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第40話 挨拶回りに向かうデスクイーンとホムン


 ここは稲荷町から北東へ四十キロ程まーっすぐ進んだ、道も何も無いイナーリ草原ど真ん中。


 薄緑が辺り一面広がる中、移動する赤と青の物体。

 視点をズームしてみると、どうやら二人の女性が歩いている様だ。


 二人ともおよそこの場所には似つかわしくない服装をしている。


 まず、全身真っ赤なボンテージ姿のド派手な女。

 腰にはドギツイ赤でコーティングされたトゲ突きの鞭を、ベルト代わりにくるり。

 モデルウォークで颯爽と草原を闊歩する。

 

 もう説明の必要も無いが、彼女は妖魔帝国三大幹部の一人「デスクイーン」である。


「きゃっ」

 

 不意にガクンとデスクイーンの半身が沈む。


 この辺りは背丈の短い草が生い茂り、足元は若干確認しづらい。

 それなのに高いピンヒールなんかを履いて来るから、地面に空いている「ドリルモグラ」の穴に、時折足を取られそうになるのだ。


 だが、デスクイーンはそんな事は全く気にはしていない。


 お洒落の前では、多少の不自由など何の障壁にもならない。

 その見事な脚線美を見る者など、この辺をうろつく動物くらいしかいなくとも、だ。


「ねえ」


 デスクイーンが歩みを止め、振り返る。


「確かこっちに、ゴブリン達の村があるらしいわよ。地球じゃ随分前に滅びちゃったけど、同じ種族かしらね」


「重い」

 

 デスクイーンの問いかけに、少し離れて後ろを歩くもう一人の女性が不満そうな顔を浮かべる。


 デスクイーンと対照的にドギツイ青生地で出来たメイド服姿。

 頭には銀のカチューシャ。

 

 彼女は奇跡の人工生命体、ホムンクルスのホムンである。

 その手には大きな紙袋を、ひー、ふー、みー、なんと片方4つずつぶら下げている。

 結婚式の帰りと見間違うばかりの大荷物だ。


「はいはい。文句言わずにちゃんと持つのよ、大切な任務なんだから~」


「むう…………任務。大事」


 そう。

 彼女達は妖魔大王から命ぜられた重要任務を遂行する為に、草原を歩いているのだ。

 

 今回二人に命ぜられた任務とは。

 それは稲荷町周辺に点在する集落への挨拶回りであった。


 ホムンが持つ紙袋の中身はタオルである。

 その枚数、一袋に五十枚……それが八袋だから、何と三百枚(デスクイーン談)。

 タオルと言えど、妖魔帝国の技術を駆使して作られた、抗菌、抗臭、肌触り吸水性共に抜群の高品質タオルだ。


 妖魔大王曰く「引っ越しは最初の挨拶が肝心なんだから」だそうだ。

 おそらく製糸技術がまだまだ未発達であろう、この世界では喜ばれる筈だ。

 隅っこに小さく「洋間大王」とミスプリントされているのは、ご愛嬌。


「不公平。やっぱり半分持つ」


 そう言ってホムンが右手を出す。


「ダメよ。ジャンケンで決めようって言ったのはホムンでしょ」


 素っ気ない返事。

 膨れっ面をして右手を引っ込めるホムンだったが、十回勝負で十連敗では仕方ないだろう。


「あ、ほら。なーんか見えてきたわよ、あそこじゃない?」


 真っ赤なマニキュアが塗られた人差し指。

 その指し示す方向には、確かに何らかの建造物らしき物が見える。

 地平の先にうっすらと見える程度なので、まだ大分距離はありそうだ。


 しかしすぐに何か異変を感じとる二人。

 黒煙だろうか。

 ぼんやりと、いくつもの煙がそこかしこから立ち上っている。


「もう夕飯の準備? さんまでも焼いてるのかしら……ホムン何かわかる?」


 まだ陽は高いのに……とデスクイーンは空を見上げる。

 地球時間的には昼を二、三時間過ぎた辺りだろう。

 まあ異世界において、食事が三食とは限らないが。

 

「…………第一次大気分析完了。一酸化炭素、シアン化酸素、ベンゾピレンに似た成分検出。火災の可能性大。加えて似エポシキ、微シアトミリ…………生物の血液と仮定した場合、これは火災に因らないものと断定……被体数、数十から数百……」


