第38話 ははは、またご冗談を
日は変わり。
クラリス達が来た次の日の昼。
稲荷町と壁の間に広がる稲荷草原に、二十人程の子供達が集まって何やら話をしている。
ちなみに稲荷草原とは壁と稲荷町に挟まれたイナーリ草原の事だ。
実際はまだ領土権も与えられていないので、そんな事しちゃダメなのだが、便宜場名前を付けたのだ。
男の子もいれば、女の子もいる。
歳も小学生から中学生とばらばらだ。
その中にはサラと烏天狗の子「クラマ」の姿も見える。
「みんなー! お待たせー!!」
元気な声。
町の方から一人の少年が、サッカーボールを蹴りながら走って来る。
小学生の高学年だろうか。
見事なドリブルを披露しながら、子供達の中に加わる。
「つばさくん、おそいよー」
口を尖らせているのはサラだ。
他の子達もぶーぶーと文句を言ってる。
「はぁはぁ……ごめんごめん。はいボール」
少年は謝りながら、額の汗を拭う。
どうやらこれからサッカーをする予定だった様だ。
その様子を、少し離れた所から微笑ましく見つめるのは、妖魔大王と暗黒騎士だ。
「やっぱ草原にはサッカー場だな」
「帝国にはフットサル場しか無かったッスからね~」
そう。
ここは稲荷草原の南側に、急ピッチで作られたサッカーグラウンド。
もともと草がまばらにしか生えていなかった南側。
石ころを取り除き、ラインパウダーを引き、ゴールを二つ設置しただけの簡素なものだったが、子供達にはそれで十分なのだろう。
子供達は左右二つに別れて、またひとかたまりになる。
キックオフ前の、簡単な作戦会議といったところだろう。
【右チーム】サラ、クラマ所属
クラマ「いえ、ここは堅実に[4-2-3-1]で行くべきでしょう」
少年A「駄目だ![3-5-2]でカウンター狙いで行こう」
少女A「違うわ。そもそもサッカーは流動性が高いスポーツなのよ。付け焼き刃のチーム編成じゃ無理よ。フォーメーションに拘らず、もっと柔軟に考えなきゃ」
サラ「サラは何をすればいいの?」
クラマ「サラさんは、ゴールキーパーをお願いしても良いですか?」
少年B、C、D、E「サラ様はゴールにいて微笑んで下されば! さすれば我等、この命に代えまして御身を御護り致します!」
少女B「ふふ、男達って……本当に馬鹿ね」
◆
「何か楽しそうッスねー」
「そうだなー。お、見ろよ。ダンゴムシがいるぞ」
「違うッス、それはワラジムシッス」
◆
【左チーム】つばさくん所属
少女C「バイタルエリアをどうにか確保しなきゃ……」
つばさくん「うん、うん」
少年F「ちっ。【クラマ】を取られたのは痛かったな。空中もフィールドに入れれば、戦術は無限に広がるだろう」
つばさくん「うん、うん」
少年G「ちょっと待って……この試合、ラインズマンもいなければ、主審も副審すらいないんだ。ここはオフサイド狙いで……」
つばさくん「やめろ……サッカーを侮辱するな」
少年H「ご、ごめん。つばさ君」
◆
「何か、もめてるッス?」
「あ~多分、誰がキーパーやるかで揉めてるんだろ。サッカーあるあるだな」
なんだかんだで両チーム共、作戦は決まった様だ。
サラは右チームのゴールキーパー役。
その前には四人の男の子が、尋常じゃない気迫を漂わしながらゴールを護っている。
同じく右チームのクラマはFWだ。
ぱたぱたと宙を浮いている……どうやってボールを蹴るのだろう。
左チームはつばさ君のワントップだ。
「じゃ、ボールおきまーす」
少女Aがサッカーボールをフィールド中央にセットする。
そして速やかにコイントスが行われ、結果、つばさくん側のボールで試合が始まる様だ。
と、その時だ。
「ぞい~」と町の方からごろごろと赤い物体が転がってくる。
それは、無遠慮にフィールドに侵入すると、
どん……
フィールド中央に置かれたボールにぶつかり、止まった。
玉突き事故?
本来あったはずのサッカーボールは、ころころと転がっていく。
「ぞい?」
もちろん、赤い物体とはだるま男爵である。
キョロキョロと眼だけをしきりに左右に動かしている。
文字通り、自分の置かれている状況が飲み込めていないらしい。
「あ、つばさくん。それボールじゃないよ、だるだるだよー」
自軍ゴールを守るサラが止めようと走り出す。
「サラ様、危険ですっ! お戻り下さいっ!!」
だが悲しいかな。
四人の近衛兵に制止され押し戻されてしまう。
「キックオフ!!」
非常にも試合開始を宣言するのは、クラマだ。
「だるだる~~」
男の子達の間から必死に手を伸ばすサラ。
その小さい手は、可憐な声は。
ああ、届かない。
そうこうしてる間に。
「URRRYYYY!! 唸れ右足ぃっっ!!! ドライブシュートォォォッ!!!」
開始と同時に、いきなり必殺シュートを放つつばさ君。
つばさ君はいつでも全力なのだ。
「ぞぞいっっ!!!」
だるま男爵の側頭部につばさくんの右足がめり込む。
と同時に、「高速」「強烈」「驚愕」の超ウルトラ縦回転がだるま男爵を襲う。
ぎゃるぎゅりゅりゅりゅりぃぃぃぃ~~っ!!!!
