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転生

何事でも最初は時間をかけたくなります。

 魔導祖カオス、これはこの世界で知らぬ人はいないほどの偉人である。黒歴史と言われる争いの歴史を終わらせ、魔法を技術的において飛躍的に進歩させた功績を残した。しかし、彼の死後に関しては謎が多かった。死因、墓標、家系や子孫に関する資料が何も残されていなかった。


「はあぁぁぁ……」


 多くの人が認める偉大な功績を残した彼は転生して再びこの世界で生活を過ごしていた。ソファーに寝そべり大きなため息を吐き、教科書に写っている過去の自分のページを見ていた。


「なんだよ、このカリスマが溢れる高身長でイケメンで肩幅広いこの絵が俺のわけないだろぉ~」

「人間だった貴方を偉大に表現したかったんですよ。今の政治の中心を担っているのは人族ですからね」

「捏造じゃねーか…」


 不満の声を上げる少年と教科書に載っている金髪で俳優顔負けのビジュアルを持つ男性が同一人物だと誰が思うだろうか。このリベル・スロースターという低めの身長で黒髪の少年が誰もが知る魔導祖だった人物なのだ。


「いや~、見てみたかったですよ?自分が残した偉業に震える貴方の姿をね」


 そんなリベルに話しかけたのは彼の向かいに座って書類に目を通す長髪を後ろで束ねている糸目の男性だった。


「じゃあ、聞くがこの絵の俺が昔の俺に似ているか?」

「いえ、ちっとも似てませんね~」

「嫌味だろティオ!?」

「はい、そうですよ?」


 悪びれることなくリベルに嫌味をいうティオと呼ばれた男性は頭に大きな2本の角を持つ魔族であった。眼鏡をかけ、長めの髪を後ろで結んでいる。顔も良く身長も高めで近所の奥様たちから人気を集めている。

 彼の本名は魔族ヴァガーティオ、黒歴史での活躍というより悪行が有名な魔族でかつてカオスの仲間だった。人間、魔族や他の種族に与せず、各地を自由に回り面白いことに首を突っ込んでは各陣営に膨大な被害を出した。しかし、首を突っ込んだ中では助けられた人々も多く一部からは英雄(ダークヒーロー)扱いを受けている。


「でも、感謝はして欲しいですよ?僕のお陰でヴェネフィクス学院に編入できたんですから」

「してるよっ!でもさ、あの授業内容は絶対お前の仕業だろぉっ!?」

「おお!よくお気づきで!」

「やっぱかぁぁぁっ!?何!俺に何か恨みでもあるの、あったの!?」


 ヴェネフィクス学院での編入最初の授業はまさかのリベルの黒歴史そのものである大戦と魔導祖カオスについてであった。下級3年、上級3年と学年が別れている学院で上級1学年が習う内容ではないことに気が付いていたリベルはヴァガーティオを疑っていた。案の定、彼の仕業だったようで怒りのままに叫んだ。


「まさかっ!あれは僕からの気遣いですよ」

「…何が?」


 嫌がらせが目的かと思われたが真顔であっさり否定するティオを見て訝しむリベル。


「現在の状況を僕から聞いてもあっさり受け止めることができましたか?まあ、自分で言うのもなんですが無理でしょうね。だから学院で過去の貴方が教養の一部になっていることを直に感じて欲しかったんです。考える時間も必要と思って受けていただく授業も1つだけと学院側に頼んだんですよ」

「……」


 ヴァガーティオが言っていることに思い当たる節があるのか考え込むリベル。いくら編入初日であっても授業1つ受けて帰れることは不審がっていた。内容も結構な詰込みすぎな感じもしていた。そのおかげで現代の情報について分かったこともある。


「で?どうでした、今のこの世界の現状は?」

「生活水準は飛躍的に上がったとしても魔法に関しては期待できない」


 魔法が期待できない、魔導祖と呼ばれていた彼から発言されたとは思えない言葉だった。この言葉にヴァガーティオは苦笑して無言だった。まるでこの言葉をまっていたように。


「授業を聞いて片手間に教育用の魔導書にざっと目を通した。なんだあの内容は?俺たちの魔法を見て負けた奴らの子孫たちの未来とは思えない現状だ。魔法は威力と派手さが重要視され、俺たちが使っていた魔法そのものに意味を持たせることがのっていない」


