4 わたしは悪い魔獣使いじゃないよ
やせ細った体でぷるぷると震えていた夫婦(両親)は初めこそ大型魔獣であるテルア族のピツハに怯えていたが、彼女が赤子の私に乳をあげたり獲物を取って差し出して来るようになると少しずつ心を開いていった。
私が居なかったら多分丸呑みされてもおかしくないんだけどね・・・。
彼女はその愛らしい見た目に反して肉食獣なのだが、両親は私の面倒を見てくれる人間なのだと言い聞かせたので彼女が私の家族に害をなす事は無かった。ピツハが毎日獲物を取って来てくれるおかげで家族も飢える事無く、肉は店や家族の食事に使われ、皮は定期的に立ち寄る商隊に買い取ってもらえた為、お店も何とか維持する事が出来ていた。
ピツハが我が家に居る為、匂いで察したのか畑に魔獣が出ることも無くなった。
前に襲われた大型の魔獣がやってきたりはしないのかと彼女に聞くと、大型は警戒心が強く人間と魔獣が一緒にいる場合、王都などでは小さな魔獣を餌にした大がかりな罠を仕掛ける事も珍しく無いため滅多に現れないと言っていた。
そして最近、堕落の森付近にある古い遺跡の地下にダンジョンが見つかったらしく、町に立ち寄る冒険者が増えて来たので当然飲み食い処や寝泊りする場所は必要になった。
両親と兄は少しずつ獲物の牙や皮を売った金と食事処から出た利益をコツコツと貯め、宿屋を増設した為、今では1階が食事も出来る酒場、2階が食事処、3階が宿屋といった町でも比較的大きな店へと進化していた。
実家が宿屋の運営で十分食べて行ける頃には私は12歳になっていた。
ピツハにお願いして実家用に多く獲物を取ってきてもらう事も無くなったので、今では気ままに私を背中に乗せて町を練り歩いている。
初めこそ町の人々は悲鳴をあげて逃げ惑っていたが、ピツハが毎日私を乗せて遊んで歩いているものだから次第に慣れていった。
最近では食事で出た骨などを残しておいて私たちが通りかかると笑顔で差し出してくれる事も多くなった。やっぱりもふもふワンコ好きには悪い人は居ないと思う、うんうん。
そして、生まれ変わった私は赤毛で肌の白い平凡な容姿の少女だった。
ただ、魔獣の乳と栄養のある食事で育った私はスクスクと育ち12歳のになる頃には160cmほどの長身になっていた。(計ったのが自作したメジャーだったから正確かは分からないけどね)
更にピツハのおかげで10歳になった頃から私は、それまでしていた家の手伝いも免除されるようになった。私の仕事だった料理の下ごしらえや洗濯は今では従業員に任せられている。
きっと宿屋が繁盛しているおかげだろう。
そして何故か水仕事をするな、とか日に当らないようにと言い含められるようになっていた。
おそらく魔獣を使役する不思議な力を持った私をどこかのお金持ちにでも嫁がせようとか思っているのだろう。
しかし、前世と違って赤い髪は白い肌をより白くというより青白く見せているせいで病弱そうなイメージになってしまっていた。
本当は森に入って山登りしたりピツハと魔力循環の訓練をしていたりするから至って健康でどちらかと言うとおてんばな部類なのだが、周りの大人は私を見るとこぞって滋養に良いものを手渡してくるようになった。
おかげで私の秘密基地にある調合部屋には良くわからない人参や根っこの乾燥した物で溢れている。
両親には悪いが、私はこの先お金持ちの妾になるつもりもこの町で暮らすつもりもなかった。
せっかく異世界に転生したのだから目指さずにいられようか逆ハーレム!
