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短編集

マーゴット令嬢はテンプレすぎる婚約破棄に、ジュースを吹き出す

作者: 神山 りお

◇ひまつぶしにどうぞ

 ( ・∇・)





「ココレット! お前との婚約を破棄する!」

 きらびやかで賑やかな夜会の場で、マック王子が高々と言った。




 ――――ブフッ!




 その瞬間、マーゴット侯爵令嬢は飲んでいたオレンジジュースを思わず吹き出していた。




 * * *




 ここで、話を数分前に戻す。

 今夜はアガレット王国、マック王子の高等部卒業を祝う夜会が開かれていた。第1王子であらせられるマック=アガレットは、この卒業を期に、婚約者であるココレット侯爵令嬢と御婚姻を結ばれる。

 そして半年後には結婚式、その半年後にはマック王子の戴冠式を控えている。他国からも、国王と成られる王子の卒業を祝うため、各々代表者が参加していた。



「汚いよ。キミ」

 気持ちは分かるけど……そう言ってクスクスと笑うフロルイ。

 マーゴットの隣でカクテルを飲んでいた彼は、ジャケットのポケットからハンカチを取り出し、彼女の口にハンカチを充てた。

 まさか、吹き出すとは思わなかったのだ。

「だって、まさかここで本当に【婚約破棄】なんてする人がいるなんて思わなかったんだよ。だから、呆れ……じゃなかった。驚いちゃって」

 市井で流行っている恋愛小説の定番中の定番、夜会での婚約破棄だ。それが、目の前で繰り広げられるとは思わなかったものだから、マーゴットは堪らず吹き出してしまったのだ。

「分かるけど、笑っちゃ失礼だよ」

「そういうフロルイだって笑ってるクセに」

 いつの間にか、皆が自分達に注目しているのを知らず、マーゴットはクスクスと笑っていた。



「どういうつもりだ。失礼だぞ! フロルイ!!」

 マック王子がこちらを見て、至極憤慨していた。

 映画で云えばクライマックス、一番イイ所を邪魔されたのだ。怒って当たり前と云えば当たり前。

「私の "婚約者" が悪いね。マック」

 フロルイはマーゴットを庇いながら言いつつも、顔は明らかに笑っている。果たしてどちらが失礼なのか。

「 "悪いね" ではない!! 邪魔だてをするな」

 イイ所を邪魔され、タイミングがずれたとばかりに怒るマック王子。

 その隣には、ふわふわロングの可愛い子が心配そうに立っている。彼女が浮気相手なのだろう。



「邪魔をする気はなかったよ。ただ―――」

「ただ?」

「茶番劇だな……とついね?」

 ゴメンね? とフロルイは口を押さえた。

 話を聞いて分かる方も多いとは思うが、私の婚約者フロルイも隣国の王子なのである。そして私マーゴットはこんなんでも、侯爵令嬢だったりする。


「ちゃ……茶番劇だと!?」

 自分がこれからしようとする婚約破棄宣言を、茶番劇と一蹴されマック王子はさらに憤慨していた。

「茶番劇でなければ、何の余興かな? マック」

 彼が怒っていようが関係のないフロルイは、さらに辛辣な言葉を浴びせた。

「なっ!!」

 マック王子は掴み掛からんばかりに怒っている。

「だって茶番だろう? こんな場で婚約破棄をしようとするなんて」

 フロルイ王子は辺りを見渡し、呆れた様に肩を竦めた。

 夜会は交流の場であって、婚約破棄をする場所ではないのだ。例え小説であっても、何故わざわざ目立つ場でやるのか。

 そんなにも婚約者を断罪しなくてはいけなかったのか。理解に苦しむ。

「皆にはココレットが如何に悪女かを、わからせる必要があるのだ!」

 マック王子は隣に立つマリアの肩を引き寄せた。

 マリアも満更ではないのか、その胸に垂れ掛かっていた。

「ふぅん? 悪女ねぇ? ちなみに隣の御令嬢は?」

 興味はないのだが、とりあえず訊いとこうかな? とフロルイ王子はマリアをチラリと見て訊いた。訊かなくてもまぁ、大体は分かる。

「彼女は未来の王妃になる女性だ」

 よくぞ聞いてくれたとばかりに、マック王子はふんぬと鼻息を荒くした。それを聞き、マリアもウットリした表情をしている。

「へ? 婚約者って2人いたの?」

 マーゴットは首を傾げた。

 ココレット嬢がいるのに、王妃候補がいる。マーゴットは思わずどういう事だと洩らしていた。

「いる訳がないだろう! ココレットとは婚約を破棄し、新たにここにいるマリアと婚約を結ぶ!」

 やっと言えたと、マック王子はマリアを強く引き寄せ、皆に宣言した。


「え? 何で?」

 マーゴットはさらに首を捻った。

 マック王子の言っている事が理解出来なかった。婚約を破棄すると宣言したからと言って、破棄出来るモノではない。まして、公衆の面前で宣言する前に、話をしなければならない相手が色々といるハズだ。

 何を言っちゃっているかな?

