闇に潜むものたち
とりあえず1章は終わりました
リベルがヴィネラ、アウローラ、コルヴァスの4人で集まって楽しそうに翌日からの予定を話し合っている時を同じくして、闇の中に潜む不穏な存在は動き始めていた。
どこかは明かせない場所にある大きな屋敷の研究室のような部屋で2つの人影が動いていた。いや、厳密にいえば人影の1つは頭と体のみが人の形をしており、腕は大きな羽、足は鳥の足をしていた。
「あ~も~、何よ話って!ワタシって暇じゃないんですけど~」
異形の姿で女性の声で喋りだしたのはハーピーという種族で世間では亜人と呼ばれている存在である。人の体は抜群のプロポーションをしており、誰もを魅了せしめんとする美しい羽根と澄んだ声は一種の芸術作品さえ思わせるほどである。顔も十分に美人と言えるレベルだ。
「文句は呼び出した張本人にしておくれ。そして、なぜ儂の研究室に来ておるか説明してくれんか?連絡なら自分の部屋や、それを言えば自分の巣でもいいじゃろが…」
文句を言うハーピーに返事を返したのは白髪が目立っている白衣を着た男性だった。ここの部屋の主を主張しており、ソファーに勝手に座っているハーピーに少し怒りを含んだ視線を向ける。
「だってえ、巣に帰ってもこの美しいツメを磨いてくれる部下っていないでしょ?この屋敷ならワタシが頼めば食事も身の回りの世話もしてくれるオスはたくさんいるんだもの」
「勝手に組織の下っ端を魅了しないでくるか。使いつぶせる人材は最近では手に入りにくいのじゃぞ」
「美しいワタシの存在の為に廃人になるなら本望でしょ?」
自分の美しさを理由に行動の正当を主張する彼女にさらに怒りの表情を見せる男性はフラスコや魔法陣が描かれている紙を手に持っていた。それを気づいているようにハーピーも楽しそうに片腕の羽を構える。
「そこまでにしてくれないか?」
一触即発の空気を止めたのは部屋の大きな鏡に映し出された仮面を被った人物からだった。声は鏡の上に付けられた魔道具から聞こえてきた。仮面で声が少しくぐもっているせいもあり性別は判別できない。
「ペルソナか」
「はあい、相変わらず胡散臭い仮面付けているわね。顔に自信がない人って可哀そうよねえ」
仮面の人物はペルソナと呼ばれているようだ。ハーピーからの嫌味は仮面を付けているので顔を窺うことはできない。
「よくペルソナにそこまで大きく出れるな。お前が普段着ている人間の下着はペルソナに買って貰ったものじゃろ?羽で覆われている体には不必要なものだろに…」
「仕方ないでしょ?ワタシの美貌をオスに見せつけるためだし、巣にいる他のハーピーじゃ頭はそこまで賢くないのよ。あ、でも買ってくれて感謝はしているわ、ペルソナ、でも1つ言わせてもらうならもっとセクシーな下着が良かったわ。男を惑わすには色気が足りないわよ。もしかして今まで見る機会とか必要がなかった?」
普通のハーピーは衣服を着ない筈なのに、ここにいるハーピーは下着を着ている。体の線を魅せる色とデザインを評価しているようで体をくねらせて見せつけてくる。それでも煽ってくる彼女に白衣の男性は心底うざそうにしており、鏡に映っているペルソナに同情の目を向けていた。
「呼び出した理由を話そう」
煽られている張本人のペルソナは心なしか早口で呼び出した内容を話し始める。
「ヴェネフィクス学園で未確認の飛行する人影が目撃された」
「何じゃと?」
「…」
「2人の意見を聞きたい。とくに彼女と眷属について」
ペルソナから聞かされた話で今まで騒いでいたハーピーが無口となり、まるで獲物を借るハンターのような眼つきをしていた。
「先に言っておくけど、とりあえず私の眷属じゃないわ。私は昨日ここにいたことはそこの爺が知っているわ」
「そこには同意するぞ。確かにこやつはこの屋敷に居座っていた」
「では、この報告は組織に関わりがないことがほぼ証明されたわけか。人間が自らの力で飛んだのかの?」
白衣の男性は楽しそうに頬を吊り上げ、ハーピーは正反対に面白くない顔をしていた。
「飛行魔法の使い手は限られておる。そこにはヴェネフィクス学園があるはするが、ひよっこどもじゃ話にならんな」
「此方でも学園で飛行魔法を使えるものはいないことを確認している」
飛行魔法はリベルが言ったように魔素の燃費がひどい魔法であり、使えるものも天性の精神力と風属性の適正が必要なのが周知の事実である。それを知っている2人は飛行魔法を人が使ったことをすぐ否定した。
「では、残された可能性は魔道具か!いいのう、これは研究魂がうずくわい!国に1つしかない学園なら魔道具の出入りも期待できるのお!」
「それを踏まえてあの人からの命令なんだが…」
「いいよ、ワタシが確認に行ってあげる」
ソファーから立ち上がり、自信満々な声でハーピーは胸を張っていた。
「ほ?珍しいのお、お主自ら名乗りを上げるとは。どういう風の吹き回しじゃ?ただの人間が飛んだだけかもしれんぞ?」
「別に、ただ気に入らないだけよ。安心しなさいよ、集合場所もいつもの所でしょ?華麗に調査して奪ってくればいいのでしょ?」
ハーピーが体をくねらせて部屋を出た後でにやけている男性にペルソナは呆れてツッコミを入れる。
「挑発もほどほどにして欲しいな…」
「かかか、はやり知能が高いと言っても所詮は獣よ。自分の無駄に高いプライドに触れた途端にやる気になってくれる。扱いやすい奴で助かるわい」
