第39話 これからどうする?(横読み推奨)
キーンコーンカーンコーン。
下校のチャイムが聞こえてくる。
ここは妖魔帝国第三小学校の一年B組の教室。
ただし、今日は祝日の為に生徒の姿は見えない。
まあ祝日の定義等、既に無意味なのかも知れないが。
教卓に立っているのは、理科室の骨格標本……では無く、ほねぞうだ。
手には自身の骨の一部と見間違えそうな、白いチョーク。
黒板の最上段には、可愛らしい丸文字で「これからどうしよう?」と議題が書かれている。
まあ、そう言う事だ。
その議題の下には、箇条書きで色々と書かれている。
もうあらかた議論はされ尽くした様だ。
妖魔大王を始めとするいつもの面々は、みんな仲良く生徒の席に座っている。
今回教室で会議を行っているのは、帝国の会議室が全て埋まっていたからだ。
地下に広がる妖魔帝国の各施設は、稲荷町の人々にも自由に解放していて、碁会所や料理教室、ヨガ教室等で既に埋まっている。
ちなみにデスクイーンだけは別件で欠席。
その為、今回議事録をほねぞうが担当している訳だ。
「えーじゃ、こんな感じですね」
カタカタと全身の骨を鳴らしながら、ほねぞうが黒板を骨差した。
・ここはイナーリ草原と言ってローゼシア王国の領有地。一昨日来たのはクラリスさんとマルチナさん。「しろばら」って騎士団の人だって。
・そしてやっぱり異世界。ハイムって世界みたい。なんか中世っぽい雰囲気だって。いいなー、フランスを思い出しちゃう。
・色んな種族が存在している。付近にも小さい村や集落があるんだって。一番近いのはゴブリンさんの村みたい。挨拶に行かなきゃね。
・南には魔王ザブロックさんのお城。怖いよ~((( ;゜Д゜)))
・言葉は通じたって。稲荷町の看板の文字や、喫茶「ドートル」のメニューとかも普通に読んでたって。いいな、私も久しぶりにケーキ食べたいな。
・クラリスさんとマルチナさんはすごく良い人。王国に戻って、なるべく良い方向で話をしてくれるみたい。
・サラちゃんは当分帝国で保護。やったね\(^_^)/
・なんか昨日魔王ザブロックさんから使いの人が来たみたい。「歯医者になれ」だって。やっぱり歯は大事だよね、カルシウム大事。←「配下」だって、恥ずかしい。
・今後のやりとりは手紙。あ~ん、ロマンチック*。・+(人*´∀`)+・。*
「日記かよ」妖魔大王。
「日記ッスね」暗黒騎士。
「日記だぞい」だるま男爵。
「大王様、流石にこれでは……私が交代致しましょうか」
そう進言したのはシュテンである。
その巨体に合う椅子は無い為、父兄の様に後ろに立っている。
「あーいい、いい。ま、内部資料だしさ」
妖魔大王はそう言って気にも止めなかったが、この議事録は「ハイム」と「地球」の人々が、初めて接触をした際の貴重な歴史的資料として、後世に残る事になる。
あと黒板に書かれた内容の大半は現状報告であり、議題の「これからどうしよう?」には全然触れていない事も気になるところだ。
「きゃっ、いけない」
ポロリと落としたチョークを拾うほねぞう。
さっと拾い上げ、黒板に向かう。
ガリガリガリッ。
耳障りな音を立てながら、チョークがポロポロと削れていく。
「あれ? このチョーク書けないなぁ」
そのチョーク、やけにでかくない?
と、不審に思う妖魔大王。
確かに、ほねぞうの持つそのチョークは、通常の物より長く太く見える。
おまけに微妙にカーブを描いている様だ。
……んん?
更に目を凝らす妖魔大王。
良く見るとほねぞうの肋骨に、妙な隙間がある事に気付く妖魔大王。
ガリガリガリッッ!
「やだ、このチョークどんどん削れてく……」
ごくりと息を飲み込む妖魔大王。
ス、スケルトンジョーク?
笑うとこ……なのか?
ガリガリガリガリガリッ!