飛んだ。
だるま男爵は、すげえ飛んだ。
今までに聞いた事が無い、不気味な回転音をあげながら、ものっ凄い速度でサラが守るゴールへと、だるま男爵は弾丸の如く突き進む。
「サラ様を御護りするぞっ!!」
四人の近衛兵は雅に人盾となり、身を挺して立ち塞がる。
が、悲しいかな。
ボウリングのピンよりも軽く吹き飛んでいく近衛兵達。
だるま男爵が向かうその先には、怯えるサラの姿。
しかし完全な球体ではない事が幸いしたか。
ぎゅいーーんっ!!
サラの直前で、だるま男爵ボールは急激なカーブを描き、離れて試合を観戦している妖魔大王と暗黒騎士の手前に、斜めに突き刺さる様に落下してきた。
「ナーイス、パス」
妖魔大王が拍手をする。
それに対して、つばさくんが親指を立てて返事をする。
どうやら、だるま男爵だと知ってて蹴ったらしい。
……それはそれで問題な気がするが。
ちなみに、つばさくんも四人の近衛兵も、実は人化した妖魔である。
「…………ぞ……ぞい」
「よっ、元気ッスか。だるまっち」
暗黒騎士は、地面に埋まっただるま男爵を掘り起こすと、土を払いながら地面に置いてあげた。
「どうした、今日は門の装飾をするんだろ?」
「そ、それどころじゃないぞい! 門の所に変な奴らが来てるぞいっ!」
◆
ここからやっと本編。
「なんだ、どんな奴らだ?」
「なんか『開けろー!』って、繰り返してるッスね。態度わりーッス」
「どれどれ。あら本当、やだわ。怖い……」
妖魔大王が万里水晶で門の様子を映し出す。
なるほど、確かに門の前に一人の男がいるのが見える。
上半身は裸でアフロヘアに虎柄のパンツ。
手には何やら棍棒の様な物を携えている。
「なんだろ。NHKかな……」
「もしそうなら、通報して良いレベルッス……てか雷様?」
「で、どうするぞい?」
だるま男爵がノミの様にピョンピョン跳び跳ねている。
妖魔大王が持っている万里水晶を覗きたいらしい。
「あ~ノープランだと不味いよな。こないだクラリス達が来た時みたいに、コテンパンにされるからな~」
「今日は狐御前もかすみもいねーッスよ。デスクイーン達とカラオケ行くって言ってたッス」
「あれ。今って通信じゃ無いの?」
「ちょっと待つぞいっ!? 何か必殺技みたいなのを門に放ってるぞい!」
「おっ、門スゲー。ガンガン跳ね返してるッスよ」
「ぞいっ! 跳ね返って自分に当たったぞいっ!……」
「うわ、本当だ。すげえ怒ってないか? とりあえず様子を見よう」
◆
そして放置する事、約二時間である。
万里水晶には、まだがなり声をあげる男の姿が映っている。
「ダイちゃん。サラおなかすいたよ~」
「大王様、帰りましょう」
サラとクラマがつまらなそうに妖魔大王の傍に座っている。
既にサッカーの試合は終わっている。
ちなみに試合は3-0でサラ達の勝ちであった。
つばさくんと言えど、ゴールを護るサラに向かって必殺シュート等、流石に撃てない。
サラにゴールキーパーを任せた、クラマの作戦勝ちである。
「そうだな~。じゃそろそろ帰ろうか」
右手をサラと、左手をクラマと繋ぎ、稲荷町へと戻ろうとする妖魔大王。
それを慌てて暗黒騎士が引き止める。
「ちょ、大王様。あいつらはどうするんッスか?」
「暗黒騎士、お前警備部門長だろう。何とかしてこい、俺は二人を連れて帰るからさ」
「ええ、俺ッスか?? 斬って良いならともかく、話し合いは自信無いッスよ~」
「じゃ、だるま男爵を置いていくから」
「ぞい?」
「いや、出来れば真っ当な生物が…………あっ、クラマ来てくれないッスか?」
「え、ぼくですか?」
クラマが驚きながら振り返る。
だるま男爵は気を悪くしたのか、激しくスピンしながらそのまま地中へと消えていった。
「おい、クラマは止めた方が……いや、ほら見た目が子供だしさ」
「ぼくなら大丈夫ですよ。じゃ行きましょうか」
「サンキュー、クラマ。じゃ行ってくるッスね」
二人はそう言って門へと向かう。
「ああ……気を付けてな……」
妖魔大王はぽつり呟くと、クラマを連れて門へと向かう、暗黒騎士の後ろ姿を心配そうに見送るのであった。
◆
「てめえっ!! どれだけ待ったと思ってんだ!!!!!」
それこそ雷鳴の様な怒鳴り声だ。
思わず耳を塞ぐ暗黒騎士とクラマ。
目の前には烈火の如く、全身で怒りを表す大男がいた。
地団駄を踏み、青筋を立て、筋骨粒々の身体は紅潮している。
背丈は三メートル程もあり、口は耳まで裂け、地獄の鬼の様な形相。
万里水晶越しに見るのと、実際に見るのとでは、随分と違う。
「しかも出てきたのは、もやしみてえにひょろひょろの男に、ガキ!! てめえらで話ができんのか!?」
「はあ……いちおー幹部ッス。あーえー、あんた誰ッス??」
男の迫力に、一ミリも動じる事もなく、暗黒騎士がひょうひょうと尋ねる。
クラマはそんな暗黒騎士の肩にちょこんと座っている。
「俺は魔王ザブロック様に使える四天王の一人、水の『ウィンド』だ!」
水?
