ファーストコンタクト
ここから作者の魔法について独自解釈が入りますのでご注意を
学園に登校して授業を受けている中でリベルは困惑と不安の中にいた。
「(なぜ?Why?転校生や編入生が来た時って皆が興味津々で注目の的になるんじゃないのか?)」
リベルは学園生活デビューとして期待に胸を高まらせていただけに朝からの教室の沈黙には驚いていた。元の世界の偏った知識により予習ばっちりと聞かれるであろう質問に対して答えを準備していたのが無駄となった。
実際にはリベルの正体が分からず、貴族との接触が怖くて観察されているだけである。担任の女性エルフはそんな教室の空気より自分の婚期を気にしているので完全無視している。
「(じー………)」
「(なんか隣の生徒はこっちをチラチラ見てるし?)」
常に視線を隣の前髪が長い少女から感じており困惑していた。他の生徒の観察する視線よりしつこいことがより不安を煽っていた。
「えー、それでこの火属性魔法は200年前に創られ目的は……」
1つの魔法について長々しく説明されている中でリベルは自身の魔法についての理論を考える。
―魔法とは魔素をエネルギーとして現象を発動することである。自分が持つ魔法属性と魔素、そしてイメージの合致が魔法の可能性を伸ばせる。
これがカオスであったリベルが唱えた3つの魔法理論の1つ目であり、魔法の基礎として現代でも最初に教えさせられることである。
―魔素とは『精神干渉型万能粒子』である。自分自身の世界観を持つことが魔素への干渉を強め、想像によって魔法は創造される。
しかし、2つ目に伝えたい魔素についての事が皆に理解されなかった。このズレがリベルたちが行使する魔法と現在魔法の認識の違いを生んだ結果だと昨日と今日の授業で結論した。
自分の世界観というのは魔法に対する認識ということで、『水が火に強い』とイメージすれば水で火を消すことを『強化』できることだ。この認識を個ではなく複数での共通認識にすればより強化は高まる。これを国で当てはめて現在魔法は貴族の価値を高めている。
つまり―
国を治める王族が使う魔法は強い>王族に認められた貴族も強い>貴族より下の階級
という魔法に対する序列の認識が魔法にブーストをかけているのが大国アエテーニタスでの魔法である。長い歴史と専用の魔法陣の存在がさらにブーストに加算されていることも大きい。これが謀反の抑止力になっており、貴族を管理できれば安全が約束されることになる。リベルとは違う魔法理論だが、これだって長い歴史があれば成せることであって1つの正解である。
「(だから1つの魔法について今のように学べばその魔法への認識が強まる。だが、あまりにも国に依存しているな)」
国外での魔法では国で得られるブーストが得られない、これは大きなデメリットである。よって歴史書にはアエテーニタスから戦争を仕掛けるということがなかった。しかし、防衛戦に向いている魔法なのは一目瞭然であり、これは大きなメリットである。
「(どんなものにも光と闇があるのは世の常か…)」
―光あれば必ず闇が存在する。逆もしかりであり決して片方では世界は創造できない。これは万物に通用すると考えられる。
最後に唱えた理論はカオスが行き着いた答えであり、魔法や世界の根本に影響する考えである。
―光だけでは何も認識できないが影という闇があることで存在を想像できる。
―闇だけでは何も想像できないが灯という光があることで存在を認識できる。
魔法という存在は魔素という光と魔法陣という影の2つあることで創造できる。しかし、光と闇は簡単にひっくり返るもので個人の価値観で決まる。自分を光とするか他人を光とするかで闇の存在も変わってくる。
しかし、カオスがこの世を去って世間の光と闇の認識は変わらなかった。光が正義、闇が悪という認識が長く続いた。闇魔法が日の目を見出したのが100年前というわりと最近で6属貴族の1つ、闇の属性魔法を操る貴族が闇についての価値を高めたと歴史書に書かれていた。
「(その貴族に興味が沸くし、闇属性の貴族を存続させてきた王族もすごいな)」
「あの…もしもし?」
自分の世界に入っているリベルは思考をさらに深めていく。そのせいか隣からの声はまったく聞こえていなかった。
「(闇属性をどんな魔法に使っているか、または影という認識はどうなっているのか気になる)」
「え~と、り、リベル、くん?」
「ん?あっ…えっと、何?」
体を揺すられて初めて自分が呼ばれていることに気づき、隣のヴィネラに顔を向ける。やっと此方を気にしてくれたと目は見えないが口が綻んでいるので嬉しいとリベルは感じた。それと同時に折角のクラスメイトからの接触に気が付かなった自分を恥じた。
「ごめん、考え事に夢中で気が付かなった…」
「あっ、い、いいよ、こっちこそゴメンね、考え事の途中で…授業おわったから」
「「……」」
「はは…」
「ふふ…」
頬を人差し指でかきながら恥ずかしそうに謝罪するリベルに寧ろこっちが邪魔したと謝罪するヴィネラ。どちらも謝罪したことが面白かったのかお互い笑みを浮かべる。
「わざわざ教えてくれてありがとう。自己紹介は昨日に済ませたけど、改めてリベル・スロースターだ、よろしく」
「ヴィ、ヴィネラ・ラケルタティス、よ、よろしくお願いいたします」
握手をしながら互いに自己紹介するこの場面にリベルは学園で初めて心の中で感動していた。
「(これだよ、こういうのを待っていた!家名持ちということはそれなりの地位だな)」
