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第37話 帰りたくない二人


「ふぅ……」

 

 馬上にいるクラリスの口から、もう何度目かの溜め息がこぼれる。


 ここはイナーリ草原とローゼシア王国を結ぶアカツキ街道。

 道の両端には短い草が一面生い茂り、夕暮れ色に染まっている。

 

 遠目に見えるのはローゼシア王国の町並みだ。

 決して立派とは言えない城壁の向こうには、その輪郭を多少ぼやかしながらも、様々な色の屋根が見て取れる。

 そう遠くは無い。

 速駆けをすれば、一時間程で王国の外周部へ到着するだろう。


 暗くなる前に戻らなければ、な……。


 街道とは言え、この辺りにはまだ松明や火灯りの類は設置されていない。

 見上げれば雲一つ無い茜空。

 夜になっても視界を遮る程の暗闇にはならないだろうが、やはり月明かりだけでは心許ない。

 光源発生魔具は携帯しているが、不要な魔物を呼び寄せてしまう可能性もある。


 戻る理由は幾らもあるのに、だがその手綱は依然として緩んだままだ。


 さあ、どうしたものか……。

 

 何度も読み直しをしているのか、至る所にシワのはしった皮紙を広げる。


 そこには先の妖魔大王達との会議の内容が、箇条書きで書かれていた。

 正式な報告書は帰還後にマルチナが作成する。

 これはマルチナのメモ書きから、一先ず重要な部分のみを抜粋したものだ。

 

・地球と言う異世界から転移してきた。

・町は稲荷町と言う。それとは別にイナーリ草原の地下一帯に妖魔帝国が存在する。

・転移の原因は三人の魔法少女。妖魔帝国が世界征服を企んでいた為に攻めいられた。(稲荷町は全く関係ない)

・今はただ平和な暮らしを望んでいる。他国への侵略の意思は皆無。

・あの高く強固な壁は一人が半日で造り上げた。

・独立国として承認して欲しい。


 よくもまあ、馬鹿正直に述べたものだ。

 これを説明する私の身にもなってみろ……。


「クラリス様何度目ですか~、それ読むの。早くお城に戻りましょうよ~」


 マルチナがクラリスに並ぶ様に馬を操る。

 馬と言ってもマルチナが乗るのは、額に長く美しい純白の角を持つ一角獣だ。

 クラリスが乗る軍馬と違い、この馬は王国からの支給ではなく実家の牧場から連れてきたものだ。

 一角獣が人をその背に乗せる事は、大変珍しい事だとされている。


「詰んだな……。彼等が最初から全てを話さなかった意味が、今なら良く解る」


 私がどれだけ言葉を並べても、誰も首を縦には振るまい。


 いや。

 横に振ってくれればまだいい。

 それは多少なりとも、私の説明を理解したと言う事だ。


 これなら盗賊相手に剣を()()っている方が、どれだけ気が楽か。


「不安材料しかありませんよねー。でもまあ何とかなりますって」


 至って能天気なマルチナの言葉、根拠はもちろんない。


「民の不安もある。そう悠長には構えられないだろう」


「う~ん。世界征服を……ってところがまた厄介ですよね~」 


 そう言うとマルチナは、腰にぶら下げたビニール袋に手を入れ、一口サイズのクッキーを一つ取り出し口に入れた。

「喫茶ドートル」のマスターからお土産に頂いた物だ。


「世界征服? お菓子の買い占めで人々の欲求不満を高め、政権打倒への下地作りをする。積極的な夜間巡回を帝国が行い、地域の安全に貢献する事により、公的機関の存在意義を脅かす。妖魔と言う存在を一部の人々に認知させ、町起こしに活用する事で、地域に息を吹き込み活発な経済活動を促す……あいつら本気か?」


「少なくとも、ダイちゃ……よ、妖魔大王さんはそのつもりに見えました。他にも、その他の悪の組織の壊滅だとか、他地域で暴れている妖魔の更正及び受入だとか……」


「うん、とても善い事だよな。うん」


 正義を行う為の詭弁。

 クラリスはそう感じていた。


「それよりも、だ。地下に広がる妖魔帝国の方が大問題だと考える」


「イナーリ草原の、ほぼ全域に広がっているらしいですね」


「ああ。面積も問題だが、私は妖魔帝国が地下にある事に懸念を感じるんだ。見えない場所に、得体の知れない者達が多数存在する……。普通の者なら、それだけで大きな不安や恐怖に駆られるだろう」


「今日は帝国は見れませんでしたけど……。もし本当なら、私達に悟られずに領土を拡大する事も可能ですもんね」


 その通りだ。

 そしてそれを止める術も、我が国は持ち合わせていない。

 兵の数も足りなければ、ましてや地下深くまで結界を張れるような魔導師などハイム全土を探してもいるかどうか……。


 王国を取り巻く状況も苦しい。

 南の魔王は油断ならない相手だし、東のアーグル帝国は不穏な動きを隠そうともしない。

 北に広がるパルス海には海賊が横行し、民の被害も少なくない。

 