 魔導祖という名は伊達ではなく、彼は魔法に意味を持たせることによって現象の強化をおこなった。これは彼が異世界転移者だったおかげである。地球の娯楽によるファンタジー世界を題材にした小説、ゲーム、アニメの知識はこの転移先の世界では大きな手助けとなった。これはいわゆる神様特典というもので、彼は異世界に転移する際の特典に『地球での知識の引継ぎ』と『自立できるまでの安全な環境』を望んだ。


「食事と生活水準の豊かさも貴方がかつてこの世界に授けたものです。魔法の新たな定義についてもですが、どこから持ってきたんですかその知識?」

「生まれ変わった時に授かったんだよ」

「ははは、天才のそれですね。相変わらずミステリアスで安心します」


 異世界転移について他人には話していない。仲間に話してもタイミングのせいなのか流される始末なのだ。いつもの反応に苦笑しながら話を続ける。


「生活基準を保つためには俺が作った魔道具を存続させるか改良でもしないとダメだったはずだ」

「そこは固有魔法『複製(コピー)』の持ち主によって生産されているんですよ。生産コストは冒険者や国民から集めてね。複製の担い手がいない時期は複製の魔道具を使って生産をし続けています」

「食事は基盤があれば勝手に進んでいくのは生物として分かる。でもな、魔法はどうなんだ魔法は?詠唱と魔法陣しかあの時から成長してないが独特の進化だぞ?」


 食事も生活水準の高さは転移したばかりの世界での生活に耐えられなくて、地球で生きていた知識をフル活動させて最低限の満足を得られるようにした。しかし、魔法についは転移後も転生後もダメだった。転移以前からただ長ったらしい詠唱をして魔法を放つのがメインだった。しかし、魔導祖である彼は魔法とは使用者のイメージと魔力の元である魔素が合致することで初めて効力が上がるものと定義した。


「イメージと魔素の合致はどうした?」

「その合致が現代の魔法陣と詠唱なんですよ。イメージとの合致が理解されなかったようです。イメージ=詠唱です」

「詠唱の長さの差が威力に加算されたと?」

「どっちかというと威力に加算された詠唱のみが残っていって、捨てられた詠唱の間違いを研究しなかったが正解ですね。加算されたのが絶対の正解として残っていったんです」

「……」


 頭を抱えてリベルはソファーに再び寝転んだ。こっちの詠唱が長い時は魔法に意味を持たせるためで、イメージと魔素が揃えば短い詠唱で魔法が放てる。イメージを固めるために詠唱するのも大事だがこのルールさえ解明できない現実の魔法技術の低さに頭痛がやってくる。


「現代の魔法陣と詠唱でも威力が上がる仕掛けはすぐに分かった。これはある偶然の産物なのか?」

「そうですね。魔法陣の派手さを求めることになった中で、ですかね。それにぽっとでの貴方の定義にプライドが高い人間たちが意地でも超えてようとしたのも理由ですね。人族以外の仲間を引き連れていた貴方を正直に認めたくなかったんでしょうね」


 その結果、人が政治の中心の現代でも貴族制度が存在していることにつながる。国のために功績をたて貴族になれば誰でも高威力の魔法を放てる。その為に誰もが国のために働くことになる。国を長年存続させていくにあたってはよく出来た仕組みだが、その貴族が腐っていけばいつか国はなくなる。ある意味で人間味あふれる国になっていた。


「救いなのがプライドだけが高い貴族は昔に比べれば減りました。王族がまともな人が多く、貴族といっても魔法の属性別の代表ということで王族に直接選ばれた6つだけです。数が少ない分管理しやすいですし、地位の低い各地の領主たちは魔法の圧倒なレベル差に反逆もしにくくなってます」


 貴族といえる絶対的な地位を6つに限定することで見えない所で敵対勢力から介入されるリスクを減らす。お互いが監視する立場なので悪さもできない。しかし、一度中から崩されれば立ちなおすのが難しい。そんな制度を長年続けている王族には好感を持てる。