 淡々と述べていくホムン。

 それを聞いたデスクイーンは眉を潜める。


「……OK。急ぎましょう」


 二人は顔を見合わせてこくりと頷くと、猛スピードで駆け出した。

 

 その距離、目測にして数十キロ。

 だがぐんぐんと距離は縮まっていく。 


 二人の駆ける速度と比例して、明らかに強まっていくのは煙の臭い、血の臭い。

 そして風の音に混じる悲鳴の数、音量。


 集落に近づく程に、それははっきりと感じられた。

 何か異常な事態が起こっているのは確かな様だ。


 やがて二人は集落の入り口らしき門に到着する。

 簡素な作りの木で出来た門戸は、無残に打ち砕かれており数人の革鎧を着けたゴブリンが倒れている。

 集落を守る衛兵の様だが、皆既に息をしていない。


 ざらり……。


 デスクイーンの心が淀む。

 その衛兵の遺体を一目見て、気付かされたのは残虐性。


 命で遊んでいる。

 一撃で仕留める事が出来たにも関わらず、長く苦しむ様に弄んで殺したのがデスクイーンには判ったのだ。


「げぁぁぁっっ!」


 耳を覆いたくなる様な悲鳴。

 命が消える最期に放つ断末魔。


 デスクイーンとホムンは声のする方へと急ぐ。


 ごめんなさいね……。

 デスクイーンは、今この場に一瞬でも立ち止まった事を詫びた。

 もしかしたら助けられた命だったかも知れないと。


 途中、幾人ものゴブリン達が倒れているのを見掛ける。

 その中には、女性や老人、赤ん坊の姿もあった。


 そのまま集落の中を進んでいくと、少し開けた場所に出た。

 どうやら広場の様だ。

 物陰に身を潜め、すっと様子を窺うデスクイーン達。


 その広場の中央にはゴブリン達が横一列に整列させられている。


 その数は百名以上にものぼるだろうか。

 集落中の者を集めたのだろう。

 全員が隣の者と手と足を紐で繋がれており、自由を制限されていた。


 そんなゴブリン達を見て、にやにやしている四人の冒険者らしい男達。

 その付近には既に絶命しているであろうゴブリンの遺体が幾つも転がっている。

 

(こいつらね……一ヶ所にいるなら好都合。必要以上に、この世界に関与するなと言われてるけど)


 横並びさせられているゴブリン達は、皆顔が青ざめ絶望の表情をしている。


 ゴブリン達の前には黒こげになった遺体が一つ。

 見せしめか、恐らく魔法か何かで焼かれてしまったのだろう。

 遺体からは、まだぷすぷすと煙が上がって、つんとした異臭を放っている。

 先程の悲鳴はこの者か。


(駄目……無視できないわ)


