第17話 ありがとう
男の名は「山田 味一」
40年前に稲荷町で中華料理屋「味一」を開店し、一代で全国展開する程に成長をさせた男である。
看板メニューは「味一スペシャルラーメン」
豚骨と醤油をベースに、大量のニンニクと大量のネギが使われている。
稲荷町の味一総本店には全国からファンのみならず、ラーメン職人を目指す多くの者達が集ってくる。
「味一」ファンの間では聖地と呼ばれている。
山田の怒鳴り声に会場が静まり返る。
カスミが山田の元へ駆け寄り、さっとマイクを渡す。
山田はマイクを受けとると、壇上にいる妖魔大王へと話しかけ始めた。
「なぁ……坊主」
「お前は、俺が40年前に味一を開いた当初から、ずーっと来てくれている常連だ」
ゆっくりと、自身の記憶を辿るかのように静かな口調で語る。
「お前はいつも俺のラーメンを、味一スペシャルをスープまで全部飲み干してくれるよな」
「はい!大将のラーメンは世界一美味しいです!」
妖魔大王は、開店当初からその味に惚れ込み、多い時には週五で通っていた。
味一が有名になる前は、いろんなグルメサイトにも高得点レビューを投稿し、草の根運動を続けてきた。
味一の運営をずっと陰で支えてきたのである。
「だがよ。お前は人間じゃないんだってなあ……」
「は、はい。騙すつもりは無かったのですが……すみませんでしたっ!」
壇上から山田に向って深々と頭を下げる妖魔大王。
「いや……別に構いやしねぇさ。実は俺はな、お前の事人間じゃないって知ってたぜ……」
「えっ!?」
耳を疑う妖魔大王。
地上に出る時には必ず人化の術を掛けてきた。
忘れたことなど一度もない。
完璧だったはずだ。
しかし山田の次の言葉は予想外の物だった。
「なんてったって40年前から全然姿が変わってないからなぁ! あっはっはっ」
大きな声で高らかに笑う山田。
「俺だけじゃねぇ。昔からこの町に住んでいる奴らは、大抵お前が人間じゃ無い事は知っている」
町民達の大半がうんうんと頷いている。
それを目を丸くして見つめる妖魔大王と妖魔達。
驚愕の事実である。
山田の言うとおり稲荷町の住民の多くは妖魔大王の事を知っていた。
が、それだけではない。
妖魔大王と良く行動を共にする暗黒騎士も、人間では無いとバレているし、喋るだるまや動くだるま等、妖魔の目撃情報も多発。
稲荷町の住民にとっては、妖魔とは決して遠い存在では無いのだ。
「しかしなぁ。お前が化物の親玉だとは知らなかったぜ……」
山田はじろりと壇上の妖魔大王を睨む。
(やはり怒っているのかな……人では無いとわかっていたみたいだけど、隠していた事には違いない)
怒鳴られる事を覚悟する妖魔大王。
しかし山田の言葉は再度予想を上回ってくる。
「嬉しいじゃねぇか……ぐすっ」
山田は泣いている。
鼻をすすりながら次の言葉を続ける。
「俺の作ったラーメンは人間だけじゃねぇ。化物の親玉にも通用するんだってな……。こんなに嬉しい事はねぇよ。感謝するぜ、ありがとう」
妖魔大王に向かって山田は頭を下げる。
「最後に!! 俺はお前の事を信用するぜ!! それだけだ!」
そういうと山田はマイクをカスミに返した。
「はいっ! 私もっ!!」
少し離れたところにいる子供連れの女性が手をあげる。
マイクが人から人へ手渡しで、その人の元へと届けられる。
「私もその子に言いたいことがあるの。」
白いワンピースを着た若い女性だ。
小さい女の子と手をつないで立っている。
「五年前に私が急に産気づいて道にうずくまっていた時に、病院まで空を飛んで連れて行ってくれたのは、あなたよね」
妖魔帝国では、地上で妖術を使用する事は固く禁じられていた。だが、妖魔大王は緊急事態と判断し、人目を憚らず高速で空を飛び病院まで運んだのだ。
「今まであなたの事は、神様の使いか何かかと思ってたけど違ったのね。ずっとお礼を言いたかったの! ありがとう」
そういうと女性は横に立っている女の子の頭をなでる。
「この子がその時生まれた子よ」
「お兄ちゃん! ありがとうっ!!」
女の子が大きな声で妖魔大王へお礼を言うと、ぺこりと頭を下げた。
そして次々と町民達から手が上がり始める。
「わしゃ知っておる。その子は毎朝町内のゴミを拾ってくれとるんじゃ。雨の日も風の日も、暑い日も寒い日もじゃ。今までお礼を言えんかったが、ありがとう」
「私の家が火事になった時に、家族全員を助けてくれた子よね。あなたは名前も言わずに、すぐに去ってしまったけど……。本当にありがとう!」
「僕が公園で逆上がりの練習してた時に教えてくれたお兄ちゃんだよね。僕、逆上がり出来るようになったんだよっ! ありがとーっ!」
「俺はコンビニの店員だけど、あんたいっつも募金してくれるよな。ありがとう」
「あたしも」
「俺も」
「僕も」
町民達から「ありがとう」が止まらない。
壇上では妖魔大王が大粒の涙を流している。
こんなに大勢の人間から感謝された事は一度も無いし、ましてや妖魔と知って尚、「ありがとう」と言われた事など一度も無かった。
拭いても拭いても涙でぼやける視界。
頬を伝う涙。
妖魔大王は万感の思いで、「ありがとう」と感謝を述べる町民達を見つめていた。
(みんな……ありがとう…………)
◆
その様子を壁際で見つめている暗黒騎士。
漆黒の鎧に身を包んだ暗黒騎士は、胸に片手をあて深い敬意を表している。
「大王様。ブラボーッス」
さすが我が主。
我が生涯の忠誠を尽くすに相応しいお方。
暗黒騎士は、この素晴らしい主に仕える事の出来た、己の幸運に改めて感謝した。
そしてカスミは皆の話を聞きながら、自身の過去の記憶をぼんやりと思い出していた。
強力な霊能力を持つがゆえに、気味悪がられいじめられていた幼少時代。
そんな時に決まって助けに来てくれたお兄さんがいた事を。
どんな人だったのかはうまく思い出せないが、お兄さんの声だけが、今何故か鮮明に蘇った。
「こらーっ!女の子をイジメるんじゃねーッス!!」
そしてカスミは苦笑する。
ああ、あんただったのね。
ありがとう。