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第32話 デジャヴ


「はいはい。そろそろ本題に入りますよー」


 パンパンパンッ!

 妖魔大王が大袈裟に手を叩く。


 皆が視線を向ける中、たった一名だけ無反応の者がいる。


 その一名とは、クラリスだ。

 話し合いを一番望んでいた当の本人は、すっかりシフォンケーキの美味しさに侵されてしまったらしい。


 眼を閉じ、鼻へと抜ける優しい甘い風味と、その際立ったふわふわの食感を楽しんでいる。

 

「クラリス様っ、クラリス様っ」


 クラリスに話しかけながらマルチナが肩を揺する。

 だがその声は届いていない。

 今、クラリスの集中力は味覚と嗅覚のみに絞られている。


 それは【無の極意】の応用版。

 【無の極意】とは、五感の総てを絶ち、心さえも明鏡止水の境地に至るスキルだ。


 通常はラスボスとの戦い前に、異常なまでの強さを誇る師匠とか、仙人みたいなおっさんから習うアレである。


 それをクラリスは独学で、しかも結構な短期間で習得していた。

 更にクラリスは、無の状態から対象となる感覚のみにスイッチを入れる事により、その感覚を最大限に研ぎ澄ませる事を可能としていた。

 

 通常は真のラスボスとの戦いの前辺りで、主人公が死の間際に突然覚醒したり、命と引き換えに手に入れたりするアレだ。


 それを今発動させているのだ。

 何と言うスキルの無駄遣いであろう。


「すごく無防備ね」


 デスクイーンがテーブル越しにクラリスの頬をツンツンしている。


「こやつ……敵地かも知れぬこの場所で、この振る舞い。なかなかに剛胆じゃの」


 皮肉か、誉めているのか。

 狐御前自身にもそれは判らなかった。

 ただ、そう思ったのだ。


「クラリス様っ、もっしもーし!」


 マルチナがクラリスの耳の近くで呼び掛ける。

 ……反応無し。


「もうっ!」


 マルチナが膨れっ面をする。

 ただ、そんなマルチナが今普通なのは、あくまでも単なる偶然だ。

 答えはシンプル。

 既にシフォンケーキを食べ終えていたからに他ならない。


「クラリス、かおこわいよー」


 クラリスの正面に座る妖魔大王の膝の上に座るサラが手に持った皿を落としそうになる。

 ふぅ、息継ぎポイントが無い。


 クラリスは瞳孔が開きっぱなしだ。

 まばたき一つせずに、もしゃもしゃと口だけ動いている。


 何回噛めば気がすむんだ?

 まるで牛やラクダみたいだな……。


 妖魔大王は何かの動物番組でみた、牛やラクダの食事風景を思い出していた。


 まさか反芻(はんすう)してるんじゃないよな……。

 ちょっぴり興味が沸いた妖魔大王は、身を乗り出しクラリスへと少し顔を近づける。

  妖魔大王は目と目を合わせようとするがクラリスの視線は未だに定まらぬままだ。

 

 え?

 この子ちょっとヤバいんじゃないの?

 大丈夫かしら……


 と、妖魔大王が心配を始めたと同時に、クラリスが通常モードへといきなり切り替わった。


「はっ! サラ様、何か仰いましたか?」


「ひいっ!」


 がつんっ!!

 突然覚醒したクラリスにビクビクーッと反り返った妖魔大王は、壁に頭をしたたかに打ち付ける。


「いてて……あのなー」


 頭をさする妖魔大王。

 そしてその場にいる全員が、クラリスへと冷たい視線を送るのであった。



「クラリス様。いい加減、そろそろ質疑を始めましょう」


「あ、ああ。そうだな。すまん、集中しすぎていた様だ」


「まあマスターのシフォンケーキは絶品ですからね」


 カスミがそう言うとみんなが一斉に同意を始める。


「そうじゃな」

「そうね、仕方ないわね」

「クラリス様、わかりますっ」

「うん! おいしーね」


 ええーっ、納得いってないのは俺だけ?

 これがいわゆる女子の団結力か?

 はぁ~民主主義、民主主義……。

 

 妖魔大王は念仏の様に「民主主義」を繰り返し、自分に言い聞かせる。


 妖魔大王の皿には、まだ半分以上シフォンケーキが残っている。

 まあ美味しいのは間違いないしな……と、フォークで少し切り分けて、口に運ぶ妖魔大王


 その時だ。


「おい、今から大事な話をするんだぞ。食事は後にしてくれないか」


 クラリスから情け容赦の無い発言が飛び出す。


 ええーっ?

 お前にだけは言われたくないんですけど!