 隠れる事をやめたデスクイーンが腰に巻いた鞭をしゅるりと外し、つかつかと冒険者達の前に歩を進める。

 その後をホムンが付いていく。

 タオル入りの紙袋はどこかに置いてきたのか、手からは消えている。


「ちょっと、あんた達。何をしてんのよ」


 デスクイーン達に気付いた四人が一斉に振り返る。


「何だ、お前らは。冒険者か?」


 立派な剣を持ったイケメンの剣士が応える。


「質問に質問で答えるんじゃあ無いわよ。あたしは、あんたらが何をしているのかを聞いているのよ?」


「ははっ、見ればわかるだろう? 殺処分だ。こいつらは亜人。存在するだけで罪なのだよ」


 イケメン男の横にいる、デカい斧を持った男が悪びれもせずに答える。

 立派な紋章の入った兜を身に付けている。


「はぁ、罪ですって? あんた何様のつもりよ、偉そうに」


「なに? 俺達を知らないのか? 俺はあの有名な勇者ハクサイ様だ!」


 言いながらポーズを決めるハクサイ。

 この男は確かにこの辺りでは有名な勇者だった。

 もっとも、悪い意味での自称勇者だが。


 剣の技術に長けており様々な魔物を討伐してきたが、生来の残虐性を押さえる事が出来ずに、この世界において人権が確立されていない亜人種を狙っては虐殺をしているのだ。


 ハクサイはデスクイーン達の反応の薄さに興を削がれたのか、ポーズを取るのをやめ、二人の身体をなめ回すように眺める。


「ふん……まあいい。ところで貴様ら中々の器量だな。俺の女にしてやるよ、こっちにこい」


 イハクサイがそう言うと、周りの仲間達が下品な笑い声をあげた。


 あまりのゲスっぷりに開いた口が塞がらないデスクイーン。

 ホムンは無表情のままただハクサイ達を見ている。


「おい、そっちの無表情女。お前の名は何だ」


「臭い。喋るな」


 ホムンが抑揚の無い声で呟く。


「はぁ? 最近耳が遠くてなぁ。聞こえんわぁ」


 茶色いローブの老人ががわざとらしい演技をしながら、ひどい笑みを浮かべる。


「汚れた命である亜人に、ああ、神のご加護をっ!」


 僧侶らしき人物が神に祈りを捧げる。


 手には棘のついた鉄球を持っている。

 その鉄球で近くに倒れているゴブリンを激しく殴打する。


「ご加護をっ! ご加護をっ! ご加護っ! 加護っ! 加護っ!」


 倒れているゴブリンは、もうとっくに絶命している。

 顔は判別できないほど砕かれているが、着ている衣服から女性の様だ。

 良く見ると、小さな赤ん坊を抱いている。


 デスクイーンは、腹の奥から込み上げてくるドス黒い感情を、必死に押さえながら喋る。


「……亜人? 亜人って人間から見たらの話でしょ。あたしから見たらあんた達こそ亜人なんだけど」


「何? お前らは人間じゃないってのか、なら話が早いな。力ずくで従わせてやる」


 すらりと腰の剣を抜く勇者ハクサイ。


「そうよ。妖気をわざと出してあげてるんだけど、気づかなかった? そして今日程あんた達と同じ種族じゃ無くて良かった、って思った事は無いわ」


 デスクイーンが手に持ったムチをパシッと地面に打ち付ける。

 口調こそ穏やかであるが、その瞳は氷の様な冷酷さを感じさせる。


「争う。ダメ」


 ホムンがデスクイーンをなだめる。


「でもね。ここで見て見ぬふりなんかしたら、大王様に本気で怒られると思わない?」


「……肯定」


 デスクイーンは、この場に妖魔大王がいない事に少しだけほっとした。

 もし妖魔大王がこの光景を見たなら、どれ程心が傷つくかわからないからだ。


「じゃ、決まりね」


 デスクイーンが長い舌を出し、舌なめずりをする。


「せめて苦しまない様に、イカセテあげるわ」


「女! 俺達を勇者一行と知って喧嘩を売っているんだろうなぁ」


「なぁに。ひょっとして勇者って自己申告制? バカでもクズでもなれるのかしら」


「一応名乗ってやる。俺は勇者ハクサイ」


「さっき聞いたわよ、馬鹿」


「俺は戦士ナガネギ」


 デカい斧と立派な兜の戦士だ。


「わしは魔導士トリニクじゃ。ひっひ」


 茶色いローブの老人だ。

 手に持った杖からは炎が噴き出している。

 ゴブリンを黒焦げにしたのはこいつだろう。


「私は僧侶トーフ。ああ神よ。哀れな子羊二人に天罰を……」


 手に持った鉄球付の杖を頭上に掲げ、うっとりとした表情を浮かべながら眺めている。

 鉄球には、血や肉片がこびりついている。


「空いた。お腹」


 四人の名前に食欲を刺激されたのか、ホムンがお腹を押さえて呟く。


「直ぐに満たされるわよ」


 舌舐めずりをするデスクイーン。

 瞳孔が縦に開き、怪しい光を放つ。


「えーと、牛肉、シュンギク、エノキにシラタキだっけ? 全員まとめて鍋にぶち込んであげるわ」


「馬鹿女が。じわじわとなぶり殺してやるぜ」


 勇者ハクサイの持つ剣が青白い光を放つ。

 他の者達もそれぞれの武器を構え、デスクイーン達を睨み付ける。

 まるで動物を見る様な目付きだ。


 それに対してデスクイーン達は、汚物そのものを見る目付きで返すのだった。


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