正に骨身を削るほねぞう。
と同時に、妖魔大王の精神もガリガリ削られていく。
それを救ったのは暗黒騎士であった。
「それ、チョークじゃ無いッス。チョークならそこに落ちてるッスよ」
「やだ、私ったら」
どうやらジョークでは無かったらしい。
ガコンッ! とほねぞうは空いた肋骨の部分に手に持った骨をジョイントさせる。
そして床に落ちている本物のチョークを拾い上げた。
妖魔大王はまだ心臓がバクバクしている。
「で、魔王ザブロックさん……でしたか。そっちはどうするんですか」
発言したのはそろばん男だ。
七三分けの、昔の日本のサラリーマンを思わせる風貌。
イロモノ揃いの妖魔帝国において、若干影は薄い。
さっきから意味も無くそろばん珠を弾いては、ご破算を繰り返している。
「どうもこうもなー。魔王ザブロックさんだっけ? ま、用があったら手紙くれるんだろ。しばらく放置かな」
「私が出向いて、懲らしめて参りましょうか?」
「シュテンは手加減しないから駄目。こいつこないだもさ~」
シュテンは今でこそ改心をし、穏やかな性格になっているが、元来は鬼である。
勝負ともなれば、例え周回遅れの相手だろうと、赤い亀をぶつける非情さを持ち合わせている。
「あの雷様……じゃない。水のウィンドだっけ? すげえ紛らわしいよなー」
「風神みたいな姿の、炎のアイスとかいるかも知れないぞい」
「ヤバイな。覚えられる自信ない……で、クラマに泣かされて帰ったんだっけ」
「そうッス。俺もあの後すぐ胃薬飲んだッスよ」
「だから『気を付けろ』って言っただろ~。クラマはヤバイんだって」
「大王様が、サラっちとさっさと帰るからッス。」
「にゃ。そう言えばサラはうちで保護するにゃ? 良く許したにや~。王国って事は、王位継承とか絡んでくるにゃ。もっともどんな統治制度か知らにゃいけど」
ミケが後ろ足で耳の後ろを掻いている。
どうやらノミがいる様だ。
「ああ、それな」
妖魔大王はクラリスと会話した時の事を思い出していた。
◆
「サラ様の命を救ってくれた事、深く感謝する」
クラリスが深く頭を下げ、マルチナもそれに続く。
サラは狐御膳とかすみに連れられ、別のテーブルに移動している。
今は良く眠っている様だ。
「サラは王女様だったんだなー。道理で綺麗な身なりだと思ったよ」
「本当。あたし『とうとう、やっちゃったんだ』って思ったもの」
「何をだよ……」
じろりとデスクイーンを横目で睨む妖魔大王。
「既に街道沿いの調査は終了した。森の中に埋葬された第二王妃様のご遺体は、もうローゼシアへと到着しているだろう。現在は国葬の準備中だ」
「埋葬して頂いてありがとうございました。お綺麗な身体で国に戻る事が出来て、第二王妃様もお喜びになられていると思います」
マルチナが涙目になりながらお礼を述べる。
何かしら、想い出のある人物だったのだろう。
「で、この後サラはどうするんだ。命を狙われているんだろう?」
「ああ。恥ずかしい話ではあるが……否定は出来ない」
言って、クラリスは唇を強く噛む。
「いやいや、別にあんた達を責めてる訳じゃないんだよ。でも、まだ犯人の目星はついていないんだろう? そんな危険な場所にサラを戻す事は賛成出来ない」
クラリスもマルチナも、黙って聞いている。
妖魔大王は言葉を続ける。
「で、提案なんだが。一旦うちでサラを保護したいんだけど、どうだろう。もちろん人質にする様な真似は決してしない。この世界の何処にいるよりも、ここに居た方が安全だと断言する。理由は何でもいい……静養してるとかでも構わないよ」
「う、む……。ちょっと待ってくれ。まず、この場で回答は出来ない。私に決定権は無いからな。後、正直帝国側のリスクの方が高いぞ。我々にすれば、攻め入る大義名分を得たも同然だ。サラ様奪還の為であれば、普段は戦に反対する貴族や民も納得するだろう」
「そこは、クラリスが何とかしてくれるんだろ?」
と、意地悪な笑みを浮かべる妖魔大王。
クラリスの扱い方が、段々と分かってきたらしい。
「むぅ、ぅん……」
「あら、何を迷っているのかしら。一番大事なのはなぁに?」
デスクイーンの言葉が背中を押したのか、クラリスははっと顔をあげる。
「そうだな……。一番大事なのはサラ様の御身だ。その為にも一刻も早く国内の不穏分子を排除し、サラ様を御迎えできる体制を整える」
そして一呼吸おいた後クラリスは、意を決した表情で大王へ頭を下げた。
「どうか、それまではサラ様を頼む」
「もちろんだ。それにクラリスとマルチナは、いつでも門をくぐれる様にしとくからさ。会いたくなったらいつでも来てくれ」
「ありがとうございますっ。何から何まで~」と、マルチナも嬉しそうだ。
「これでマスターにも逢いに来れるわね」
「やだ、そんなんじゃ無いですってば~」
「ふふふ、ははははは」
◆
「はははははは」
「ちょ、大王様。思い出し笑いとか止めてくださいッス。それに思ってるだけじゃ全然解んねーッスから。口に出してくださいッス」
「え、解れよ? すぐ上だぞ」
「いやいや、意味解んねーッス」
「ま、今後はとりあえずは周りの調査。絶対に現地住民の方とトラブルを起こすんじゃ無いぞ。」
「そういえば、デスクイーンはどこにいるぞい?」
「あー。ホムンと一緒に、ご近所の村々に挨拶回りに行かせたけど」
その言葉に妖魔大王を除く皆が一ヶ所に集まり、ひそひそ話を始める。
「ひそひそ…………ヤバイな……ひそひそ」
「ああ…………死人が、ひそひそ…………責任は大王様が……」
「ひそひそ……謝罪文の準備を……」
「よし、すぐに謝罪会見の場所を押さえろ。ああ、二時間だ。原稿は、イバラキに書かせて……その後二重チェック忘れるな、最後には私が目を通す。」
「シュテンのだけ全部聞こえてるんだけど。後、あのさ。俺、傷付いてるんだけど」
と、ミケがそろそろコントに飽きてきたのか、教室を出ていこうとする。
その帰り際の言葉にて、今回の会議は幕引きとなる。
「じゃー、ミケは行くにゃ。実は大気から面白い成分が検出されたにゃ。世紀の大発見かも知れないにゃ。そんにゃ訳で、ミケはしばらく研究室にこもるからよろしくにゃ~」