第15話 合同説明会
正午。
稲荷町町民館、多目的ホールA。
体育館程の広さを誇る、稲荷町民館自慢のホールだ。
ただ、お昼とはいえ照明が一切無い為、部屋の中は薄暗い。
普段は町民達が出し物を楽しんだり、小さな講演等が行われているそのホールには、転移をさせられたほぼ全ての町民達が集まっていた。
その数およそ三百人。
部屋をちょうど二等分する様に、部屋の右側に集合している。
対して左側には妖魔の代表として、三幹部を含む、およそ百人が集まっている。
全身が強靭な鱗で覆われた者。
顔の半分はあろう巨大な一つ目を持つ者。
翼も無いのに空を浮かぶ者。
巨大な身体に牡牛の頭を持つ者。
太く逞しい腕をいくつも生やす者。
生まれもった妖魔本来の姿だ。
みな、その異形を微塵も隠そうともせず、堂々と姿を晒している。
人化出来る者もいるのだが、あえて全てを見せた方が信頼を良いと妖魔大王は考えたのだ。
町内放送でアナウンスされた時間になっても壇上にはまだ誰もいない。
だが不満を口に出す町民は誰もいない。
それよりも目の前にいる異形の者達に興味津々である。
「何? あれ着ぐるみ?」
「浮かんでないか」
「骨が動いているぞ」
「映えるー」
町民達からは驚きの声と、携帯のシャッター音がそこかしこから聞こえてくる。
どちらかというと妖魔の方が緊張しているかも知れない。
そんな妖魔と人間達の様子をこっそり壇上袖から覗く妖魔大王。
おお、みてるみてる。
そんなに怖がっている様子は無いな。
せっかくだからこれを機に仲良くなれればいいんだが。
人間と妖魔が同じ場所に集った事等、今まで例が無い。
「えー。お待たせ致しました。皆さま静粛に」
いつの間にか壇上に現れたカスミ。
狐御前から、この説明会の司会を依頼されているのだ。
「皆さま、町の異変にはもうお気付きでしょう。今回はこの事態の真相を知るお二人に、お話を伺う為に本説明会を開催させて頂きました。質疑応答の時間は改めて設けますので、まずはお二人の説明を良く聞いてください」
「カスミちゃん可愛いー!」
壇上のカスミに声を送る町民A。
カスミのファンだろうか?
「それでは、妖魔大王、狐御前様、どうぞ」
町民Aの声を完全に無視し、カスミは二人を呼ぶ。
壇上袖から演台へと向かう妖魔大王と狐御前。
妖魔大王は人の姿をしている。
あんたはいくらなんでもインパクトがでかすぎるだろうと、皆に止められたのだ。
まず狐御前がマイクを握る。
「皆、今日はよう集まってくれた。妾は狐御前と申す。高台の稲荷神社で……」
狐御前が自己紹介を行うその横で、妖魔大王はかつてない程緊張していた。
あれ?
心臓がバクバクしてきたよ。
やばい。
頭が真っ白になってきた。
こんな時は手の平に人って書いて飲み込むんだっけ?
いやいや、おまじないとは言え人を飲んじゃ駄目だよな。
じゃ妖魔って書くか?
ああー。
字画が多いっ。
「ほれ」
妖魔大王が手の平に三回「妖魔」と書く前に、自己紹介を終えた狐御前がマイクを渡してきた。
はやいよー。
妖魔大王がぶるぶると震える手でマイクを握る。
その場にいる者、全ての視線が妖魔大王に集中する。
「はぁっ! た、たわしはっ!!」
キーーーーン。
大きな声を出した為、マイクがハウリングを起こした。
反射的に耳を塞ぐ聴衆。
ドガッ!
