第24話 白バラ
暗黒騎士と盗賊達の戦闘があった場所「イーナリ草原」には、「ローゼシア王国」より数人の王国警備隊が調査の為に派遣されていた。
街道を通った旅人から、馬車と複数の死体があったと王国警備隊へと連絡があったのだ。
隊員達はそれぞれの役割に従い、手際よく調査を行っている。
昼前から調査は始まったのだが、陽はもう随分傾き始めている。
ほぼ真横からの陽の光は、隊員達の影を長く地面に映し出す。
そんな中、調査を行う隊員達とは明らかに異なる格好をした女性が二人、盗賊達の死体を前に話をしている。
警備隊は今回は調査が目的の為、簡素な革の鎧に腰には短剣と、あくまでも最低限の装備をしているのに対して、二人はフルプレートメイルと呼ばれる全身を覆う鎧に身を包み、腰にはロングソードを携えている。
それらの装備は白色で統一されており、鎧や鞘には見事な装飾が施されている。
「死体が随分綺麗だな? 獣に食い荒らされた形跡も無いな」
そう話すのは、今回の調査の指揮を執っている国王直轄の精鋭部隊「白バラ」の隊長を務める「クラリス」である。
白バラとは女性のみで編成された少数精鋭の部隊で、心・技・体の全てが優れた者のみが選ばれる。
国王自らが選抜試験に関わる事もあり、国王からの信頼も厚い。
今年で23歳となる彼女は、白バラが設立されて以来、初めてとなる20代の隊長だ。
前隊長が戦で大怪我をおってしまい引退をした為に、急遽投票が行われクラリスが選ばれたのだが、これは大抜擢であった。
本来ならば白バラの中でも特に優秀な、実績も経験も豊富に積んだ者が選ばれる。
必然、年齢も相応になっていく。
だが、クラリスが隊長となる事に文句を言うものは誰もいなかった。
彼女はこの若さで既にそれだけの実績も経験も、そして信頼をも得ているのだ。
まだ幼さを残した顔立ちではあるが、その瞳には強い意思を感じさせる。
美しい金色の長い髪が、草原に吹き抜ける風に静かに揺れている。
「そうなんですよ。でもお陰で調査はスムーズに進んだみたいですね。では調査結果の続きなんですが――――――」
クラリスの問いに答えたのは、同じく白バラ隊員の「マルチナ」だ。
去年、白バラに入隊してきた18歳の少女だ。
田舎育ちの彼女は、その赤毛の髪を左右でお下げにしており、素朴で可愛らしい顔をしている。
少しタレ目で、ソバカスが特徴的だ。
「――――――――以上です」
マルチナから今回の調査結果報告を聞き終わったクラリスは、深くため息をつくとゆっくりと首を横に振った。
まったく……このところ頭の痛くなる話ばかりだな。
ローゼシア王国の昨今の情勢を振り返り、クラリスはどうしたものかと、思案にふける。
ローゼシア王国は善王で知られる「ポポロ王」が国王として統治をする国である。
決して豊かとは言えない国ではあったが、善良な国王の元、大きな戦争も天災も無く国民は平和に暮らしていた。
しかし今、王国は二つの大きな問題を抱えている。
一つは、イーナリ草原の南に位置する「荒れ地」に拠点を構える、魔王「ザブロック」率いる魔王軍。
三年前に突如として現れ、当時名目上はローゼシアの領土であった荒れ地を自分達の領土とし、建国宣言をしてきたのである。
今のところローゼシア王国に攻め込んで来る気配は無いが、予断を許さない状態である。
そしてもう一つはローゼシア王国の東に国境を隣接する「アーグル帝国」
アーグル帝国とは長きに渡り不可侵条約を結んでいた。
が、5年前に先代のアーグル国国王が亡くなり、その跡を第一王子である「レギオン」が継ぐと、一方的に条約を破棄。
突如ローゼシア王国へ侵攻を開始した。
両国は多数の死傷者を出しながらも、ローゼシア王国の必死の抗戦により、アーグル帝国を退ける事に成功する。
現在は一応の停戦状態とはなっているが、東の国境付近に両国とも砦を建設し、にらみ合いを続けている。
ここ最近では、アーグル帝国が更に軍備を増強していると報告があったばかりだ。
ローゼシア王国への進軍の準備を再度進めていると見られ、緊張状態が続いている。
「隊長、 隊長っ!」
マルチナの呼びかけに我に返るクラリス。
深く考えすぎてしまった様だ。
「どうしました? 難しい顔をして。お腹空いたんですか?」
お前な……とクラリスはじろりと睨みつけるが、否定はしない。
早朝に王国を出発してから何も食べておらず、確かに腹も空いていたのだ。
(早く調査を終えて帰ろう)
クラリスはそう考えるとマルチナに話しかけた。
「これを見ろ。マルチナ」
クラリスが神妙な面持ちで、盗賊達の死体を剣で指し示す。
横にいるマルチナが死体をちらりと見て元気に返事をする。
「見ました!」
「七人全員の位置が近く、戦闘の形跡もほとんど無いな」
盗賊達には目立った外傷はない。
