄く可愛い。

きっちりお手が出来た彼女に愛が爆発して全身をよーしよしとワシャワシャする。

可愛い・・・うちの子天使・・・。


しばらく撫でていたがふと正気に戻ってクレスさんを見上げるとポカーンとした顔でこちらを見ている。


「あ、あの!すいません夢中になっちゃって!」


愛犬に夢中になりすぎたのが恥ずかしくなり熱くなる頬を両手で挟む。


「・・・・・・」


「あの!これじゃダメでしたでしょうか?」


「い、いえ!!!安全を確認できましたので大丈夫です!!!!」


そう言うクレスさんは心なしか目が潤んでいるように見える。

もしかしてピツハの可愛さに涙してしまったのかもしれない・・・。

だってこんなに愛らしい子が賢いなんて涙も出るよね!わかる!


盛大に勘違いをした事に気がつかない私はホッしながらクレスさんにお礼を言って立ち去ろうとする。いよいよ冒険者として独り立ちの時が来たのだ!


今日から私も冒険者!!!

ウキウキしたのも束の間、そう言えば肝心の用事が終わって無かった事に気が付く。

一度背を向けた私はくるっと振り返り、再びクレスさんに視線を向ける。

何故か笑顔のままビクとなるクレスさん。


うう・・・負けないもん・・・。


「な、何か?」


「あの・・・」


「は、はい!」


「国家機関であるギルドに所属している冒険者は貴族の子爵家以下との婚姻やそれに準ずる位へからの要求を拒否する事が出来るというのは本当でしょうか?」


そう、私の策とはこの抜け穴の事なのだ。

この為に私は急ぎギルドの登録に来たのだが、法律家ですら把握出来ていないであろう抜け穴をあどけない少女が真剣な面持ちで聞いて来たのを見て、お兄さんの顔が真っ青になってしまったのは私のせいじゃない・・・・と思いたい。

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