現代魔法と魔導祖の魔法
自分の圧倒的ネームセンスのなさに絶望
リベルはヴィネラを庇う位置取りで状況を観察していた。はたから見れば取り巻き2人にヴィネラが一方的に攻められていたように見えるが、大戦を経験してきたリベルはヴィネラの怪我に違和感を感じていた。
「(土汚れや擦り傷ばかりで顔や腕、肌に殴られた様子がない。服も破かれていないな。これは…)」
純粋な嫉妬からの嫌がらせにしては傷が少ない。これは相手が意外と冷静なのを意味している。ヴィネラはラケルタティス家の人間なので権力を恐れて手加減していたと見えるが、リベルは2人の心境を理解することに努めた。
「(悪いのは向こうだけど、一方的に言い負かせば何をしでだすか分からないからな)」
前世の経験は伊達ではなく、相手の年齢や立場からどうしてこのような行為に手を出したかを導くことで最小限の犠牲で済む場合もある。リベルはヴィネラとアウローラの家名と教室での関係、取り巻きの様子と現状で推理を進めていく。
「お、おい、どうする!?ここには誰も来ない筈だろ!?」
「知らないわよ!見られたから、どうにかして口封じしないと…」
取り巻き2人は今日の放課後はアウローラが馬術部で練習する姿を多くの生徒が見に来ることを知っていた。他の学園の有名人も仕事で来られないのも調べてあるので、後は巡回している警備に気を付けるだけだった。その計画がリベルのせいで破綻したことにより混乱状態に陥っていた。
「わ、私たちはここで倒れている彼女を見つけて介抱するつもりだったの」
「いや、場所と状況でそれは無理だろ…」
「くっ!」
リベルは女子生徒の苦し紛れすぎる言い訳にノータイムでツッコミを入れてしまう。
「お、俺たちはラケルタティス家から援助を受けている商人の身内だぞ!お前の家族に迷惑を掛けたくないなら黙ってここから去れ!」
「馬鹿正直に自分の身分をバラしたらダメじゃないか?」
「しまったっ!」
リベルを偶然通りかかった生徒として扱おうと誤魔化したり、口封じの為に自分の家の身分で脅迫したりするがどれも幼稚すぎてリベルは自然に返してしまう。リベルはもっとえげつない脅迫や強行突破がくると前世の経験上つい身構えていたので拍子抜けだった。
「(俺に殴りかかる様子もない、人数の有利を生かそうともしない。部外者を巻き込みたくない?)」
「もう、こ、こうなったら!」
「軽い怪我くらいは覚悟しろ!」
リバルが答えにたどり着こうとしていた中で取り巻き2人は頭が真っ白になっており、ついに魔法で脅迫をかけようと魔法陣を展開していた。
「あ、やっべぇい、説得するつもりが…」
「リベル君逃げて!」
穏便に解決するつもりがいつの間にか魔法で強行突破となっている現状に焦るリベルにヴィネラは慌てて逃げるように叫ぶ。そんな中でリベルはすぐ思考を冷静に戻し相手の魔法を観察する。
「(属性が火と風で詠唱円が1つだから下級魔法が一発ずつか)」
大国アエテーニタスの魔法使いによって使われる魔法陣は2つの大小の円を重ね、内側の小さい円の中に紋章や属性を表す図形を描き、内側の大円と小円の空間に詠唱を書かれているのが普通である。そして、魔法の階級は詠唱が書かれている円の多さで決まっている。
つまり、詠唱が長いほうが強いと言われているので詠唱円1つで下級、2つで中級、3つで上級となっている。
「火の魔素よ、我が呼び声に応えよ…」
「風の魔素よ、我が呼び声に応えよ…」
「(あー、火と風で相乗魔法になる可能性も込めてここは…)」」
とりあえず相手に怪我させないように魔法を防ぎ冷静になってもらおうとリベルは魔法を瞬時に選択すると…
「貴方達、何をやっておりますの?」
「「っ!?」」
「Oh…」
「あ…」
突如響いた声に取り巻き2人は顔が真っ青を超えて白色に、リベルはこれ以上の面倒事になる予感で苦虫を嚙み潰したよう顔となった。ヴィネラは心配が現実になる予感に絶望していた。取り巻き2人はこの声の主が自分たちの予想が外れて欲しいと淡い期待を胸に振り返る。
「あ、ああ…」
「アウローラ様…」
しかし、現実は残酷であり声の主はアウローラ・フォン・イグニス・ラケルタティスであった。彼女は馬術の練習中だったのか馬に乗っており、冷たい目で彼女の取り巻き2人を見下していた。
「こ、これは、その…」
「私たちは、あ、貴女様のことを、考えて…」
「いつ私がこんなことを望みましたか?考えているとお思いですか?その魔法陣は何と申しますか?」
もはや取り巻き2人は取り付く島もない状況に無言になっていた。
「(まずい…魔法陣を展開で魔法の発動が確定したも同然だ)」
影である魔法陣が展開しているので魔法が発動寸前となっている。影を作る元である魔素を直接干渉することが出来たなら魔法をキャンセルできる。しかし、それは少々難しいコントロールが必要であり、精神状態が平常でない2人にはどっちにしても無理な話であった。魔法陣を展開し続けることは精神を消耗することでもあるので、いつ魔法が暴走するか分からない。