只一つ、頭と胴体が離れているという事を除いてはだ。
「どう思う」
「うーん、そうですね……あっ! わかりました。」
マルチナが何か閃いた様だ。
「みんなで、いっせーので首を斬りおとしたんじゃないですか。これは集団自殺ですね」
マルチナの返答に内心、はぁとため息をつくクラリス。
私の部下はこんなのばっかりだ。
やはり選抜試験の「心技体」に「智」も入れてもらおう。
「違うな。おそらく七人全員がほぼ同時に首を斬りおとされたのだろう」
「私が言った事と同じじゃないですかー」
「ん?」
ちょっと考えて首をブンブンと横に振る。
「全然違う! 自殺じゃなくて誰かに首を落とされたんだ」
「えー。隊長じゃあるまいし、そんな事出来ますかね? はっ。もしや犯人は隊長!?」
確かにクラリスならば可能だろう。
剣技、ことさらスピードにかけては、ローゼシア国内はおろか、近隣諸国にも右に出るものはいない。
「あのな、それももちろん違うよな。もう少し考えようか」
うーん、うーんと言いながら頭を悩ますマルチナ。
「では油断したところをいきなりでしょうか。仲間割れですかね」
「いや、それも違うな」
「あー。全否定は良くないですよー」
ふくれっ面をするマルチナ。
それを見て、クラリスは少し意地悪すぎたか、と反省をする。
そして「こいつは」と言いながら、盗賊の中でも一番大柄な死体を剣で示した。
「元冒険者からこの盗賊団のボスに成り下がった男だ。そこそこ腕の立つ奴でBランクの賞金首だ」
(噂では金で汚い仕事も請け負っていたらしいな)
腐敗というものはどこにでも現れる。
それはローゼシア王国とて例外ではない。
横領や脱税等はまだ可愛いものだ。
調査中ではあるが、一部の貴族達が私利私欲のために、他国への情報取引や、ごろつきや盗賊を雇い、人身売買等にも手を染めていると言った報告も上がってきている。
クラリスは秘密裏に進めている調査報告書の内容を思い出し、眉をひそめた。
「まあ、こいつを倒せる奴が盗賊内にいた可能性は少ないだろうな」
「ふむ。謎は深まるばかりなり……と」
「それに馬車に乗っていた第二王妃と御者の男が森の中で見つかったと言ってたな」
「はい。ご丁寧に土に埋められていました。探索犬がいなければわからなかったでしょう」
探索犬とは行方不明者の捜索などに特別に訓練された犬種の事だ
「そうだな。しかし単なる仲間割れならそんな事しないだろ」
「確かに。そういえば女の子もいるはずなんですよね、盲目の。その子はどこに行ったんですかね」
それを聞いてクラリスの表情が一瞬暗くなる。
実はクラリスは、国王より直々に勅命を授かっていた。
突如として行方が分からなくなった第二王妃とその娘を探し出し、保護せよと。
クラリスは最悪に近い報告をせねばならない事に心を痛めた。
ポポロ王の柔和な優しい顔が、頭に浮かぶ。
あの優しい国王はどんなに悲しむだろう。
「盗賊に襲われる前に逃がしたか、それとも盗賊を倒した者に連れ去られたかだな」
前者であれば生きている可能性は低いと考える。
この辺りはサードウルフの縄張りとなっているからだ。
と、ふとある事に気付く。
「そういえば今日はサードウルフが襲ってこないな」
「そうですね。いつもは鬱陶しいくらい襲ってくるのに」
今日はまだ一匹も見ていない。
まさかとは思うがこの事件と何か関係があるのか?
「話は戻るが、そもそも遺体が綺麗なのは何故だ? サードウルフのいいエサだろう」
「人間を襲うなって命令されてるとかですかねー。もしくは誰かがペットにしたとか?」
「そんな訳無いだろう」
と、マルチナの頭を剣の柄でこつりと小突く。
さすがにそんな訳無いかと思ったのか、えへへと照れ笑いを浮かべるマルチナ。
「そもそも夫人は子供を連れて、どこへ行こうとしていたんでしょうね」
「さあな。だがそれ以上は好奇心を出さない方が身の為だぞ」
「えー。怖がらせないでください」
マルチナは両手を胸の前で組み、肩をすくめる。
まだ上京してたった一年の幼い少女だ。
マルチナをスカウトしてきたクラリスにとっては、特別思い入れのある妹の様な存在である。
「ふふ。何か他に変わった事はあったか?」
「あ、そういえば王国を出る時に、この辺りに一夜で町が出来たって騒いでました」
「一夜で? 遊牧民のテントじゃ無いのか?」
「いやー、町だと言ってましたよ」
「まさかアーグル国や魔王軍の砦の類じゃないだろうな」
もしそうだとしたら緊急事態だ。
一刻も早く調査をし、対策を練らなければならない。
「暗くて良く見えなかったらしいですけど、変な形の建物が多かったって話ですよ」
嫌な予感がするな。
「よしすぐに王国に戻るぞ。本格的な調査隊を編成し、明日調査を行う」
クラリスはマルチナにそう告げると、踵を返し自らが乗ってきた馬のもとへと急ぐのだった。