第31話 喫茶ドートル
「はぁはぁ。なんなんじゃお主等は……。客人か?」
ようやく解放してもらえた狐御前がはぁはぁと言いながら、妖魔大王達と同じテーブルに座る。
まだ息が荒い。
「おいおい、ここに座るのかよ。向こうが空いてるだろー」
テーブルは六人席だ。
そこにサラを含めると七人が座っている事になる。
例によってサラは大王の膝の上だが、窮屈な事この上ない。
テーブル右手奥から、
デスクイーン
妖魔大王
サラ(妖魔大王の膝の上)
狐御前
テーブル左手奥から
マルチナ
クラリス
カスミ
なかなかに見事なハーレムっぷりである。
幼女から女子高生、熟女、人外までよりどりみどりである。
しかし妖魔大王は生きた心地がしていなかった。
無数の地雷がひしめく地雷原を、今からスキップで歩かなければならない己の姿を想像していた。
(やべー奴しかいないじゃないか……。ああ、帰りてぇーっ。やっぱりシュテンや暗黒騎士でも連れてきた方が良かったか?)
「お待たせ致しました。コーヒーをお持ち致しました」
マスターがコーヒーをワゴンに乗せて運んできた。
良い匂いだ。
サラの前には小さなクッキーとオレンジジュースが置かれた。
「いつもお邪魔してすみません」
カスミがペコリと頭を下げる。
「いえいえ。コーヒーも飲んで下さる方があってこそですから。こちらこそ、いつもありがとうございます」
「マスター。コーヒー豆ってまだあるのかしら?」
デスクイーンが自らの前に運ばれたコーヒーの匂いを楽しみながら尋ねる。
「うちは生豆も保存してますからね。しばらくは持ちますが、いつかは無くなるでしょうね」
「そうなのか……それって生豆から栽培出来ないかなー。少し分けてくれない? うちの植物研究所にもっていって栽培出来るか聞いてみるよ」
「おお、それはありがたい。では後でもって参りますね」
妖魔大王の提案に表情を綻ばせるマスター。
そしてカウンターの方へと嬉しそうに歩いて行った。
クラリスは借りてきた猫の様に大人しくしている。
くんくんくんくん。
ずーっと真顔でカップに鼻を近づけている。
鼻の奥にまで届く、その深く芳醇な香り。
若干、瞳孔が開いている。
どうやらコーヒーの匂いにやられてしまった様だ。
マルチナはマスターが気に入ったらしく、去っていくマスターの背中を見つめている。
その顔は恋する乙女の顔だ。
「ところでこの者達は誰じゃ?」
そう言って狐御前がミルクと角砂糖をたっぷり入れたコーヒーを一口すする。
そして、むうぅと言い角砂糖を一つ追加した。
まだまだ甘味が足りなかったようだ。
「ああ、二人はこの辺の王国から来たらしいんだけど、お前に一言言うべきだったか?」
「いや良い。この町の長はお前じゃ。お主が決めた事なら文句はないわ」
狐御前はもう興味が無くなったのか、手を横に振って見せた。
「境内に穴が開いた時には消滅させようと思ったけどね……」
カスミがブスっとした顔で妖魔大王がにらむ。
退魔の札を100枚おでこに貼られても、ケロリとしている妖魔大王を見て、消滅させるのは無理だと判断したのだ。
「この町では人間と獣人が対等な立場なのか?」
クラリスが何の気なしに尋ねる。
その言葉に何となく嫌な予感がする妖魔大王。
「そうだけど? ま、獣人だけでなく全てが対応な立場だ」
「なにっ!? ではドワーフもエルフもかっ?」
「そうだよ。俺の下に集う者は、俺の名において等しく平等である。凄いだろう」
自分で言って気分が高揚する妖魔大王。
うむ。
今すごく良い事を言っているぞ。
ま~、ドワーフやエルフは居ないけど……。
だが次の言葉がまずかった。
「なんせ俺は、ゆくゆくは世界を征服する、妖魔大王だからなぁっ! は-っ、はっはっはっ」
クラリスがガタっと立ち上がる。
「貴様やはり他国の者か! 何が目的でこの地に町を築いたっ!」
狐御前がじろりと睨みつける。
