第28話 門前での攻防2
「で、ここはなんだ? 一週間前に巡回に来た際には、このイナリ草原には何も無かったはずだ」
クラリスガ訝しげに問いかける。
「えっ! ここはイナリ草原って名前なんだ。奇遇だな。この町もイナリ町っていうんだよ」
「ほう。それは凄い奇遇だな」
目を丸くしてパチパチと拍手をするクラリス。
それを見た妖魔大王は「こいつなら、イケる!」とほくそ笑む。
「クラリス隊長、イナリ草原にある町なんですから、イナリ町は当たり前かと……」
「はっ!? そう言えばそうだな。貴様騙したのか……」
唇をかみしめ妖魔大王を睨むクラリス。
妖魔大王は嘘は言っていないのだが……。
「まあいい。まずこの高い壁の事だが、旅人の証言だと三日前までこの壁は無かったらしいが、どうだ?」
「まあ……壁は昨日作ったから」
昨日のだるま男爵は良い働きをしたな。
さすがの妖魔大王もこんな立派な壁が一日で出来上がるとは考えていなかったのだ。
「嘘をつくな。こんな高い壁を一日で建てれる訳が無いだろう。何人で何日でどうやって建てた」
「えーと。1人で一日で、どーんとやって、えーいと作りました」
「ああ、なるほど」
マルチナが深く頷く。
「マルチナ今のでわかるのか? 説明してくれるか?」
「つまりですね……どーんと掘って、えーいと建てて、ごろごろごろーって整えたんですよ」
「そうそう、それ!」
「……私の理解力が足りないのか?」
頭を抱え込んで悩むクラリス。
「……まあいい。次の質問だ。この町は何を目的で建設された? 許可は?」
「町を建設するのに許可がいるなんて聞いた事無いわよ」
デスクイーンが自信満々に反論する。
いや流石にいるだろ……シム〇ティじゃないんだぞ。
顔が引きつる妖魔大王。
「はぁ? 許可はいるに決まっているだろ」
当然の答えが、当然返ってくる。
「えへへ、そうですよね。じゃその許可が欲しいんだけど、ちょうだい」
「ではまず門を開けて町を見せろ」
「え? いや今ちょっと散らかっているんで」
「貴様の家を見せろと言ってるんじゃない。町を見せろと言っているんだ」
「でもとくに面白い所も無いし……」
「我々は観光に来た訳じゃない。面白い所があるかどうかは関係ない。怪しい所が無いか確認させてもらう」
「うーん。じゃ、ひとまず町の話は置いといて……まず許可をちょうだい」
「なんだ? 話が通じないな。許可は町を見てからだ。わかるな」
「許可、町を、見ない……くれる??」
「違う違う。許可は町を見ないとあげられないぞ」
「許可、町を……見る……前??」
「惜しいな。町を見る前じゃ駄目だ」
「許可、バナナを……見る……後??」
「うん? どこから持ってきたんだそのバナナは? 見るのは町だ。バナナを見て町の許可って、お前それはおかしいだろ」
「バナナ、町を……見る……後??」
「何? 許可はいらないのか? それならそれでこちらは一向に構わないが……もう一度よく考えてみろ」
「バナナ、バナナを……見る……後??」
「遠くなったな。何故バナナを食べる前にバナナを見る必要がある? バナナ位自由に食べていいぞ」
「バナナ、バナナ……バナナ……後??」
「まずいな。もう一つしか枠が残ってないぞ。お前はカードを使い切った後の事をちゃんと考えているのか?」
「許可、町……見ない……くれる??」
「そうきたか。正直驚いたぞ、まさか振り出しに戻るとは思わなかった。まさかこのままループするんじゃないだろうな」
マルチナとデスクイーンがいい加減止めに入ってきた。
「隊長……優しいんですね」
「あんた見直したよ」
そっと涙をふくデスクイーン。
「いや、こいつがなかなか理解してくれなくてだな」
その後も無意味なやり取りが何回か繰り返されたのだった。
◆
「隊長、あからさまな時間稼ぎですよー」
ぎくり。
あらばれた?
「はあ。さっさと門を開けろ。我らとて暇ではないのだ」
「捜査令状はお持ちなんですか?」
おいおい。
デスクイーンがまたおかしな事を言い始める。
「ソーサ……なんだそれは」
「あきれた。捜査令状も無いのに捜査にきたの?」
「え? そうだったか? マルチナお前聞いたことあるか」
「ええっ!? あっ何となく聞いたことがあったようでも無にしも非ずです」
「ほらー。じゃ今日はお引き取り下さいませ」
しっ、しっ、と虫を追い払う様な仕草をするデスクイーン。
だが、完全にその場しのぎである。
なんだか事態がどんどん悪い方向に転がって行っている気がしてならない妖魔大王。
既に事態は転がり続け、崖の一歩手前でかろうじて止まっている。
と、その時妖魔大王達の背後から小さな女の子が近付いてきた。
「あ、こーら。いまお客様が来ているから後にしなさい」
「ダイちゃーん」
妖魔大王の足にぴったりくっついてきたのはサラだ。
お供にホムンが付いてきていたが、用事があるらしくすぐに戻っていく。
「サラどうしたー」
「見てみてー。ほねかけたー。」
「どれどれ、ほねぞうの事かなー?」
そこには女性らしい姿が描かれている。
あれ? 違ったかな……と思いつつも
「上手に描けたねー。今度は色塗ってみようか」
と言いながらサラの頭を両手でわしゃわしゃっとかき乱した。
「うん!」
サラは嬉しそうに元気良く返事をする。
胸にはデスクイーンにもらった24色クレヨンを大事そうに抱えている。
と、
「あーーーっっ!!」
しばらくサラの様子を見ていたクラリスが叫んだ。
「サ、サラ様っ!?」
「あれ?知り合い?」
「いや、サラ様は目がご不自由であられたはず。しかし、似ている」
「その声はクラリスか?」
大きな声に驚いたサラは、妖魔大王のシャツの裾をギュッと握りながら小さく呟いた。
「はっ! やはりサラ様でしたか。はい、クラリスでございます。その……お目が視えるようになったのですか?」
「うん。ここの人達が治してくれたの」
「なんと、そうであったか。礼を言わせてもらおう」
深々と頭を下げるクラリスとマルチナ。
「サラ様、ご無事で何よりです。お迎えが遅くなり大変申し訳ありません。国王様も随分とご心配をされています。さあ、帰りましょう」
クラリスがすっと差し出した手から、サラは避ける様に妖魔大王の後ろに隠れた。
「サラ様?」
「やだ!」
サラははっきりと強い口調で拒む。
「ママを守ってくれなかったくせにーっ!」
「サ、サラ様……」
クラリスはそれ以上は何も言えずにいた。
マルチナは悲しそうな表情をしてサラをそっと見つめている。
静観していた妖魔大王が間に入る。
「ふう。ちょっと真面目な話をしようか」
「なんだ?」
「サラの知り合いだって言うのなら、町に入るのを許可するよ。こんな所で話すのもなんだしな。ただし、町には色々な姿の者もいる。どんな理由であれ、町の者に危害を加えたら容赦しない」
稲荷町には既に妖魔が普通にうろうろしているのだ。
二人にそれを見せて良いものか。
これは一か八かの賭けである。
(怪しい……だが敵意は無さそうだ。サラ様があちらにいる以上無理は禁物だな)
「いいだろう。危害を加えないことを約束しよう。では案内してくれ」
「よし。じゃ付いてきてくれ」
そして一同は通用門をくぐり、壁の内側へと足を踏み入れるのだった。