 と、思ったら、


「そうですよ、大王様。空気を読まないと」


 と、のっかってくるデスクイーン。


「……ぬ」


 妖魔大王が小さく小さく繰り返す。


「解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ……」


 カスミと狐御前は口に手を当て、必死に笑いを堪えている。

 

 くそう。

 帰ったら暗黒騎士に愚痴ってやる。


「ではまず突然現れたこの町について説明してくれ。予め言っておくが嘘は通用しないからな」


「はいはい。じゃー、今から洗いざらい全てを正直に話すから、信じてくれよ」





「で、今に至るわけだよ」


 妖魔大王は本当に嘘偽りなく今までの出来事を語った。

 ただ、サラに関する部分にはあえて触れなかった。


 もちろんクラリス達も承知の上だ。

 いや感謝すらしていた。

 母親が殺害された事を、サラに思い出させたくなかったからだ。


「なるほどー。よくわかりました」


 メモを書き終えたマルチナが深く何度も頷いている。


「本当か?? 私はさっぱりなんだが……」


 クラリスは頭に手をやり、マルチナとは対象的に首を横に振って悩んでいる。


「あー、わかんない事があったら、遠慮なく聞いてくれよ」


「うむ……ではだな、そもそも妖魔とはなんだ?」


 クラリスが挙手をして尋ねる。


「あーそれ聞くの? じゃ逆に聞こう。人とはなんだと思う?」


「それは種としてか? それとも概念か? どちらも様々な研究者や哲学者達が、長年議論を続けているが、未だに明確な答えは出ていない」


「それと同じだよ。妖魔も言葉では説明は出来ない」


「えーと。妖魔は正体不明で危険極まりない、残虐な種族と……」


「はい、君はシフォンケーキ没収~」


「えーっ!? 冗談ですっ、冗談っ! 妖魔は人に近く、とても理知的で友好的な種族ですっ」


「はい、良くできました~」


「あっぶなーい」


 慌ててメモを書き換えるマルチナ。

 まあ、書き換えた内容でも間違いでは無いな、とクラリスは判断し黙殺する。


「じゃあ……では質問を変えようか」


 ミルクたっぶり、砂糖たっぶりのコーヒーを飲みながら、話を続けるクラリス。


「魔法少女とはなんだ?」


「んー。それは俺達も良くはわからないんだ。魔法を使える人間の事かな。自分達でそう名乗っていたから俺達もそう呼んでたんだけど……」


 でもあいつら殴ったり斬ったりばっかりだったな……

 妖魔大王は戦闘を振り返る。

 叩き折られた八本の角も、立派な牙も最近ようやく元に戻ったのだ。


「なんだ。魔導士の事か? なぜわざわざ少女と付ける?」


「はい? えーと、たぶん読者受けを狙って……」


「【美少女戦士】とかもおるぞ」


 狐御前が本当に余計なを言う。


「なっ! それは何かの刑罰か? そんな職業名では恥ずかしくて仕方無いだろう!?」


「最近は【美人すぎる○○】とか【可愛すぎる○○】とかも良く聞きますね」とカスミが更に余計な事を言う。


 クラリスの顔が段々と紅潮していく。

 なにやら堪らなく恥ずかしいらしい。


「何と恐ろしい刑罰を考えたのものだ……。私なら自決するかも知れない」


「そうですか? 私は【白バラ】も中々だと思いますよ」


「えっ? ええっ!?」


 思わぬ衝撃発言にマルチナの顔を二度見するクラリス。

 マルチナはすました顔でコーヒーを飲んでいる。


「だって普通に「ローゼシア王国騎士団」とかで良いじゃないですか」


「いや……だってそれは国王の好みだから……」


「あら。お互い上には苦労するわね~」


 デスクイーンが、妖魔大王を横目で見ながら大きく頷いた。


 と、鼻先にかぐわしい匂いが辺りに漂い始めた。


「紅茶のシフォンですよ。良ければどうぞ」


 マスターが焼き立てのシフォンケーキをホールで持ってきたのだ。

 ケーキには紅茶の茶葉がたっぶりと練りこまれている。

 

 コーヒーとはまた違う甘い甘い誘惑の匂い。

 それはテーブル上へ瞬く間に広がると乙女達の心を次々と鷲掴みにしていった。

 目がとろんとする女子六人。

 この誘惑に抗う術などある筈もない。


 久しぶりにケーキ作りの腕が奮えて、どうやらマスターも嬉しい様だ。

 奥ではまた別の何かを焼き上げているらしい、


 あーん。


 女子六人が同時に口をあけ、紅茶のシフォンケーキを口に運ぶ。


 ぱくっ。


「「「「おいしー」」」」


 女達が恍惚の海に溺れるその様子を見ながら妖魔大王は思うのだった。


 ははぁ、さてはこれがデジャヴって奴だな?


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