続いてスピーカーから鈍い音が響く。
ハウリングに慌てた妖魔大王が、マイクを落っことしたのだ。
はわわわわわ。
すみません、すみませんと呟きながら、妖魔大王は震える手で落としたマイクを拾い上げる。
「はあっ、はあー!」
吸ってるのか吐いてるのか、わからない呼吸音がマイクを通して聞こえてくる。
がんばれー
大丈夫だよー
慌てないでもいいよー
と、町民達から応援の声があがる。
なにやってんだー
引っ込めーッス
ぞいぞいぞいー
と、妖魔達からヤジが飛ぶ。
次第に会場は応援とヤジに包まれていく。
やがて意を決した妖魔大王が、ようやく次の言葉を言い放つ。
「わ……私はっ、妖魔帝国の大王と言いますっ!」
会場は妖魔大王の次の言葉を聞くべく、一瞬でしんっ……と静まり返った。
先程までのざわめきが嘘のようだ。
痛いほどの静寂が、自身の激しい鼓動をはっきりと感じさせ、更に緊張を深めていく。
「あわわわ。えー。ま、誠に申し上げにくいのですが……」
妖魔大王の目がバタフライで泳いでいる。
「みっ! 皆様はっ! 異世界に転移致しましたっ!」
妖魔大王がそう言うと、人間と妖魔どちらからも大きなどよめきがあがる。
ドロロロロロロロロロロロ……
これは妖魔大王の鼓動である。
ドラムロールの如く激しく波打つ妖魔大王の心臓。
心拍数は500を越えている。
「あわわわわ。えー、それではしばしご歓談を……」
壇上袖に引っ込もうとする妖魔大王。
が、すかさず狐御前に首根っこを捕まれる。
「あほう」
狐御前がやれやれといった表情をする。
「緊張しすぎじゃろう、カスミ十枚じゃ」
「はいっ! 悪霊退散!」
カスミが札を十枚重ねて妖魔大王のおでこに貼る。
「うぴょおぉぉっ」
電流の様な衝撃が足のつま先まで一直線に駆け抜ける。
おでこから、しゅうぅぅと灰色の煙が立ち昇る。
「どうじゃ。気付けにはなったかの?」
不思議と気持ちが穏やかになっていく。
鼓動もドラムロールからサンバ程度まで落ち着いている。
カスミが貼った札は、こんな事もあろうかと狐御前が前もって特別に念を込めておいたものだ。
霊験あらたかなその札は、一枚で並の悪霊なら100匹は消滅させる威力を誇る。
更には邪念や雑念も払う効果のおまけ付きだ。
かかかっと笑う狐御前。
「あ、ありがとう。狐御前、カスミ」
二人に礼を言う妖魔大王の顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。
そしてマイクを握りしめて、改めてみんなに顔を向けたのだった。
◆
「では改めて自己紹介致します」
先程までの緊張が嘘の様に、妖魔大王は落ち着きを取り戻していた。
「皆さんお気付きかと思いますが、私を含めこっち側にいる者」
妖魔大王が右手を真っ直ぐに伸ばし、町民館を真ん中から二つに分ける形で、そのまま左にスライドする。
町民館の左側には妖魔達が固まって立っている。
「人間じゃありません。妖魔と呼ばれる者達です」
人間達からはあまり驚きの声があがらない。
まあ大方予想通りなのだろう。
逆に、人間ですと言った方が盛り上がったかもしれない。
「そして、私はその妖魔達を治める妖魔大王と申します」
深々とお辞儀をする妖魔大王。
町民達はその礼儀正しさを逆に不気味に感じている様だ。
大体、礼儀正しい異形の輩が良い奴のケースは少ない。
大抵は極悪非道か冷徹非情のどちらかである。
「実は我々は、魔法少女を名乗る三人の少女と闘っておりました」
町民達の間からざわざわと声がする。
無理も無い。
妖魔だけでも到底信じられないところに魔法少女出現である。
「その魔法少女が放った魔法により、妖魔帝国一帯、及び皆様方がお住まいの稲荷町三丁目の一部が異世界へと飛ばされたのです」
会場からどよめきが起こる。
「ふざけるなっ!」
「それって完全に巻き添えじゃないか!!」
「早く元の世界に戻してちょうだい!!!」
町民達が口々に大王へ非難の言葉を浴びせる。
「お静かに」
妖魔大王が静かにそう告げると、すぐに口をつぐむ町民達。
やはり恐れを抱いているからなのか、大人しく妖魔大王の次の言葉を待つ。
「最初に申し上げますが、元の世界に戻る方法は現時点では不明です。そして町の外には魔物や盗賊の姿を確認しております。」
町民達から、そして妖魔達からも悲鳴に似た声が聞こえる。
「しかしご安心を。今現在、稲荷町は狐御前の張った結界により、外部から魔物や盗賊達が侵入する事は出来なくなっております。更には町を囲む様に巨大な壁を建設して、守りを更に強固なものとする計画も既に立ててありますので、ご心配には及びません」
おお…と町民達の中から声が上がる。
「続いて、電気等のパイプラインの復旧及び食料の配給につきましても迅速に行えるよう手配致します」
町民達の顔から不安の色が少しずつだが薄れていく。
妖魔大王はその様子を壇上から確認をすると、だんっと演台を叩き、力強く声を張り上げる。
「稲荷町の皆様! 今回の事象につきましては我々妖魔も非常に戸惑っております。しかしこんな状況だからこそ、妖魔と人間が手を取り合い、一致団結をしてこの世界を生き抜く術をまずは探そうではありませんか! 皆様っ! どうかお力を貸して頂きたいっ!!」
そういってマイクを置き深く頭を下げる妖魔大王。
会場は静まり返っている。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
パチ。
そんな中、誰かが手を叩いた。
パチパチパチ。
また誰かが拍手をする。
そしてまた一人、また一人と連鎖をする様に、演台の妖魔大王へとみんなが拍手を送る。
次々と湧き立つ拍手の音。
まるで降りしきる雨の様に会場を埋め尽くしていく。
こうして妖魔大王の演説は大成功をおさめた……かの様に見えたのだった。