「まあ、国家の存続は貴方が開発した情報共有の魔道具が役に立っています。それのおかげで国民全員とはいいませんが、かなりの人数に情報を素早く共有出来るようになりました」

「風魔法の応用だろうに…。個人でも可能な魔法だぞ?」

「情報が何よりの武器になるということに気づいたのが今の王族でしたからね。王族直属の魔導士しか使用を許可または情報ギルドしか所持していません。無許可での複製や悪用すれば最悪の場合は死罪ですからね」

「ああ、所持している数を制限することで信用性と悪用を阻止しているのか」


 現代社会に生きていたリベルにとって情報の有用性は魔法がある世界でも重要だと気が付いていた。だから、情報を共有できる魔道具を作ったことが現代に生かされていることを喜んだ。国家の状況と国民の情報のズレが少ないほど権力者は悪さをできない。国民のことを思いやっている王族にリベルはますます好感度を増していく。


「二人とも~夕飯の準備が出来ましたよ~」


 転生した現在の魔法や国についてリベルとヴァガーティオが話している最中に女性の声が聞こえてきた。2人が声のほうに振り向けば、豊満な胸が強調されているエプロン姿の女性がおたまを持って立っていた。ふわふわした緑色の髪をサイドダウンにして雰囲気としては母性を感じさせる。


「ごめんねアル。話し込んでいたよ」

「むー……」


 アルと呼ばれると女性は頬を膨らませそっぽを向き無言になる。リベルは困った顔になりヴァガーティオは笑いをこらえている。


「え~と……母さん」

「はいっ!今日はシチューに挑戦してみました!」


 アルと呼ばれた女性はアルボアといい、リベルと共にヴァガーティオのもとで唯一の()()として暮らしている。

母と呼ばれた彼女はとびっきりの笑顔で食卓に2人を案内する。その顔は本当の母親のように優しさに満ちていた。


「「「いただきます」」」


 3人は食卓に座りカオスの時に教えた地球での食事のあいさつをすませ夕食を食べ始める。


「学院に通ってみてどうだった?友達は出来た?」

「まだ初日だし、本格的に通うのは明日からだね」

「何かあったらお母さんに言うのよ?飛んでいくからねっ!」

「ははは…だ、大丈夫、そのうちに友達を連れてくるから」

「その目は冗談ではありませんねぇ…」


 楽しく食卓を囲む光景はまさに普通の家庭に見える。この光景に満足しているようにリベルは微笑みを崩さす食事を終えた。食後に食器を片付ける彼女に一言お礼を言って明日の授業の準備をするために部屋に戻る。


「ご馳走様でした。じゃあ、明日の準備をしたらそのまま寝るから」

「おやすみなさ~い!」

「ごゆっくりー」


 扉が閉まりリベルが部屋から離れたのを感じ取った2人の間に話はなかった。食事の後片付けを終えて2人は向かい合って座った。先ほどの団欒とした空気はなく部屋には互いを探り合うような緊張感が漂う。


「感謝は一応しています。ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそ少々狭い家なのではと僕はハラハラしていましたよ。このような家はあの人に相応しくないと…。しかし、水臭いですねぇ、転生魔法が完成していたことを私たちに隠していただなんて」

「……隠していたわけではありません」


 転生魔法、生まれ変わることが出来るこの魔法はカオスの時代から現代まで空想上の魔法とされている。いかに魔導祖とはいえ神のごとし領域まで到達できることは出来なかった。現在の研究者の誰もが諦めている古代の代物となっている。

 神と呼ばれる存在に出会っているリベルにとって神の領域に近づくことは一種の畏れとなっていた。自身が神になりたいわけではないこともあり研究も独自理論までで終わっている。彼のかつての仲間たちも存在を忘れていた。


「ええ、ですから驚いたのです。街中で突然お2人を見かけてね。でも安心してください、あの人が僕たちを裏切ったとは思っていません」

「……」

「あの時代に居場所を作ってくれたあの人を僕たちが憎むことはありません。ただ、二度と会えないと落胆して覚悟していた身からしては、何と言いますか肩透かしたといいますか、文句を言ってやりたいといいますか…」