 とは言え、王国も一枚岩では無いのだ。

 第一王妃様を殺害し、サラ様のお命をも狙う者の正体も掴まなければ。

 

 クラリスは大きく天を見上げ、目を瞑る。

 と、そのままガクンと力なく頭を垂れた。


「ふぅぅぅぅ……」


 そして深い深い、呼気を吐き出す。


 これは一呼吸の内に、心を平静に保つ事が出来る呼吸法だ。

 強敵との戦闘時に使用する事はあるが、平時に使う事はまず無い。

 それ程、追い込まれているのだろう。


 肺の中の空気を全てを出し切ると、次にクラリスは口を大きく開いた。

 既に心の内は、無の一歩手前。

 

 だがクラリスが今望む心の在るべき姿、それは完全な無では無い。

 その半歩手前、明鏡止水の境地だ。


「……っ、はぁぁぁぁぁ…………」


 と。


「はいっ」


 マルチナが、大きく開いたクラリスの口に、クッキーを一つ放り込んだ。


 ドボンッッッ!!


 さざ波一つ立っていない心の湖面に、巨大な水しぶきがあがる。

 カッと目を見開くクラリス。


美味(おい)しっ…………!」


 もはや明鏡止水どころでは無い。


「それ美味しいですよね~。そんな美味しい物を作れる人達が、悪い人達だと思いますか? リラックス、リラックス」


「むぅ。一理あ……いや、それは関係ないだろ」


 マルチナのペースに乗せられている……。

 不味いな、いやこの場合、美味いな、か。


「【地球】から第二、第三の転移がある可能性は否定していたな。そもそも妖魔と言う存在が絶滅寸前で、ほぼ総ての妖魔が妖魔帝国にいたらしいからな。妖魔の存在が消えた向こうの世界で、魔法少女が同様の魔法を発動させる理由は無い訳だ」


「妖魔大王さん達の言った事が、本当である事が前提ですけどね。あ、もちろん私は信じてますよ! あとサラ様の事は……」


「先程も言ったが国王様以外には口外するなよ。サラ様のお姿は発見出来なかったとするんだ」


 サラを狙った者達の、次の手を少しでも遅らせるためだ。

 生死不明であれば、多少の時間は稼げる筈。

 動けば動くほど、犯人探しの目星が付けやすくなる。


「でもまごまごしてたら、王位継承権が……」


「我々が第一に考える事は、サラ様の御身の安全だ」


「う~。でもやっぱり、妖魔大王さん達の提案通り『稲荷町で静養してます』って事にしちゃいましょうよ」


「それはサラ様の命を救ってくれ、なおかつ御目をも治癒してくれた彼等への義に反する。それに人質と悪意解釈されても厄介だ。サラ様奪還の為だ、と稲荷町に攻めいる大義名分にも成り得る」


「でも私達【白バラ】抜きでは、多分あの壁の内側に入る事すら出来ないですよ。それにもし入れたとしても……」


「……マルチナ、それ以上の発言は城内ではやめておけよ。不敬罪に問われるぞ」


 慌てて口を塞ぐマルチナ。

 ローゼシア王国軍と稲荷町。


 正面から戦闘になった場合、果たしてどちらが勝利するのか。


 勝負、ましてや戦ともなれば不確定要素は数え切れない。

 時の運も大きく作用する。

 が、どうしてもクラリスには、勝利の方程式を思い浮かべる事は出来なかった。


「じゃ、どうします? クラリス様」


「国王様には時間を掛けて、全てをお伝えしよう。だが問題は重臣達だな」


「…………まず独立なんて認めないですよね。最悪、敵国認定かも」


「単純な損得だけで考えれば、味方に引き込んだ方が良い。領土の一部が無くなるとは言えな。外務と財務に根回しをしておかねばな。話は私がつけるが、内密に手配を頼めるか? 三日以内だ」


「はーい、お任せを。まあイナーリ草原はもともと恩賞の対象にもならない場所ですからねー。南にある魔王ザブロックへの牽制にもなりますし、私もそれが一番だと思います」


「ああ。だが一番恐れなければならないのは、彼等が…………」


 そう言い掛けて、クラリスは言葉を止めた。

 マルチナは不思議そうな顔をしている。


 ……彼等が魔王ザブロック側に付いた場合。


 それこそ万が一にも無いだろうな。

 今日初めて会ったばかりの相手を、こうも信頼してしまっている己に苦笑いを浮かべるクラリス。

 

「良し。では急ぎ城に戻り、まずは国王様に報告を行う。行くぞマルチナ」


 そう言うとクラリスは手綱を緩め、馬を走らせ始めた。


「はい! クラリス様」


 元気良く返事をし、それに続くマルチナ。


 王国へと向けて馬を走らせていく二人の姿は、薄宵に紛れ瞬く間に消えていった。




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