ヴェネフィクス学園に通っている学生の殆どは家名を持っているのが普通である。この国では商人、鍛冶師、ギルドの重役といった国にとって何かしらの役割を任されている者に家名を与えている。それ以外は名前だけが一般的で、例えば商人の代表の1つとしてメルキャトルという家名があり、その下に所属している商人は「メルキャトル家所属の○○」と名乗っている。
「(ん?ラケルタティスって家名は聞いたことがあるな…)」
「え、えっとね、と、突然でゴメンね、よ、よかったら、放課後に…」
言葉は途切れ途切れだが頑張ってリベルに話かけるヴィネラだったが、突如教室の扉が音を出して開いたことでそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
「失礼しますわ!」
大きな音と同じタイミングで大声を出すのはいかにもお嬢様を連想させる金髪のツインテールの女子生徒だった。彼女を見た教室にいた生徒たちはリベルとヴィネラまでの道を何も言わないで開けていく。その道を通ってツインテールお嬢様と取り巻きと思しき生徒数人が近づいてきた。
「ご機嫌用、ヴィネラさん!今日も1人と思い来てやりましたわ」
「う、うん、わざわざごめんね、アウローラさん…」
「(性格的には正反対みたいな2人だな)」
積極的に見えるアウローラという女子生徒と反対に消極的なヴィネラという極端な2人が知り合いであろうことに内心驚くリベル。
「…そう、お変わりないようで何よりですわ。いつものように1人で」
アウローラは少し不機嫌な顔をしている。何に対して不機嫌なのかヴィネラは分かっているようで困ったような笑みを浮かべている。ちなみにリバルや他の生徒には不機嫌の理由は分からない。
「きょ、今日はね、自分からお話しできたよ?」
「……へー、何処のどなたにかしら?」
ますます不機嫌さを増すアウローラと対照的に頑張ったと胸を張るように両手を握るヴィネラ。内気なヴィネラは学園で自分から話し掛けるというのは珍しいことであり、それを知っているアウローラは頑張った彼女に対して不機嫌を隠せていないでいた。不機嫌なアウローラに取り巻きの生徒だけでなく教室の生徒たちもハラハラとした表情をしていた。
「昨日に編入してきたリベル君だよ」
「へー、そちらの殿方に、ですか…」
ヴィネラの紹介でアウローラはリベルに初めて視線を向ける。その視線はまるで品定めをするようで鋭い目つきも相まってリベルは彼女の後ろに般若の幻惑が見えた。
「あーと、昨日編入してきたリベル・スロースターだ」
「……私、としたことが自己紹介が遅れて申し訳ございません。私はアウローラ・フォン・イグニス・ラケルタティスと申します。由緒正しきイグニス・ラケルタティス家の長女ですわ」
「これはどうもご丁寧に(そうか、ラケルタティスってティオから聞いた6属貴族の…)」
長いツインテールの片方を片手で払いあげる仕草も相まって貴族令嬢を連想させるアウローラの家名は先ほど聞いたヴィネラと同じ家名だった。それはアエテーニタスにある6つしか存在しない貴族を表す家名なのをリベルは思い出した。
6属貴族とはかつてカオスが魔法の属性に光、闇、火、水、風、土の6つを定義したのが発端とされている。魔法を中心とした国であるアエテーニタスはこの6つの属性を代表する者こそ貴族とすべきと定めた。貴族の称号であるフォンと属性の名前と家名を持つ者こそ6属貴族の証である。
ちなみに属性の名前は
光の属性:ルークス
闇の属性:オブキューリタス
火の属性:イグニス
水の属性:アキュア
風の属性:アーエル
土の属性:テラ
となっている。
「(ティオに聞いた通りならヴィネラは火属性のラケルタティス家に連なる人物か。ラケレタティス家には2人の子供がいて兄と妹だったはず)」
6属貴族の家名のみを持つ者は血縁関係か貴族に功績を認められ前者と準じる者として名乗りを許されている。だが殆どが血縁関係者なのが普通のようだ。それならヴィネラとアウローラは親戚となり、アウローラがヴィネラの所に来ていることにリベルは納得がいった。
「まあ、貴方がどこの馬の骨かは知りませんが、ヴィネラが自分から話したこともありますので顔くらいは覚えて差し上げますわ」
「はは、感謝します」
乾いた笑みを浮かべてとりあえず感謝するリベルにアウローラから見えないがヴィネラが頭を軽く下げて謝罪のポーズをしていた。このような上から目線の言葉には大戦時代の経験もあり、しかも年若い女性ということもあってリベルは気にしていなかった。
「アウローラ様、そろそろお時間です」
「あら、そうですか。次の授業の準備もありますので今日はこれで失礼します」
「ありがとうね、ばいばい」
「……ええ」
「(よくある展開で悪役ご令嬢が身分下の女性をいじめているわけじゃないよな?)」
お付きの生徒に次の授業時間が迫っていることを聞かされ、教室から出ていく彼女にヴィネラは軽く手を振って別れを済ます。それにアウローラも少し手を挙げる。アウローラの登場にアニメや小説の学園ものの定番である身分差によるイジメかと思ったリベルだが、少なくとも2人から負の感情を感じないことに安心した。
「「「ほっ…」」」
「「…」」
6属貴族という圧倒的に身分が高い人物が教室から帰ったことにより何事も起こらなかったと安心するクラスメイトたちだったが、アウローラの取り巻きの内の2人がヴィネラを睨んでいることにリベルは気づいた。取り巻き2人についてクラスメイトの全員も知っているかのようで気まずそうにヴィネラから顔を背けている。
「……」
「(これは平和に学園生活を送れるか?)」
取り巻きの視線を感じたのかヴィネラは顔を伏せる。学園生活初日で何か悟りを開いたように待ち受ける未来に不安を感じるリベルであった。