ウィンド?
紛らわし~。
外見詐欺……てっきり雷様かと思ったッス………………えーと、あと魔王?
……ま、どうでもいいッス。
てか、良くここを見つけたられたッスね。
暗黒騎士は少し考える。
町を取り囲む壁は、狐御前の不可視の術によって相当近くまで接近しなければ、視認する事は出来ない。
稲荷町及び妖魔帝国の安全が保証されるまでは、永続中なのだ。
結構、厄介かもしんねー。
「んで、そのお偉い人が何の御用で……」
「馬鹿にも解るように単刀直入に言ってやる。これより貴様らは我等の配下となる。今すぐに門を開き降伏しろ。そうすれば命だけは助けてやる」
「あー、クラマ、通訳頼むッス。こいつ何言ってるのか、俺っちさっぱり解らねー」
自身の肩に座るクラマに耳打ちする暗黒騎士。
「はい、つまり降伏勧告ですね。ですが、我々の情報は殆んど持ち得ていない筈。余程、戦力差に自信があるのでしょう。もしくは敵幹部が自ら出向いて来た辺り、こちらの威力偵察を兼ねているのかも知れませんね」
「おいっ!! 何ひそひそ話してやがる!!!」
無視されたと思ったウィンドがますます気勢を上げる。
「うるさくて仕方ねー。クラマ、頼めるッスか?」
「はい、やってみましょう」
一つクラマは頷くと、暗黒騎士の肩からぽんと飛び降り、ウィンドの前へと臆することなく歩み出た。
「なんだ、ガキは引っ込んでろ!」
クラマは瞳を閉じると、一つ大きく息を吸い込み、静かに息を吐く。
そして閉じた瞳をゆっくりと開く。
「っ!!?」
無意識にウィンドは身震いした。
経験が、本能が、「今すぐ逃げろ!」と信号を発している。
クラマの開かれた瞳。
恐ろしいまでの冷徹な瞳。
そこには、無邪気な可愛らしい子供の瞳はもう存在しない。
ウィンドは久しく忘れていた、恐怖と言う感情が、心の奥から沸き上がってくるのを止める事が出来なかった。
そしてクラマは、心を持たない機械の様に、淡々と話し始めたのであった。
「私、妖魔大王様のお側に使えております烏天狗の「クラマ」と申します。本日はわざわざご足労頂き、誠に有難うございます。本来であれば、こちらに転移致しました私共の方からそちらに伺うのがマナーではあると重々承知はしておりますが、なにぶん転移と言う事象に不馴れでおりまして、時間を都合する事がどうしても出来なかった次第であります。この場を借りて、改めてその非礼をお詫び申し上げます。また、我が帝国内の規則に則り、門外のしかもこの様な場所で、お話を伺わなければならない事も、重ねてお詫び致します。さて、それでは早速本題に移らせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか? ……………………特に意見がございません様でしたら、進めさせて頂きます。こほん。まず先ほどの会話の中で『配下』と貴殿は述べられておりましたが、『配下』とは個人に対して使われる言葉かと認識しております。と、言う事は、私共二人に対してのお言葉と解釈しても宜しいですか? ……違う。ええ、はい。この町全体に対する…………、では『支配下に置く』と言う事で宜しいですね。では、一重に『支配』と言われましても、一般的には、併合、属国、植民地化、連邦化、一国二制度化等、様々な国家の有り様があるかと存じますが、貴殿が仰っておられる『支配』とは、具体的にはどの様な意味合いを持つのでしょうか。私の知識が不足しており大変申し訳御座いませんが、こちらの世界に於いて、『支配』が全く別の意味合いを持つ可能性もあるかと思い、念の為にお尋ね申し上げる次第でございます。但し、もし仮に貴殿の言われた『支配』が、先に申し上げました私の見解の、連邦化以外のどれかと一致しているのであれば、それは大変申し上げにくいのでありますが、誠に無礼と言わざるを得ません。百歩譲りまして、もし一国二制度であれば、まだ検討の余地は残ると考えます。その場合、貴国が支配下に置くにあたり、どの様な領土運営を考えておられるのか、草案等、最低限のご準備もされているかと思いますが、それを……え、草案とは何か? ははは。これは、また御冗談を…………え、もう帰る? いえいえお帰りになられては困ります。まだ話は始まってもいないのですから…………………」