第34話 始まりの場所
妖魔大王へとクラリスの厳しい視線が向けられる。
やべっ、俺なんかまずい事言ったっけ?
不審者よろしく、妖魔大王はさっと俯いてクラリスと目を合わせない様にする。
その視線の先に見えるのは、膝に座っているサラの可愛いつむじ。
良く見たら、真ん中から少し右にずれた所に、もう一つ小さいつむじがあった。
可愛いなー。
すぐ現実逃避するのが妖魔大王の悪いところ。
だがしかし、クラリスの言葉によってすぐに引き戻される。
「では質問を変えようか。今『軍事力を全く持たないか弱い国』と言ったな。確かに軍備は無さそうだ。が、そんな国が、今までどうやって他国の侵略を防いできた? いや、そもそもだ。見たところ田畑や工所も無いが、どうやって国を維持してきたんだ?」
「えっ?」
妖魔大王のおつむでは、この質問に対する上手い返答等、三日かかっても出ないだろう。
助けを求める様に妖魔大王は、サラのつむじから隣のデスクイーンへと視線を移す。
「何? え、何?」
話などはなから何も聞いていないデスクイーン。
突然話をふられて、驚きながら正面のマルチナを見る。
「え、私っ? さあ……何ででしょうか、クラリス様」
マルチナがクラリスに尋ねる。
「あのな……どこをどうしたら質問した私に質問が戻ってくるんだ……」
頭を抱えるクラリス。
そこへ狐御前が話に入ってきた。
あくまでも第三者の立場で話を聞いていたのだが、余りにも話が進まない為に業を煮やしたのだ。
「お主達も見たであろう? ここを取り囲む高い壁を。それに加えて妾の結界じゃ。敵の侵入を阻み、存在を視角的にも消して、敵の侵攻を防いできたのじゃ」
「ああ……近付かなければ見えなかったのはそのせいか……。それに確かにあの壁は厄介だな。しかし国を成り立たせるには財も必要だろう? 自給自足してる様にも見えん。どうしてたんだ?」
「それは妾には解らぬ。政にはちと疎いものでな」
迂闊な発言は極力避ける狐御前。
仲買、医療、宗教、資源……
いくつかのそれっぽい理由はすぐに浮かんだが、どうしても四~五手先で詰んでしまう。
あと少しだけ、時間が欲しかったのだ。
「そうか。では町長教えてくれ」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~と。じゃかすみ君、どうぞ」
「はあっ!?」
かすみが妖魔大王を睨み付ける。
しかし妖魔大王は決して目を合わせない。
テーブルに付いた水滴を、何度も何度も拭いて、忙しさを演出している。
かすみも本来は、と言うか完全なる部外者だ。
なるべくなら巻き込まれたくはないし、発言はしたくない。
この世界の事も、相手の国の事も、何一つ情報が無いのだ。
何が正で、何が誤か。
判断の仕様がない。
回答次第によっては、今後の稲荷町の運命がどっちに転ぶか解らない。
「でもそれは、私の口から教えて良いものか。ねえ町長」
本当ならば、かすみは容赦の無い罵声を浴びせたいのだ。
だが、この場であまり町長の立場を貶めるのも良くないと判断し、あくまでも丁寧な返事をするかすみは偉い。
なのに、それを勘違いする妖魔大王。
「いや、構わないぞ。かすみよ、相手が納得するまでしっかりと教えてあげなさい」
このクソ大王がっ、あたしは無関係よっ!
巻き込まないでよねっ!
「いやいや、そこは町長御自身が。あたしは只の単なる一般人ですから」
「いやいやいや、逆に一般人の口からの方が真実味があるだろ」
「いやいやいやいや、でもそこを更に逆に……」
「いやいやいやいやいや、更に逆にいったと見せかけて、やっぱり逆で……」
キ◯グボンビーの様に、説明をなすりつけあう二人。
まあ、説明責任は名実共に妖魔町長(大王)にある為、どちらに非があるのかは明らかなのだが。
「マスター、コーヒーお代わりくださーい」
これは長くなりそうだ、と察知したマルチナが長期戦に備える。
「承知致しました。良くお飲みになられますね。ふふふ」
「そんな! マスターが作るからこそです! あ、あの、失礼ですがお名前を伺っても……」
「私も一杯頼む」
「ジュースー」
「あら、サラちゃん。あんまり飲み過ぎるとおトイレに行きたくなっちゃうわよ」
窓の外を「ぞいぞいぞいっ」と言いながら、赤い物体が転がっていく。
それを子供達が楽しそうに追いかけていく。
ここは稲荷町。
人と妖と異が集う始まりの場所である。
◆
「はぁはぁ、違うわよ。そこは逆に「ベリーベリーストロベリー」でしょうがっ!!」
「ぜぇぜぇ。笑わせるなっ! だからこそ逆に、一番美味いのは「大納言あずき」だと証明されたのだっ! ぜぇぜぇぜぇ……」
「マスター、コーヒーお代わりくださーい」
かすみは「全国中学生ディスカッション大会」で準優勝した実績のある程の猛者だ。
対するは、先日の転移説明会で白目を向いて失神しかけた妖魔大王。
象とアリ。
東京と群馬。
PS3とファミコン。
二人の実力には天と地ほどの開きがあった。
(どっちがどっちとは言ってません……)
勝負は最初から決まっていた……かの様に見えていた。
だが、そのかすみ相手に妖魔大王は一歩もひかなかった。
そこには決して譲る事の出来ない、確固たる信念があったのだ。
妖魔大王は毎月31日の31の日には「大納言あずき」をトリプルで注文する程の漢の中の漢。
店員に「え?」と三回聞き返されようが、「来たわよ、大納言(笑)」と笑われようが、その決意は微動だにしない。
その気高き信念に、その誇り高き生き様に、かすみは遂に敗北を認めた。
あーもう!
本当にどうなっても知らないんだからねっ!!
「ん、どちらが言うか決まったのか?」
「決まりましたけどっ! あたしが言えば良いんでしょうが!」
「え、う、うむ。私はどちらでも構わないが……」
かすみの余りの迫力にクラリスが気圧される。
「31で一番人気…………じゃないっ! こほん。我々は…………」
と、かすみが横に座る狐御前を一瞬ちらと見た。
こくりと頷く狐御前。
どうやら考えは一致しているらしい。
そしてかすみは高らかに宣言をした。
「我々は、経済コンサルティングにて財を得ていますっ!!」