「確かマーゴットとか言ったな。分からないのか? 私は政略ではなく【真実の愛】を見つけたのだ」

 マリアを抱き締めマック王子は嬉しそうに言った。



「は?」

 マーゴットは文字通り、開いた口が塞がらなかった。

「まだ、ココレット様と婚約関係であるのに【真実の愛】? え? ナニソレ。ただの浮気じゃない?」

 浮気宣言しちゃってるよ、この人。

 マーゴットは呆気だった。小説では面白い話だが、目の前でやられると笑えない茶番劇だった。

「浮気ではない!! 本気だ!!」

「うっわ、余計に最悪だよ」

 マック王子の言葉に、マーゴットはドン引きだった。

 浮気もいかがなものとは思うけど、本気なんて更に最悪である。



「黙れマーゴット。お前に【真実の愛】のなんたるかが分かるか」

「マック。私の婚約者を呼び捨てにしないでくれるかな?」

 マック王子が指を指しマーゴットに告げれば、フロルイ王子は不快感を顕にした顔で注意した。

「ふん。婚約者なら、しっかりと【愛】を教えておくのだな」

 マック王子は、嫌みったらしく鼻を鳴らした。


「余計なお世話だよ。愛ならいつもたっぷりと囁いているし、結婚したら寝所で―――ぐっ」

 余計な事は言わなくていいと、マーゴットはフロルイ王子の足を踏んだ。


「まぁ。とにかく【真実の愛】にしろ【偽りの愛】にしろ、婚約を解消する事を陛下には了承を得ているのかな?」

 どうせ話もしてないとは思うけど。

「【真実の愛】だ。父上には、後で伝えるつもりだ」

「事後報告は止めた方がイイと思うけどねぇ」

 もうすでに時遅しだろうだけど。

「それこそ余計なお世話だ。お前には関係ないだろう!」

 余計な事を言うなと、マック王子は腰に手をあてた。

 部外者は黙っていろと、フロルイ達に言っているのだ。自分が誰と結婚しようが関係ないだろうと。


「う~ん、まぁ直接は関係はないけど……」

 間接的には関係があるから困るんだよ……と小さくボヤく。

 隣の国に住んでいて、王族同士。関わりがない訳がない。ココレット嬢の方がマーゴットと面識があって、仲もイイ。だが、マリアは頭がお花畑の様子。マーゴットとは全く合わないだろう。

 どうせなら婚約者のマーゴットと合う人と、結婚して欲しいものだ。

 




「大体、"破棄" "破棄" って言ってるけど、王命である婚姻ってそんなに簡単に反故出来るもの?」

 参考とまでにマーゴットはフロルイに訊いてみた。

 自身もフロルイ王子とは、王命とやらで結婚する事になっている。好きでも何でもないのに結婚する訳だし、反故出来るなら反故したい。

「簡単に出来る訳ないだろう? "父" がではなく "国王" が決めた婚姻なんだから」

 マーゴットの頬を愛しそうに撫でるフロルイ王子。

 私は破棄も解消もしないからね? と目が言っている。

 やだ、したい。

「でも、マック殿下はするつもりでいるよ?」

「あくまでも仮定、まぁ、実際は……出来なくもない」

 マック王子達を無視して、マーゴット達はペラペラと話していた。

「え? 王命反故出来るの?」

「彼には代わりがいるからね?」

 フロルイ王子は面白そうに、そして他人事の様に言った。

「あぁ。弟王子が2人もいるからか」

 マーゴットは大きく頷き、納得した。

 そう、マック王子の下には、優秀な弟が2人いる。だから、マック王子が廃嫡になっても、代わりがいるので問題はないのだ。

 むしろ、そっちの方が国のためにはイイのかも。


「そういう事。マックがやらかしたら、下の弟達が王太子になるだけ。ココレット嬢は今度は弟の婚約者になるだけだね」

 妃の教育は昨日今日で出来る訳がない。ココレット嬢はマック王子の婚約者である前に、次期国王の婚約者なのだ。

 マック王子が拒否した所で、ココレット嬢の王妃は決定事項という事。それを反故にするには、ココレット嬢に何か問題がなければならない。


「ふん。ペラペラぺらぺらと勝手な事を……ココレットが問題を起こしたのだから、破棄出来るに決まっているだろう」

 黙って話を聞いていたマック王子が、2人を小馬鹿にした様に言ってきた。

 自分には問題はない。だから、ココレットとの婚約を破棄出来ると豪語しているのだ。

「ココレット様が何をしたのですか?」

 先程から聞いていれば、まるでココレットが何かをした様に聞こえる。ココレットは黙りだし、全く分からない。

「良くぞ聞いてくれた」

 待ってましたとばかりに、マック王子の舌は実に饒舌になり始めた。

「ここにいるマリアの悪口を言ったり、靴を隠したり、挙げ句階段から落とそうとしたのだ!!」

 抱き締めたマリアの腕を、さらに強く引き寄せた。

 途端にマリアは「マック様」と涙を浮かべてしなだれかかる。



「は? 本当にしたのでしょうか?」

 何その恋愛小説のテンプレのオンパレード。逆に本当かが怪しいでしょ?