「あら?私としたことがごめんください。その状態では辛いでしょうから手伝って差し上げましょう。さあ、私が魔法で受けてあげるから此方に魔法を放ちなさい」
「だ、ダメ!」
アウローラは馬から降りて右手を2人に向けた。その行為にヴィネラが待ったを掛けるが彼女は聞く耳を持たない。取り巻き2人は防衛本能が働いたのか魔法陣ごとアウローラに向かい合った。怒りを通り越して無表情となった彼女から感じる怒りに肌寒いものをここにいる全員が感じていた。
「滅多に見ることが叶わない貴族の魔法陣をよく御覧なさい」
展開される魔法陣は先ほどの2人より少し大きく、魔法陣には王国を示す紋章とラケルタティス家を象徴するサラマンダーが描かれていた。詠唱が書かれている外円は2つあってリベルは中級魔法と予想していたが、内容を読んで予想外の事に驚きを隠しきれないでいた。
「王家に所属することの証明が1つと純粋な詠唱が1つって、これで初級魔法なのか!?」
王家直属に貴族と認められている証で大国ブーストが掛かっている魔法を直に見たリベルは込められている魔素に驚いていた。正直に言って彼は大国からの威力ブーストを舐めていた。威力だけの魔法なら大戦に戦ってきたのでどこかに驕りがあった。
「(さっきの2.人の下級魔法と階級が同じとは思えない圧力だぞ!?さっきの下級魔法レベルなら相乗効果を狙ってもおつりが出るぞ。正直ブーストを舐めていた!)」
「大国に所属する6属貴族である火のラケルタティスの名の元に集え偉大なる魔素よ」
大国ブーストを証明する詠唱が終わるのを理解したリベルは彼女が下級魔法の詠唱を終える前に自分も魔法陣も展開する。その魔法陣に自分の声が聞こえないでいるアウローラに傷ついていたヴィネラが反応した。
「あ、その魔法陣は昨日の…」
リベルによって展開された魔法陣は昨日ヴィネラが見たものと同じである。内円と外円があるのは同じだが紋章が明らかに違っていた。この異世界の住人ではお目にかけない六芒星を基本にした魔法陣である。六芒星の6つの先端に上から時計回り闇、風、土、光、水、火と日本語で属性が書かれており、この世界の住人には絶対理解できないようになっている。
「土よ水を含み攻撃を防ぐ壁となれ!」
リベルの魔法陣に描かれていた土と水の2文字が反応して色が黄色と青色の半々に分かれる。リベルの詠唱とほぼ同時に3人はそれぞれの下級魔法の詠唱を終わらせる。魔法が発動したのは4つ同時だった。
「ファイヤーボール!」
「ウィンドカッター!」
「フレイムシュート!」
「湿地の墓標!」
取り巻き2人の魔法とアウローラの魔法が衝突する間に水を含んだ分厚い土の壁が出現する。火の球と風の刃、それを大きく上回る炎の球の3つを受け止めた。アウローラの魔法だけで壁の7割を消滅させていたが原型をとどめて居る土壁にリベル以外は驚いていた。
「「……」」
「私の魔法を防いだ?」
取り巻き2人は精神の限界か緊張感が解けたのかその場に座り込み、アウローラは貴族の魔法を防いだ事実に驚きを隠せないでいた。
「あっぶねぇー。あ、怪我はないかヴィネラさん?」
リベルは無事に被害を最小限に防げたことに安堵する。そして本来の目的であるヴィネラの様子を確認する為に後ろで座り込んでいる彼女に声を掛けるが返事は聞こえてこなかった。
「…ヴィネラさん?」
「……(ぽー)」
返事がないことに心配したリベルが振り返れば、ヴィネラは頬を赤らめてリベルを見上げていた。それは恋というより憧れの存在を見るに近い感じだった。
「(あれ?これってよく見る王道ファンタジーでの救いに来た主人公にヒロインが恋する展開?)」
「……魔導祖カオス様」
「……ぐはぁっ!!」
転移する前の地球で読んでいたファンタジー小説に似た場面だと油断していたのか、ヴィネラからでた魔導祖の名前がリベルにクリーンヒットした。膝から崩れ両手で地面をつく姿勢になっていくリベルの口からは本物の血が吐かれたように見えた。
「だ、大丈夫リベル君!?どこか怪我したの!?」
「ぐふぉ…。ま、まさか、助けたアンタから受けた、ダメージが一番でかい、とは…」
声が途切れ途切れで四つん這いになっているリベルに駆け寄り、傷の心配をするヴィネラだがその原因が彼女自身にあるとは思いもしなかった。
魔法解説
・ファイヤーボール:下級魔法。火を球状にして相手にぶつける。
・ウィンドカッター:下級魔法。風の刃で目標を切り裂く。
・フレイムシュート:ラケルタティス家の下級魔法。ファイヤーボールの強化版、威力と速さが上昇。
・湿地の墓標/スワンプウォール:土と水の合成魔法。湿らせた土で火を防ぐ。物理攻撃にも強い。