勢いでテーブルが大きく動いたのだ。
「やめい。せっかくの午後のコーシーブレイクに水を差すでないわ」
そして横にいる妖魔大王の膝の上の、サラの頭に手を優しく乗せた。
「この子もびっくりしておるわ」
「ダイちゃんをイジメちゃダメッ!」
「サ、サラ様……し、しかし」
「クラリス様は短気ですからねー。…………なにこれ!? めっちゃ美味しい!!」
コーヒーを一口すすったマルチナが叫ぶ。
初めてのコーヒーは、マルチナに脳天まで痺れる様な衝撃を与えたのだ。
「へー。ブラックの良さが分かるんですね。ほら狐御前様も見習わないと」
同じくブラック派のカスミが、ここぞとばかりに狐御前にブラックを勧め始める。
「わ、妾はこのままで良い」
何となく気まずそうに両手でコーヒーを隠す狐御前。
その斜め前に座るクラリスは、ずっと匂いを嗅いでいたが我慢出来なくなったのか、いよいよカップに口をつけた。
「ぐはぁっ! なんだこれはぁ!? 毒かっ?」
一口飲んだクラリスは、大変失礼な事を言いながら盛大にむせる。
遠くで、マスターが笑いながら見ている。
狐「このミルクと砂糖を入れて飲んでみぃ。わしは三つずつがおすすめじゃ」
カスミ「狐御前様は入れすぎですよー」
デス「あたしはミルク無しの砂糖1つがおすすめよ。飲んでみる?」
マル「隊長! この芳醇な美味しさが分からないんですか?」
サラ「クラリスー。ジュースあげようかー?」
クラ「うむむ。どうすればいいんだ?」
カスミ「一つずつ入れて足りなかったら、足せば良いんじゃないですか?」
デス「ふふふ。隊長さんにはブラックはまだ早かった様ね……。キャッ!? 大変!」
サラ「デスキンー。ごめんなさい……」
サラがオレンジジュースをクラリスに渡そうとして少しこぼしてしまった。
グラスが完全に傾く前に、横に座る狐御前が手を差し伸べたので大半は無事だ。
だが少しテーブルが濡れてしまった。
「サラ様、大丈夫ですか!」
クラリスとマルチナが立ち上がる。
「サラちゃん濡れなかった?」
カスミがそう言いながら、テーブルに置いてある紙ナプキンでさっとテーブルの上を拭く。
「あらあら、ちょっと濡れちゃったかな?」と、カスミ。
「お手てを洗いに行くかのう」
狐御前は妖魔大王の膝からサラを持ち上げると、ひょいとお手洗いに向かっていった。
女性陣が全員立ち上がり、あれやこれやと動き始める。
事態が落ち着いたのは二十分後であった。
◆
「どうぞ」
マスターがオレンジジュースの御代わりを持ってきた。
「ありがとー」
サラが満面の笑みでマスターにお礼を言う。
その場にいる全員が、その天使の如し愛くるしさに思わず相好を崩す。
マスターが一緒に持って来たワゴンから、甘い臭いのする丸い何かを取り出す。
「これは当店自慢のシフォンケーキです。あいにく生クリームはございませんが、良ければどうぞ」
「マスタ~~」
カスミが飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。
「なんだ? これは」
「シフォンケーキじゃ。絶品じゃぞ、食べてみろ」
「シホンケエキ?」
あーん。
女子6人が同時に口をあけ、シフォンケーキを口に運ぶ。
ぱくっ。
「「「「おいしー」」」」
女子6人がうっとりとしている。
「なんだ……このふわふわは……」
「隊長! 私はもう死んでも構いませんっ!」
「おいしーー」
「サラちゃん落とさない様にね」
「コーヒーによく合うのぅ」
「はぁ癒されるわね……」
「マスター、コーヒーお代わりお願いできますか?」
「あ! あたしも」
「はいはい。私もっ!」
「うむ」
もはや誰が何を喋っているのかわからない。
そりゃあ女性がこれだけ揃えばテーブルは賑やかになるだろう。
だがその中、妖魔大王は一人固まっていた。
ああ、いつまで続くんだ……。
この女子会は……。