「だから初日の授業内容をあれにしたのですね」


 リベルにとって言葉通りの黒歴史となっているカオス時代の授業は彼の精神に大きなダメージを負わせていた。そのことにヴァガーティオへ警戒心を持ったアルボアだった。しかし、それは彼なりのリベルへの愛情と忠誠心の裏返しと分かり張り詰めた緊張感を緩めた。


「でも、さすが魔導祖というより貴女自身に秘密がありそうですね」

「!?」


 リベルの転生の仕組みの核心に近づいたヴァガーティオにアルボアは驚いた。彼女の驚いた顔を見て自分の憶測が正しいとヴァガーティオは満足げにうなずく。


「さすがですね……」

「それほどでもあります。かつて私たちの仲間の中で一番格下の貴女が下手すれば僕を超えている現状からの推理ですよ、ちみぃ」


 アルボアと言えば歴史上で名前があがるカオスの仲間の中で名前が残っていない存在なのだ。名前が出てくるのは戦争後の記念碑に書かれているくらいだ。どういった人物だったかは嘗ての仲間くらいしか知らないだろう。そんな仲間たちの間でも彼女の存在は底辺だった。仲間意識はあるがカオスが拾ったくらいの存在で家事や研究の手伝い係くらいの存在が今では生まれ変わったリベルより力を持っている。そのことにヴァガーティオは見た目に表れていないが内心では驚いていた。


「その光属性の魔素の濃さと彼との魔素の繋がりからして……考えましたね、存在そのものを彼という触媒で昇華したのですか。その姿は影ですか」

「ええ、私にはこれしかありませんでした。あの方に唯一無二の愛情を注げるチャンスを逃すわけにいかなった。苦難な道で死ぬほどの経験でしたがやり遂げました。……ああ!あの時の感情が呼び覚まされます!あの方を、あの子を産む瞬間を体が覚えています!私だけ、私だけがあの子に誰も注げなかった愛の形を持つことが出来たのですぅっ!」


 先ほど母性を感じた彼女から想像できないほどの女の顔で自分が母親として存在を確定させた瞬間を思い出す。狂気を含んだ瞳からは母親ではなく別の愛情が見える。熱くなり震える体を両腕で抑えテンション上昇中の彼女を見てヴァガーティオは若干ひいていた。アルボアは病んだ眼でヴァガーティオを睨みつけた。


「あの子の夢を邪魔するなら、如何に現状の恩人としても許しませんよ?」


 リベルが転生してでもやりたかったことは『この世界で楽しく暮らしたい』でこれは仲間だけしか知らない事である。戦争が続いた時代で無理やり戦場と命のやり取りを経験し、異世界転移後の世界を満足に楽しむことが出来なかった。これをリベルはとても悔いていた。


「分かっていますから、その光がない目でこっちを見ないでください。今の貴女と事を起こす気もないですよ。命を懸けても無意味ですからね」

「無意味?」

「私自身も彼の夢を応援したいのですよ。大戦中に苦しむあの人の姿を僕たちは知っていますからね」


 リベルは戦争に身を置くことになったことに苦悩はしたが後悔はしなかった。しかし、彼は仲間の前で一度だけ弱音を吐いた。それはみっともなく威厳なぞないただの子供ように…。そんな歴史書や資料には残っていない出来事を思い出しながらヴァガーティオは慈しみの顔で彼の夢を肯定する。


「だったら、あの子が昔のしがらみから解放されて楽しく生活できるように協力をお願いします」

「勿論、それは僕だけではなく今はほとんどいなくなった仲間たちの願いでもありますから。でも……」

「でも、何ですか?」

「あの人が自分から厄介ごとに首を突っ込むのであれば話は別ですよ?というより、あの人に普通に日常を過ごすことが無理に感じます。楽しみですねぇ」

「それは仕方ありません。あの子が自分から考えて決めたことなら……無理なのは容易に想像できるのが悔しいです」


 歴史の流れに逆らえずにいた昔ではなく、自分自身で未来を決めることができる今を楽しんで欲しい。そのことにお互い異存はなく協力することを誓い合う。


「でも、欲を言えばもう一度だけ彼と共に並びたいですね。戦争ではなく胸を張ってこの世界で特別な存在だと自慢したいです」

「そうですねっ!」



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