第27話 門前での攻防
稲荷町が転移してから五日目の昼過ぎ。
白バラ隊長のクラリスと、その部下マルチナは稲荷町の結界が目視出来るところまで近づいていた。
わずか二人での偵察任務。
編成したのはクラリス自身だ。
偵察には少人数の方が良い、また敵と遭遇した時の事を考えた上での人選だ。
隊長自ら偵察行動を行う事は通常は無い。
だが行方不明となっているサラに繋がる手がかりを得られる予感がした為、自らをメンバーに加えた。
「少し距離を空けると見えなくなる。なんだこの壁……いや塀か? 近づかなければ見えないとは……」
狐御前の張った結界により、稲荷町及び周りを囲む壁は、相当近づかなければ視認する事が出来なくなっている。おかげでクラリス達は壁を発見するまでに随分と手間取った。
「隊長。こっちに門がありますよー」
マルチナが呼ぶ方向へと急ぎ足で向かうクラリス。
「ほう、立派な門だな。だが、なんだこの周りを囲っている深い堀は。何十メートルあるんだ?」
「下に罠などは無さそうですので、排水や灌漑対策用かもしれませんね。でも落ちたら高さ的にアウトですねー」
首を伸ばすように堀を覗き込むマルチナ。
堀の底は……暗くてよく分からない。
もし攻めるとしたら飛行魔法や、竜騎兵で上空から行くしかないな……。
しかし上空に見える結界も生半可では壊せそうに無い。
だとすれば兵糧攻めか……。
ただ……。
砦には見えないな。
一周してみたが、砦に繋がる道も無ければ馬や兵士達の足跡も見当たらない。
おかしなところと言えば、巨大な足跡の様に地面が凹んでいる場所がいくつかあったくらいか。
しかし村や町?。
目撃情報ではおかしな建物が見えたと言っていたが、この壁の向こう側か?
いや、それは違うな。
だとしたらこの壁は建物が目撃された後に、建てられた事になるじゃないか。
こんな巨大な建造物を建てるには、国家単位で何ヵ月、下手をすれば何年もかかるだろう。
二日や三日じゃ絶対に不可能だ。
そうなると目撃された建物はそもそも別の場所?
厄介だ……。
「隊長~。自問自答が長いです~」
考え込むクラリスにマルチナが話しかける。
こうなるとクラリスは長いのだ。
今のところ壁しか見えない為、クラリスは次のアクションをどうするか判断しかねていた。
稲荷町は完全に壁の向こう側に隠れている。
もし敵の砦の類いであれば、この時点で何のアクションも無いのはおかしい……。
よし。
意を決したクラリスは門へと近付き、大胆な行動に出た。
すぅっ。
「我々はローゼシア王国騎士団『白バラ』である!! 門を開けよっ!!」
「えっ! いきなりですか!?」
それは大声での呼びかけ。
奇しくも妖魔大王が稲荷町に入ろうとした時に取った行動と、同じであった……。
その頃、地下の妖魔帝国では妖魔大王と三幹部が、万里水晶で門の外側の一部始終を見ていた。
◆
「来ましたわよ。大王様」
デスクイーンが万里水晶を覗き込んでいる。
「ちょっと……見えない……。あー本当だ、とうとう見つかったかー」
デスクイーンの頭を押しのけクラリス達の姿を確認する妖魔大王。
いつか誰かが来るだろうとは思っていた妖魔大王であったが、想定より随分と早い。
「開けても開けなくっても、厄介な事になりそうだゾイ」
ぐるぐるとその場でフィギュアスケートの様に猛スピンするだるま男爵。
この変態がやる事に特に意味は無い。
「あの顔は融通効かない顔っすねー。いてっ!?」
だるま男爵が猛スピンしながら、ふらふらと暗黒騎士のお尻にぶつかってきた。
あまりにも高速でスピンしすぎて、自分でも制御出来ていない様だ。
「わざとじゃないゾイッ」
慌てて部屋の外へ逃げ出すだるま男爵。
「待ちやがれっ!」
それを追いかける暗黒騎士。
ジャージのお尻は摩擦で見事に破けていて、下着が丸見えである。
「あいつ、ブリーフ派だったのか……。んー仕方ないな。門を開けるか。デスクイーンついてきてくれるか?」
「はい。承知致しました」
「あ、格好はデキる秘書風で頼むな」
そして妖魔大王とデスクイーンも部屋の外へと歩き出すのだった。
◆
「何の反応も無いですね」
「おかしい。無人なのか?」
門へと繋がる跳ね橋は降りている。
だが門兵の一人も見当たらない事にクラリスは違和感を覚える。
「壁には覗き窓もありませんね。外敵の接近とか、どうやって知るんですかねー?」
「この壁はかなり厚みがありそうだ。おそらくだが、壁の上に兵士を配置するんだろうな」
「え~。でも壁の上には誰もいませんよ」
「ううん……そうなんだよな。今まで色々な地方の門や、防御壁を見てきたが、どれにも当てはまらない」
クラリスは騎士団長という立場上、武芸だけでなく様々な知識を得る必要があった。
様々な文献を読み、一通りの城や砦の建築構造は頭に叩き込んである。
しかし目の前にあるそれは、どれにも当てはまらないものだった。
「しかし誰も出てきませんね」
「そうだな……仕方無い。おい、爆薬を門にセットしろ」
と、クラリスが強行手段にうって出ようとした時、門の内側から慌てた声がしてきた。
「わーちょっと待って! 今開けますよ」
門の横に作られた小さな通用門から表れたのは、妖魔大王とデスクイーンである。
「えへへ。えーと、何のご用でしょう?」
「私はローゼシア王国騎士団『白バラ』隊長のクラリスだ。責任者に会いたい。まずは中に入れてくれ」
「ええと。わしがこの町の臨時町長ですよ……」
妖魔大王は言ってふと考える。
兼務とはいえ、よく考えたら大王から町長になったんだよな。
これってものすごい降格じゃない!?
「町長……やはり、ここは町なのだな?」
訝し気に妖魔大王達をクラリスが睨む。
あれ。余計な事を言ったかな?
まーそのうちバレるんだしいいか。
「そうだよ、町だよ」
そして地下には妖魔帝国が凄まじい範囲で広がってますよ……とは口が避けても言えない妖魔大王。
「しかし貴様が町長? 随分若く見えるし、貫禄も無いが本当か?」
「あら。随分上からモノを言ってくれるじゃないの。お姉さんがお口の使い方を教えてあげましょうか?」
デスクイーンが伊達眼鏡をクイッとあげながら挑発をする。
タイトなミニスカートにジャケットにパンプス。
格好はそれなりに秘書っぽいのだが、手に持つ、とげとげ付きのムチが全てを台無しにしている。
おいおい、どこの世紀末の秘書だよ?
こいつを連れてきたのは大間違いだったと、今になって気づく妖魔大王。
「なんだ? この変態女は」
クラリスが冷ややかな視線をデスクイーンへ向ける。
「あらあら。やっぱりどうやらキツイお仕置きが必要みたいね」
デスクイーンが眉間にしわを寄せながら、手に持ったムチをパシンッとしならせる。
慌てて二人の間に割って入る妖魔大王。
「あーあーあー。秘書が失礼。先日、臨時町長に任命されたばっかりでさー。話なら聞くよ」
とは言いつつも、嫌な予感しかしない妖魔大王であった。