第33話 世紀末の覇者
ふぁあぁ~、もう帰りて~よ~。
妖魔大王崎は大きく欠伸をしながら、そう心から願う。
俺がいる意味ある?
既に異世界にいると言うのに、更なる異世界へと迷いこんだ感が半端ない妖魔大王。
目の前では、美味しいコーヒーとケーキを楽しみながら、女性五人が楽しそうに話に華を咲かせている。
サラは疲れたのか、大王の膝の上から狐御前の膝へと移動し、すやすやとおねむり中だ。
こいつらすぐ話が脱線するんだよな。
せめてもう少し話が進んでから脱線しろよ……。
あー、暇。
ストローの入っていた紙袋を縮めて、水を垂らして遊んだり、グラスに入った氷の凹み穴をストローで突っつく事等、当の昔に飽きてしまった。
「……で、うちの二番隊の副隊長が池に落ちて~」
マルチナが場の中心となり話をしている。
最早、列車は脱線しすぎて違う線路へ乗り上げた模様。
「あはは。本当ですか~」かすみが笑う。
「ふふ、迂闊な奴じゃのぅ」狐御前も口元を隠している。
「うむ」これはクラリス。
まじ、どうでもよくね?
てか凄いね、君達そんなにすぐ仲良くなれるんだ!?
「で、フルフェイスヘルムしたまんま、スープ飲もうとして~」
一度話すと止まらないマルチナ。
「あたし、それわっかるー」とデスクイーン。
「私もです」かすみが続く。
「あるあるじゃのぅ」狐御前が頷く。
「うむ」クラリスだ。
嘘つけっ!
そんな訳ねえだろっ!
日本にゃ今までそんなもん無かったわ!
と、妖魔大王は食って掛かっているが(心の中で)、かすみは剣道部、狐御前はバイクが趣味だ。
面とフルフェイスヘルメット……。
無くは無いのかも知れない。
が、デスクイーンは百パーセント嘘である。
あと、クラリスっ!
お前は会話を全部「うむ」で返すんじゃねぇ!
世紀末の覇者かっ!!
部下が自分とこの情報を垂れ流しているんだぞ、えーと……何だっけ…………あれだよ、あれ……。
そうだ、危機管理!
危機管理が欠如しているぞっ、危機管理が欠如っ!
正しくは危機管理の意識の欠如であろう。
この言葉はいつぞやの説明会の際に、子供のカラス天狗「クラマ」に言われた事だ。
一度、他人に対しても使ってみたかったのだ。
妖魔大王はその後も心の中で、女性陣に激しい突っ込みを入れまくる。
もちろん、顔は平静そのものだ。
と、クラリスが突然妖魔大王の方を向いた。
じろりと睨み付け……てはいないのだが、妖魔大王にはそう感じられた。
「ひっ!? すみませんっ!」
反射的に謝ってしまう妖魔大王。
「む、なんだ? いや、日も暮れてきたしそろそろ話を戻さないか」
「あ、そ、そうだよな。はい。てか遅いよー、待ちくたびれたよ」
そう口では文句を言いながら、突っ込みまくっていた事がバレてなくて、内心ほっとする妖魔大王であった。
◆
「では魔法少女について、からですね」
何故かかすみが進行役である。
もちろん当の本人からすれば不本意ではあるが、どこまで話をしたか誰もあまり覚えていなかったので、やむなくだ。
「そうだったな。で、その魔法少女に国を壊滅させられ、挙句にイナーリ草原に国ごと転移させられた……と」
クラリスが頭を掻きながら、話を思い返している。
「まあ、そうだな」
「聞けば聞くほど散々な目に遭いましたね、ぐすっ」
涙ぐんでいるのはマルチナだ。
……確かに言われてみれば散々だよな。
改めて我が身に起こった事を振り返って、妙に納得する妖魔大王。
本当に不幸な目に合った時には、人に指摘されるまで気づかないものだ。
「正直なところ……疑問点だらけで、何から質問していいかわからん……」
「なんでもどうぞ。俺達にはやましい事なんて一つも無いんだから」
「うむ……たった三人で、国を壊滅させる魔法少女の話自体がそもそも怪しいのだが、それは一先ず置いといて、だ。一体何故、この国は壊滅させられたのだ?」
「へ?」
ドキリ。
「当然、貴国が狙われた理由はあるのだろう? 何故だ」
「さ、さあ。なんでだろうね……はは」
口が避けても世界征服を企んでいたとは言えない。
栗ようかんの買い占め、警官を装ってのパトロール、違法駐輪の強制撤去、反社会的的線路への鉄拳制裁、許可無しのゲリラライブ……やましい事だらけだ。
「大方お菓子を買い占めて、魔法少女達の怨みでも買ったんじゃ無いですか~?」
「ははは。マルチナそんな訳無いだろ」
二人の会話に顔がひきつる妖魔大王。
「あと、国というには少々規模が小さくないか?」
「クラリス様。それは失礼ですよー」
クラリス達は、地上にある稲荷町しか見ていない。
まさか地下に広大な妖魔帝国が広がっているとは、夢にも思っていないだろう。
「え? そうかな……えーと、」
言葉に詰まる妖魔大王。
先程からろくな返答が出来ていない。
それもその筈、完全なノープラン、場当たり的な考えでこの場を設けたのだから。
予想される質問や、それに対しての返答等、何一用意していない。
仕方ないとばかりに狐御前がフォローする。
「たわけめ。国というものは、人口や面積だけで推し量れるものではないじゃろうが。この世界にも小国はあろう?」
「うん? まあ、ここまで規模の小さい国は無いが……。確かにそれはそうだな」
腑に落ちない表情をしているが、クラリスは何とか納得した様だ。
「では貴様達は、あくまで偶然この地に飛ばされたのであって、侵略が目的ではないと言うんだな」
「そうそう。つまりはそこだよ、大切なのは俺達の過去じゃなく今だろ」
「何か良い事を言ってる風だが、論点がずれてるぞ。まあいい。マルチナはどう思う」
「嘘は言っていないみたいですけど……。先程から頂いている飲み物や食べ物は、私は見た事がありません。サラ様がお使いになっている【すとろお】も何で出来ているのか……」
そう言うとマルチナは、サラのオレンジジュースに入れられていたプラスチック製のストローを手に取って、しげしげと眺めている。
サラは眠くなったのか、今は狐御前の膝の上ですやすやと眠っている。
「そうだな。他の世界から来たと言うのは信じてもいいだろう」
「隠してあるだけかも知れませんが、町の中には兵士もいませんし、兵舎や厩舎等、軍備らしき物は一切見当たりませんでしたね」
ちゃんと見るとこは見てるんだな。
あんまし油断しないほうが良さそうだ。
「そうそう。俺達は軍事力を全く持たない、か弱い国なんだよ」
余計な事を言いおって……。
と、狐御前が妖魔大王をちらと横目で睨む。
「ほう、そうなのか。そうなると新たな疑問が沸いてくるな」
そう言うとクラリスは、妖魔大王に向かって些か厳しい目を向けるのだった。