ハーピーは縄張り意識が高い亜人で特に自分たちの空中支配域には敏感であることが有名である。それを知っている男性はそこから挑発をおこない、この件をハーピーに調査させるように仕向けたのだ。
「なぜ自分から行かない?謎の魔道具の話が出れば貴方が向かうと思った」
「行きたいのは山々じゃがな、今は計画の要の1つとなる魔道具の製作に忙しい」
「あれか…。テストは?」
「あの突撃馬鹿が実験に協力という名の暴力で魔道具の修復が追いつかん」
「そこは…済まないが耐えてくれ」
ペルソナの申し訳ないような返事に白衣の男性はカラカラと笑う。
「では、儂は研究に戻る。あの鳥娘のことは任せるぞ?もし、ここで退場されることがあれば儂とお主の苦労が倍以上になるぞ」
「あちらの工作員に連絡は済ませている。足が付かないように現地の人間を使うから、ある意味彼女が向かったのは正解なのかもしれない。彼女の逃げ足を考えれば大丈夫だろう。伊達にクイーンの称号を得ている者ではないさ」
ペルソナの言葉を最後に鏡には何も映らなくなった。部屋には男性1人が残って再び机に向かうのであった。
ペルソナ達が話し合っていた屋敷とは別の場所で密会が行われていた。屋敷と比べて土臭く、空間自体も薄暗くお世辞にも広いとは言えない場所である。灯りは天上にぶら下がっているランプ1つだけ。
「人数は揃っていないけど定期報告会を始めよう。今回は3つの報告がある。」
薄暗い部屋で全員がフードを被っているので見た目では性別は分からないが、声の高さから男性と推測される。
「では、初めは私たち梟からの報告です。前回に報告が上がった対象の確認が無事に終了しました。黒でしたので回収しました」
梟と名乗る先程とは違う男性からの黒という報告に場が盛り上がった。
「素晴らしい、これで我らの目標に1つ近づいた。犠牲は?」
「勿論ゼロです。あの方の理念に反することはしません。対象は例の場所に保存していますので安心してください」
梟からの報告は満足のいくものだったようで代表と思しき男性は拍手して話を次に進めた。
「次は黒騎士殿からの報告だが、来ていないので今回は無しだ。前回の話から監視対象に動きはなかった筈だ。最後の報告は黒夢からだけど、僕らにも何の話か知らされていない」
代表の男性の報告に場が騒めいた。
「どういうことですか黒夢?この会議に真面目で冗談を言わない貴女が勿体ぶることなど珍しいですね」
代表の男のそばに控えていたフードを被った女性はここにいる全員の意見を代弁する。黒夢と呼ばれたのはフードを被った女性のようで上品な声でほほ笑んでいた。
「ふふ、それはもう、勿体ぶりたくもなるわ。なんせ私が待ちに待った話なのよ!終わらせることが惜しすぎなの!」
声のトーンが高くなりながら話す彼女に周りは困惑していた。それほど黒夢のテンションが高いのが珍しいようだ。
「貴女が勿体ぶる、といいますかそんなに声を上げる議題などあれしか…まさかっ!?」
控えている女性が何かに気が付いたようで息をのむ。彼女に続くように場に集まっている存在の全てが息を呑み、黒夢からの話の続きを待っていた。
「皆も気づいたようね。そう、とうとうあのお方が姿を見せたのよ!」
「「「おおおお!!」」」
「ついにかっ!」
「この時をどれほど待ち望んだことか!」
「我らの存在を表に盛大に明かすときでは!?」
会場が黒夢の報告によって盛り上がる中で冷静に見える代表の男が片手を上げて合図を示す。合図に気づいた会場は静寂に戻った。
「騒ぐ気持ちは痛いほどわかる。しかし、ここで我らが愚かな行動を起こせばあの方が胸を痛めるのは必須だ。まずは落ち着いて黒夢の話の確認をするのだ」
戻す片手と声が震えている様子から代表の男も興奮しているのが周りにもわかる。そんな彼の言葉だからこそ従うように全ての視線が黒夢に向けられる。
「信憑性なら心配いらないわ。私の目で遠くからだけど直接に姿を拝見したわ。あんな魔法の使い方をする人などあの方しかありえない。しかも魔法の発動も感じたし、いけ好かない協力者からの確認も取れました」
「あの人もこの話に加わるなら、信憑性は確かなものだろう」
黒夢の報告が正しいことを知った途端に言葉を発せずとも誰もが我先にと手を上げそうなのが分かるほど雰囲気が変わった。
「落ち着くのだ。黒夢、あのお方の今の状況と今後の目的は?」
「姿は子供の姿でかつての面影はあるわ。目的は協力者が以前に話したように、この世界を好きに過ごしたいようよ」
「ならば、我らのこれからの行動方針も決まったものだ!諸君、これからの我々の主な任務はあのお方、再びこの世界に姿をお見せになった魔導祖様を影からお守りし、サポートすることを天命とするのだ」
代表の男の号令にこれまでとは比べ物にならない大声でこの場にいる全員が賛同する。
「ああ、あの人をあそこで見たのもきっと運命だわ。あの日の誓いは忘れずにこの胸に…」
黒夢はこの場にいる人たちとはまた違った思いを込めた声で思いをはせていた。場が盛り上がっている中で暗い出入口から金属音が響てくるのに誰も気が付かなった。出て来たのは黒い鎧を見にまとった騎士だった。
「あれ?盛り上がっているけど何かあったのか?」
この集会に1人遅れてきた黒い鎧を着た騎士の声は誰にも聞こえていなかった。黒騎士は気づかれるまで悲しく地面に体育座りをしていた。
どこかで番外として過去編を書けたらいいですね