第30話 理想の世界
ポチの介と別れて少し歩くと、わーわー言いながら十人くらいの子供達がかけ寄ってきた。
男の子もいれば女の子もいる。
年齢はサラより少し上と言ったところだろうか。
「わー、かっけー! 白い鎧だー!」
男の子達がクラリスとマルチナを囲む。
「これ本物ー?」
「触ってもいいー!?」
「ああ、構わないぞ。でも危ないから剣には触らないようにな」
「やったー!」
あっという間に取り囲まれるクラリスとマルチナ。
男の子達はペタペタと容赦なく鎧を触りまくる。
「こらこら、鎧に傷を付けるんじゃない」
「こらこら、落書きをするんじゃない」
「こらこら、マントで鼻をかむんじゃない」
「こらこら、鼻くそをつけるんじゃない」
「お前は菩薩か」
妖魔大王が真顔で突っ込む横で、女の子達とサラが話を始めている。
「サラちゃーん。この後、みんなで草原でバドミントンするんだけど一緒に遊ぼうよ」
サラに話しかけているのはおかっぱ頭の女の子だ。
年齢はサラより少し上だろうか。
もうお友達が出来たらしい。
良く見たら女の子達の中には、子供の妖魔も混じっている。
小さな角をはやした小鬼や、猫耳の獣人等、見た目にインパクトの少ない者達だが、子供の順応力とは凄まじいものだ。
「んーと、ごめんね。今からみんなでおはなしするんだ」
「えー。じゃ明日は?」
「あしたはだいじょーぶっ」
「じゃ明日いつもの場所に集合ねー」
「うん。じゃ、あしたねぇ」
その様子を見ながら妖魔大王は深く感動していた。
妖魔も人間も、異世界のサラも、みな仲良く遊んでいる。
それは妖魔大王の目指す理想の世界。
見た目も、
種族も、
性別も、
世界も、
思想も、
そこには子供達が手を繋ぐ事を妨げる壁等、何一つ無い。
「食ーべちゃうぞーっ!」
「わーっ! 逃げろーっ!!」
ふと気づくと、マルチナが子供達を追いかけ回している。
子供達の笑い声が辺りに響く。
「大王様、そろそろ行きませんと……」
デスクイーンは、ちらと腕時計を見て妖魔大王に話しかけた。
「ああ、すまない。だが、あと少しだけ……」
そう言って妖魔大王は、楽しそうに走り回る子供達をしばらく眺めていた。
◆
――喫茶ドートル店内――
妖魔大王一行は、稲荷町に一軒だけ存在する喫茶店、「ドートル」にいた。名前は……まあギリギリセーフだろう。
店内にはコーヒーの香しい匂いが漂い、静かにクラシック音楽が流れている。
と、テーブルの上に氷水の入ったグラスが置かれた。
「ご注文をお伺い致します。とは言っても、今はコーヒーしかお出しできませんがね」
妖魔大王たちが座るテーブルに、一人の男がやってきた。
男の名前は「神宮寺 四朗」
喫茶ドートルのマスターだ。
今年で58歳になる白髪がよく似合うナイスミドルであり、バツイチの独身だ。
20年ほど前に脱サラをして、稲荷町で喫茶店を開く。
コーヒーの味も絶品で、今では稲荷町の奥様達の憩いの場となっている。
「こんにちはマスター。元気?」
デスクイーンがマスターに挨拶をする、
実は前からホムンやほねぞうと入り浸っている為、マスターとは顔なじみだ。
「ええ、おかげさまで。皆さんのおかげで何とか店を営業する事が出来ていますよ」
「おーそりゃ良かった」
パチパチと拍手をして喜ぶ妖魔大王。
ラーメンを食べた帰りなど、妖魔大王もたまに利用しているのだ。
「そちらのお嬢様には、何か別の飲み物を用意致しますね。それでは」
マスターはサラに優しく微笑みかけると、カウンターの方へ足早に去っていった。
その後ろ姿を見ながらマルチナが呟く。
「はぁ~~。素敵な方ですねー」
「そうか? うおっ冷たい!」
クラリスがグラスの水を一口飲み悲鳴をあげる。
普段は敵陣で出された飲食物などは絶対に口に入れないクラリス。
だが直感的にここは問題無いと感じていた。
と、
カランカラン。
入り口のドアベルが大きな音を立てた。
「コーシーをもらいに来たぞ」
勢いよくドアを開け入ってきたのは狐御前だ。
横にはカスミを連れている。
狐御前は半人化ともいうべき姿だ。
ピンととがった耳と、一本だけだがふっさふさの尻尾が丸出しである。
ちょうどいい、と妖魔大王はクラリス達の出方をうかがう。
既にポチの助と会話をしているのだ。
今更、狐御前を見ても驚かないだろうが、果たしてどんな反応を示すか。
反応次第によっては、今後の外の世界との関わり方に大きく影響が出るだろう。
「なんだ? この町にはオオカミの獣人が多いな」
「あぁん!?」
オオカミという言葉に、びっくりするくらい過剰な反応を示す狐御前。
ずかずかと座っているクラリスに近寄ると、上から恐ろしい形相でメンチを切る。
「クラリス様違いますよ。たぶんキツネの獣人さんですよ。ほら、しっぽがフサフサ」
「あぁんっ!」
マルチナに尻尾をさわさわされて、狐御前は変に色気のある声を出した。
「本当だ、フサフサだな。すまなかったな」
クラリスが謝りながら手を伸ばし尻尾をさわさわ。
「この先端が触り心地いいですよ-」
「サラもさわりたーい」
マルチナとサラがさわさわ。
あっちをさわさわ。
こっちをさわさわ。
「はあぁぁっ」
もはや足腰に力が入らなくなった狐御前は、床にへたり込んでしまうのだった。