黒歴史という足跡
時間が過ぎるのが早い、話の展開が早い、仕方ないか
リベルの初登校から次の日、先日と変わらず教室では隣のヴィネラ以外から話し掛けられず少し寂しい気持ちになっているリベルだった。先日に6属貴族に絡まれたことも相まってすっかりクラスメイトとの間に溝が出来ていた。妥協策でも考えねばと帰りの挨拶が終えても席に座ったままでいた。
「(でも、これはこれで平穏な学園生活とも言えるな)」
荒事が起きないであろう現状に妥協することを考えながらチラリとすでに姿が見えないヴィネラの席に視線だけを向ける。昨日は穴が出来そうなほどリベルを見ていた彼女からの視線が今日は感じられないことに不安を感じていた。
「(今日はどことなく悲しそうだったな、目が見えないから勘だけど。ラケルタティス家のお嬢様の取り巻きが原因か?)」
思い出されるのは昨日の6属貴族の1つラケレタティス家のご令嬢の取り巻きから感じたヴィネラへの視線だった。あの視線をリベルは前世で嫌になるほどあびていた。持たないものから持つものへの一方的な嫉妬の感情。光に対しての闇の感情である。
「(嫉妬という闇が傷という影にならければいいけどな…)」
闇は形を創る。それが恐怖からの幻影であっても感情からの傷という現実であっても。しかし、その闇も光があるから生まれるものであり、思考を持つ生物ならそれを内に抱えないといけないことをどこかで妥協しなければならない。
「(感情のコントロールなんて、あの歳の子供には難しいか…、俺はあんな時代にいたけど恵まれた方だったな)」
かつての記憶に浸っている内に思っていたより時間が進んでいたようで気が付けば教室にはリベルを含めて数人の生徒しか残っていなかった。リベルは席を立ち上がり帰宅しようとして足元に落ちている小さな紙切れが視界に入る。嫌な予感がして紙切れを拾い上げる。
その紙切れに書かれていた内容は―
『今日の放課後に例の場所に来なさい。』
「っ!?」
リベルは驚きの声と一緒に紙切れを握りしめた。この紙切れがヴィネラに宛てられた証拠もなければ、悪戯の可能性もなくはない。だが、先ほどのラケルタティス家のご令嬢の取り巻きについて考えていたせいで最悪の結果へと予想が導き出される。
「でもなぁ…」
しかし、リベルはすぐにヴィネラを探しに行かずに教室で佇んでいた。これは自分が介入していい問題なのか、当の本人たちで解決しなければいけない問題ではないのか。そもそも貴族関係の問題に手を出せば今後の学園生活に響くことは明白である。リベルが唱えた平穏で冒険感あふれるファンタジー生活を送るという夢に反している。
「(初めて喋ったのだって昨日だ、クラスメイトが関の山で友人といえる関係でもない)」
親しいわけではない、恩があるわけでもない、見ないふりで後から優しい言葉をかけても誰にも文句を言われる筋合いもない。彼女も笑って許してくれるだろう。
「……」
しかし、リベルは考えをまとめる前に足を踏み出していた。徐々に歩く速さを上げていく中でリベルは苦笑していた。紙切れを拾って歩き出す彼を教室に残っていた男子生徒の1人に見られていたことに気が付かないほど気分が向上していた。
「転生っていっても、俺という光が消えていないなら形作られる闇も変わらないものだよなぁ…。でも、過去の自分に顔向けできないことは出来ないよな」
「ネガティブ・ステップ!」
リベルと名前を変えてもカオスで培ってきた自分自身という存在は離れていなかった。自分という光は他者に闇という記憶や傷跡を残す。黒い歴史は歩いてきた道であり、生きている限り続いていく。だからこそ、その歩いた後を道標として先に進める活力にも出来る。
リベルはこれから残る黒い道のりはカオスと同じものであるがそれを否定せず、少しでも過去の自分に胸を張れるような道を作っていきたいと人気のない廊下の窓から空へ駆け出した。
「はは、すげぇ…」
リベルが空を駆け出していく光景を教室から彼に気付かれないように後をつけていた男子生徒が物陰で口を開けて笑いながら見ていた。
ヴィネラ・ラケルタティスは自分という存在に意味を見出せないでいた。学園の人気が少ない物陰でアウローラ・フォン・イグニス・ラケルタティスの取り巻きである男女2人の生徒に暴言と暴力を振るわれていた。
「アウローラ様がお前みたいな女の為にわざわざ割く時間なんが勿体ないんだよ!」
「あの方が貴女に時間を割く必要がないように気が利く私たちが懲らしめてあげるわ!」
「(ああ、私は誰かに迷惑をかけてばっかり…)」
女子生徒からは乱暴に押し出せれ、男子生徒からは罵倒が繰り出されている。そんな中でヴィネラが考えていたのは彼らへの怒りや恨みではなく、他人へ迷惑をかけている自分という存在を悔いていた。
ヴィネラという生徒は学園ではクラスメイトやアウローラに関係する者にしかラケルタティス家として認識されていなかった。勉強が出来ており、テストの成績順位なので名前をアウローラと一緒に見るくらいである。しかも、こんな消極的な人物がアウローラと血縁関係と思わられないこともよくあることだった。
しかし、心は誰よりも優しい娘である。クラスメイトからも近寄りがたいだけで嫌われていることがないのが何よりの証拠である。
「何か言い返したらどうなのよ!」
そんな優しい彼女は罵倒する2人に強く言い返すことが出来ないでいた。
「何で勉強だけ出来る貴女だけにアウローラ様は会いに行くのよ!?」
「ラケルタティス家に何の貢献もしていないお前が何でその家名を持っているんだ!?」
「「どうしてお前はその名前で生まれてきた!?」」
「……」
ヴィネラはとある事情により自分からラケルタティスという名を捨てようとした。自分が生きていれば周りに迷惑をかけてしまう。それを自覚している彼女は優しさから取り巻き2人からの嫉妬をただ受け止めていた。
「そもそも、その長い前髪が気に食わなかったのよ!少しはこっちを見なさい!」
「っ!?だ、ダメっ!」
学園で初めてヴィネラが声を上げて女子生徒の手を払いのけた。突然にヴィネラから手を出されたことに驚愕する2人に対してヴィネラは顔を伏せる。
「な、なによ、言い返せるじゃない。前髪がそんなに大切なのかしら?」
ヴィネラが強く否定してきたことが嬉しいのか女子生徒は笑いながら手を再び伸ばしてきた。男子生徒もただ笑いながら縮こまるヴィネラを眺めていた。
「(何で私はラケルタティス家に生まれてきたのだろう?)」
ヴィネラは手が自分に向かって伸ばされている中で自分の出生の意味を問いていた。せめて彼女たちに被害が出ないように両目を強く閉じ、顔を両手で覆って待つしか出来なかった。
「まあ、待てってお2人さん」
しかし、女子生徒の手がヴィネラに届くことは聞き覚えのある男性の声によってなかった。
「な、なによ、貴方は!?」
「ど、どこから来た!周りには気を付けていたぞ!?」
驚愕する自分を呼び出した男女2人の声にヴィネラは恐る恐る顔を上げていく。するとそこには、伸ばされた手を片手で掴んでいるクラスメイトのリベル・スロースターが目の前に立っていた。思いがけないリベルの登場に取り巻きの2人は後ずさり、青い顔で周りを見渡していた。
「り、リベルくん?」
ヴィネラがラケルタティス家に生まれたのが運命の悪戯であれば
「まあ、過去の黒歴史に笑われたくないからな」
リベルとの出会いもまた運命の悪戯である。