 しかし、そんな茶番は気にしないマーゴットは、思わずココレット侯爵令嬢をチラリと見てしまった。したのですか? と。

 肩を落として頭を振ったココレット。

「ここにいるマリアが言っているのだ!」

 マーゴットが確認する様な目をココレットに向けたので、マック王子が断言する。

「うっわ。まさかの本人の証言だけ……」

 ナンだそりゃと、マーゴットはあからさまに呆れていた。

 被害妄想や狂言、虚偽の発言の可能性もあるのにである。

「マリアの証言があれば充分だろう!」

 何がいけないのだとマック王子は怒号を浴びせた。



 

 ――――充分じゃねぇよ。




 この場にいた全員が思ったに違いない。

「証言で充分だとしたら、この国は終わりだねぇ?」

 マリアが言えば無罪が有罪になる訳だ。恐ろしい国家の出来上がりである。

 怒声を浴びせられたマーゴットを庇う様に引き寄せて、フロルイがクスクスと笑っていた。

 マーゴットは触るなと、それを叩き落とす。

「何を言うかフロルイ!!」

「なら、聞こうか? ココレット嬢、キミはそこにいるマリアを苛めたのかな?」

 叩き落とされてもなおマーゴットに触れながら、フロルイ王子はニコリと微笑んだ。

「していませんわ」

 ココレットはニコリと微笑み返した。



「だ、そうだよマック」

「は?」

「証言でいいのだろう? だから、ココレット嬢が何もしていないと証言したよ?」

 理解しろよと目が笑っていた。

「ココレットの証言が何になるのだ!!」

「それこそ、彼女の証言が何になるのだ……って話だよね?」

「私のマリアの証言が偽りと言うのか!?」

 周りが見えてないのか、マック王子は理不尽な言葉を放っていた。


「だって、それだと、彼女が否と言ったらすべてにおいて否って事だよ?」

「当然だ」

「なら、彼女がコイツは殺人犯だ! って言ったら彼は殺人犯なのかな?」

 フロルイ王子は近くで傍観者気取りでいる貴族の一人を指した。

 突然指をさされた貴族は、慌てた様子で目を見張っていたが、勿論、彼は殺人犯ではないだろう。だが、マリアが証言すればそうなる訳で、それがまかり通るのだとしたらこの国は終わりだ。

「そんな訳がないだろう!」

「だろう? なら、ココレット嬢だって違うんじゃないの?」

「それはこれとは話が違う!!」

 マック王子は顔を真っ赤にさせて、フロルイ王子に反論してきた。

 殺人犯の話とイジメの話は全く違うと。

 


「うん? キミ……手の施し様のない馬鹿だったんだね」

 フロルイ王子は完全に呆れていた。

 今の話を理解し、ココレットに少しでも謝罪の意思があるのだとしたら、フロルイ王子は2人の結婚に援護射撃をしてやろうと思っていたのだ。

 なのに、ここまで噛み砕いて説明したのに何も響かないと、何かしてやる気も起きない。必要性が見えないと、すべてを諦めた瞬間でもあった。

 


「馬鹿とは失礼だぞ、フロルイ!!」

 周りの皆がシラけきっているのも分からないマック王子は、マリアの肩を抱き強く抗議する。

「馬鹿じゃなければ、阿呆、あるいはボケ?」

「貴様!!」

 マック王子は公衆の面前で馬鹿にされ、ワナワナと震えていた。



「ねぇ、ココレット嬢。マックにこだわる理由はある?」

 そんな彼を無視し、フロルイ王子はココレットに訊いた。

 "バカ程可愛い" という言葉もある事だし、こんな彼でも好きだとしたら手を貸してもイイと思ったのだ。

「特には」

 ココレットは可哀想なモノを見る目を、マック王子にチラリと向けた。

 元から恋情がなかったのか、知らず知らずに冷めたのかはさだかではないが、すでに情はない様子だった。

「なら、私から陛下に言伝てしておいてあげる。だから……」

 とフロルイは、マック王子とマリアを見て

「キミの裁量を見せてよね?」

「分かりましたわ、フロルイ殿下」

 そう言ってココレットは、今日一の笑顔をフロルイ王子に見せた。





 * * *




 ―――1ヶ月後。




 王命を勝手に反故にしようとしたマック王子は、廃嫡か鍛え直しか今だ議論中である。

 ココレットはいつでも王妃として政務が出来る様、妃教育の日々が戻っていた。

 マリアは断罪……されはしなかった。

 ……が、特別に貴族の教育と妃教育の両方を叩き込まれている。



 やれるものならやってみろ!! というココレットの熱い思いが詰め込まれたプランとなっているとの噂だ。




 ―――ちなみに。




 マーゴットこと私は、婚約を解消、あるいは破棄をしてもらうために日々奮闘している。

 毎回空回りして、そのたびにフロルイ王子を楽しませているマーゴットだったが、なんやかんやで結婚するのだろうと周りにいる皆は、生暖かい目でそれを見守っているのであった。






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