という訳で現在は絶賛独り立ちの計画中なのである。
調合を始めたのもその一環で、きっかけは商隊が持ち込んだ薬学書だった。
本はとても貴重だったので、それを見かけた私は商人に頼み込み、写本させてくれと家にある布という布を引っ張り出し木炭で作った鉛筆で写させてさせてもらった。
残念ながら両親は金勘定に必要な文字と数字しか知らなかったので、字は近くにある教会でシスターに習う事にした。もちろん子供らしい範囲で小金を献金しつつである。
小金の根回しが効いたのか、神父も神話が書かれた貴重な本を読み聞かせてくれたり写本させてくれたりと、完璧ではないが、かなり難しい文字まで習う事が出来た。
話がそれてしまったが、この秘密基地は両親にバレないようにピツハに手伝ってもらい作ったものだ。魔獣であるピツハは、なんと電撃と風の二属性持ちで、木を倒したり瞬時に乾燥させたりする事が出来た。
もちろん重たい丸太もその大きな頭や腕で押し上げる事が出来たので、私は両親に隠れて毛皮や牙を商隊に売りコツコツ貯めたお金でノコギリやナタ、釘などを手に入れ、前世のDIYの知識を総動員して何とか私だけのお城を手に入れたのだった。
子供の頃から将来の為にと筋トレを重ね、ピツハに魔法の事を教えてもらう。
本当は剣や武術を習いたかったが、なんせ先生は目の前の大きなワンワンだけなのである。
仕方がないので木刀もどきを作って独学でピツハと打ち合い、瞬発力の練習をした。
剣術がまともに使えなくても、攻撃をかわせたり防いだりするのに特化しておけば、ならず者くらいからだったら逃げる事が出来るかもしれないと思ったのだ。
そうして訓練を重ねているうちに、どうやら私はピツハと同じ電撃と風の属性を持っているらしいという事がわかった。
ただ、それ以外は専門外なので彼女にも分からないらしい。
分からないものは仕方がないのでピツハが教えてくれる通り、体の中に魔力がいっぱいに貯まるイメージをしながら精神統一をする。
『私は人間みたいにしなくても、獲物を取る為に動き回ると魔力が沸騰したようになるわ、それに仕留めた後は多少だけど魔力量が増えるきがするわね』
どうやら魔獣は獲物を仕留める事で自然と魔力を感じ、その獲物を仕留める事で肉体的に向上するようだった。
それをヒントに魔力を泡立て器で混ぜるイメージをしてみたり、個体にしてパズルのように組立て増やしてみたり、小さな粒子が細胞分裂する様を想像してみたりした。
その結果分かったのが、魔力をミクロレベルに小さくしてからそれを弾力のある正方形に造り変え、隙間なく詰め込む作業が一番魔力量が増える感じがした。
ここでポイントなのは弾力である。
弾力があるということは、ぎゅっとすれば更に潰れるのである。
究極は中をこじ開けて更に小さな魔力を詰め込む事でより濃度の高い細胞の様な魔力の層が出来上がっていった。
そうして14歳になる頃には魔力量も上がり、ピッハを凌ぐ雷撃や風魔法を使える様になった。
もちろん体を鍛える事も忘れていない。きちんと胸に筋肉がつかないように頑張ったよ?
ムキムキすぎると残念な事になってしまうしね!
それからもピツハと森に入り、中級レベルの魔獣や獣を仕留めては皮をなめし保存に良い燻製なども作るようになった。なめし方は皮職人の元に比較的高額で取引されている獲物を持って行ってタダで渡す代わりに教えてもらえた。
良い獲物が手に入る度に職人の元へ出向いて行き練習をしては失敗しをくりかえした。
何度もため息をつかれていたけれど、最終的にはクマくらいの大きさだったら一人で解体や血抜き
し、皮も傷めずになめす事が出来るようになった。
最初は前世の記憶があったのでウサギや虎型の魔獣を解体するたびに吐いてしまったが、人とは生きるためなら何でも慣れるものである。
手を合わせてありがとうと感謝を忘れないようにしようと心に決めてからは吐き気もおさまり涙が出る事もなくなった。