第7話 深く深く突き刺さる
悲鳴がした方向へ走る妖魔大王と暗黒騎士。
松明の明かりが遠くに見える。
悲鳴は恐らくその辺りから聞こえてきたが、まだ少し距離があるようだ。
足元には街道らしき道が通っている。
その街道から少し外れたところに横倒しになっている馬車が見える。
倒れた際の衝撃からか、馬車本体から外れて横倒しに倒れている車輪。
馬は逃走して既にこの辺りにはいない様だ。
事故か?
妖魔大王は一瞬そう思ったが、すぐに否定した。
馬車の前には御者だろうか、男性がうつ伏せに倒れている。
しかしその背中は大きく切り裂かれ、血でどす黒く染まっていたからだ。
恐らく斬られたのだろう。
既に息は無い。
街道沿いに走ると松明を持った複数の男達がいた。
その男達に囲まれる様に、女性が倒れている。
この女性がおそらく先程の悲鳴の主だろう。
だが遅かったらしい。
背中にはいくつもの剣が刺さり、既に絶命している。
女性のそばには、目が見えないのだろうか、包帯で眼を隠した少女が「ママッ!ママッ!!」と女性の衣服を掴み、必死に揺らしている。
女性はピクリともしない。
もう二度と少女の呼びかけに答える事は出来ない。
その光景を七人の柄の悪そうな男達が、薄気味悪い笑みを浮かべながら見ている。
この辺りを荒らしている盗賊団だ。
「お前ら、何をしている」
妖魔大王が静かに問う。
その声に気づいた盗賊達が、一斉に妖魔大王と暗黒騎士の方へと顔を向ける。
「ああ? なんだ、ぼさぼさ頭」
「ぷーっ。大王様、ぼさぼさって言われてるッス」
暗黒騎士は空気も読まずに笑っている。
「無造作ヘアですけど」
妖魔大王がぶすっとして答える。
「てめえもなに笑ってんだ! こら!」
一人の盗賊が足元に落ちていた石を拾い暗黒騎士に投げつける。
「いたっ」
「ぷっ。当たってやんの」
お返しとばかりに笑う妖魔大王。
「てめえら、ふざけやがって!!」
馬鹿にされていると思ったのか、怒りを含んだ声でがなりたてる盗賊達。
「ん? すまんすまん。しかしなぜ人が人を襲っている。その者達は何か罪を犯したのか?」
人間達が決めたルールには、自国に被害が及ばない限り干渉をしないのが、妖魔帝国の暗黙の了解だ。
「ああ? てめえにゃ関係ねぇだろ!」
「そんなに剣を刺すことも無いッしょ。もしかしてあんた達、剣の扱いが下手なんスか?」
暗黒騎士が尋ねる。
女性の背中には四本もの剣が刺さっている。
「ああ? この女が何本目で死ぬか賭けをしてたんだよ」
一際、身体の大きな盗賊が剣を持ちながら答える。
「あと一本で俺の勝ちだったのによっ!」
忌々しそうにそう言うと、もう動かない女性に再度剣を突き刺した。
そして剣を抜いては、また突き刺す。
何度も、
何度も。
それを見た周りの盗賊達も面白がって剣を突き刺し始める。
目の見えない少女は髪の毛を捕まれ、無理やり母親から引き離されている。
「てめぇら……」
暗黒騎士から、ずるりと殺気が漏れ出してくる。
その黒く燃え上がる炎の様な殺気は、辺りの濃い闇を更に深く染め上げている。
幸か不幸か、目の前の盗賊達の中には、その殺気に気付ける者はいない。
「大王様」
暗黒騎士は魔剣の柄に手を当てながら、何の感情も感じられない声で妖魔大王に話しかける。
その漆黒の瞳は、まだ女性に剣を刺している盗賊達を見据えている。
「ご許可を頂きたく」
暗黒騎士がすっと目を閉じ、頭を下げる。
「うむ。だが一人は……」
妖魔大王が「う」と言った瞬間に、暗黒騎士は鞘から魔剣を抜き、盗賊達の元へ駆け出していた。
盗賊達の間を黒い稲妻のごとく、一筋の影がジグザグに走る。
次に妖魔大王が「む」と言い終わる前に、宙に打ち上がる七つの首。
その後ドサッと盗賊達が倒れる音がした。
そして少し間を空けて、ボトッ、ボトッと七つの音が暗闇に静かに響いた。
妖魔大王の横には、既に暗黒騎士が戻ってきていた。
その両手には少女を抱えている。
「……よくやった。だが人の話は最後まで聞こうな」
「え? 何の事ッスか」
暗黒騎士は本当に何の事かわかっていない。
あまりの怒りに半ば身体が勝手に動いていたのだ。
「……まあいい。てか魔剣折れてたんじゃないの?」
「ア○ンアルファは偉大ッス」
そう言うと暗黒騎士は少女を、優しく地面へとおろした。
少女は十歳位だろうか。金色のショートヘアが良く似合う。
両眼には包帯がまかれており、表情を窺い知る事は出来ないが、身体は先程からぶるぶると震えている。
随分と怯えているようだ。
汚れてしまってはいるが、レースが幾重にも編み込まれた白いドレスを着ており、少女の育ちの良さが感じられる。
妖魔大王が優しく話しかける。
「もう大丈夫だよ」
「マ……ママ……は?」
少女は怯えながらも必死に話す。
妖魔大王はぐっと唇を噛みしめ、諭すように少女に話しかける。
「君のママは、遠いところに旅立たれたよ」
その意味を理解したのか、少女は地面に座り込む。
やがてせきを切ったように激しく泣き出した。
こんなに幼い子が。
なんと不憫な。
妖魔大王は目を伏せる。
「ぐすっ」
暗黒騎士は背中を向けている。
まだ幼い少女の泣き声は、美しい満天の星空の下、響き渡る。
そして妖魔大王と暗黒騎士の心に、深く、深く、突き刺さった。