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第2話 カウントダウン

――カウント3


「しかし……まさか乗り込んで来るとは思わなかったな」


「やはり例の作戦がまずかったのだと思いますわ」


 そう言いながら、ふらふらと空中を飛んできたのは、三大幹部の紅一点【デスクイーン】だ。

 上半身は妖艶な美女であり、背中には蝶の羽根を持つ。

 しかし下半身は巨大な蜂の腹部となっており、そこから人型の脚が二本生えている。


 妖魔帝国でもトップクラスの戦闘能力を兼ね備えた彼女は、正に蝶の様に舞い蜂の様に刺す、妖魔帝国のアイドル的戦士だ。

 だが今では、針は無残に『く』の字に折れ曲がり、羽根には大小いくつもの穴が開き、髪の毛は何があったのかと驚くほど乱れている。

 これは青の魔法少女【封申印 れおな】と戦った結果である。


「例の作戦って……あれか?」


 例の作戦といえば、「栗ようかん買占め作戦(都内)」である。


 都内の栗ようかんを買占め、大好きな栗ようかんを食べる事が出来なくなった都民たちのフラストレーションを高める。

やがて必然的に起こる暴動によって、東京の中枢機能をマヒさせた後に、楽々と東京を制圧するという作戦であった。


「まだ作戦開始三日目ッスよ。早く無いッスか」


「あの眼鏡のいつもおとなしい娘。【戌山崎 しずか】だっけ? 眼がヤバかったわね」


「ぞいぞい」


 赤いだるま男爵の色が青くなっている。

 ロッドで殴られた時の恐怖を思い出したのだろう。


「しかしあの強さじゃ、今まで送り込んできた部下の妖魔達が次々と病院送りになる訳だな。はぁ」


妖魔大王は、これまでの魔法少女との戦闘報告を思い出しながら、深く納得する。


――カウント2


そんな妖魔大王に三大幹部が話しかける。


「大王様。世界征服なんて、もう諦めましょうよ」


「そうッスよ。征服なんてした後の方が大変ッス」


「またみんなで仲良く地底で暮らすぞい」



 妖魔大王は三大幹部を見渡し、深く大きく頷いた。



「そうだな。太古の昔より我らを忌み嫌っておった人間どもに一泡吹かせてやりたかったが、やはり復讐心など何も生み出さぬな」


「さすが大王様ッス。俺、実は地底に戻ったらモヤシを育ててみたいッス」

 

 暗黒騎士が嬉しそうに言う。


「それは良いぞい。地上で食べたモヤシ炒めは美味かったぞい」


 だるま男爵がごろごろ転がる。


「あたしはお肌を休めたいわぁ。日光ってお肌に合わなくって」


 デスクイーンは日焼けした肌を気にしている様だ。


――カウント1


 (ここが引き際であろうな)


 妖魔大王は静かに決意を固める。


 そして、力強く玉座より立ち上がると、眼下にいる妖魔達を見渡した。

 そこには無傷な者等、誰一人いない。


 その光景に心を痛め、三つの目を閉じる妖魔大王。


 (皆すまなかったな。一時の復讐心に流され、敵の戦力を見誤り、挙句民を傷つけてしまった愚かな王を許してくれ)


 そして全ての目を静かに開くと、ゆっくりと言葉を発した。


「皆の者、心して聴け」


 地の底から響いてくるような低く重い声。

 先程までの弱り切った妖魔大王はそこにはいない。

 堂々たる立ち振る舞いは大王と呼ぶにふさわしい威厳と貫禄に満ちていた。


 三大幹部をはじめ、何千といる妖魔達が一斉にひざまずく。


「皆の者、今日まで本当によくやってくれた。礼を言おう。」


 そういうと妖魔大王は皆に頭を下げた。


 ほんの一瞬だが妖魔達の間に動揺が広がる。

 妖魔大王が公に頭を下げる事など滅多に無い事だ。


 妖魔大王は頭をあげると、意を決したような声で皆に告げた。


「遺憾ではあるが、本日をもって地上征服作戦は終了とする。各自速やかに撤収作業に移れ」


「ははっ!!!」


 妖魔達の一糸乱れぬ返答。

 妖魔大王は心から満足する。


「それとだ」


 大王の次の言葉を聞き漏らすまいと耳を傾ける妖魔達。

 忠誠心が形となって表れ、大王の間は痛いほどの静寂に包まれる。


 そんな妖魔達を眺め、妖魔大王はニヤリと笑い、次の言葉を告げた。



「宴の準備を忘れるな!! 残念会だ!!」



「おおーーーーーっ!!!」



 その瞬間、ひざまずく妖魔達から一斉に歓喜の声が沸き上がったのだった。

 


――カウント0



 ぐにゃり。

 突如、歪み始める時空。


 空間の歪みは振動となり、大王の間を激しく揺れ動かす。

 無事だった数本の柱が倒れ、天井からいくつもの小さな破片が落ちて来る。

 

「わわっ! な、なんッスか!」


「地震ぞいー! 早く机の下に……」


 ダルマ男爵が凄まじい速度でゴロゴロしている。


「これは……」

 

 妖魔大王は虚空を見上げ、一帯の魔力が増大していくのを感じ取っていた。


 それは魔法少女が去り際に残していった最終奥義「時空転移」。

 どこに転移するのかは術者でさえわからない、禁断の術である。

 自らを巻き込まぬ為に、時限式で発動させたのだ。

 

 数秒後、目の眩むほどの強烈な光が妖魔帝国一帯を包みこんだ。


 そして妖魔帝国は地球上から跡形も無く消え去った。



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