第11話 稲荷町三丁目
「開けてくれーーーーーーーっ!!!!」
妖魔大王は腹に力を入れ、稲荷町に向かって叫んだ。
空気が声による振動でびりびり震えているのがわかる。
こんなに叫んだのは昨年の妖魔帝国の大運動会以来だ。
種目では玉入れがなにより大好きな妖魔大王である。
「あーそういう事ッスか。でも開かないッスね」
暗黒騎士が納得したように首を縦に振る。
妖魔大王はこの結界を張った本人に呼びかけているのだ。
「ふむ? いないのかな」
結界には微塵も変化が見られない。
「あーーーけーーーてーーー!!」
「アオーン」
妖魔大王の大声に反応したのかサードウルフ達が遠吠えを始めている。
「こらこらお前達。近所迷惑だからやめなさい」
サードウルフ達はキューンと鳴いておとなしくなった。
「不思議ッスね。言葉を理解してるみたいッス」
「そうだな、てかそれよりお前も手伝ってくれ」
二人で必死に呼びかけを試みる。
もし結界が開かない場合は強行突破するしかない。
「おーーーいっ。起きてるーーーーーーっ!?」
「聞こえますかッス―――――!!!」
「あーーーそーーーーぼーーーーっ!!」
「早く開けてッスーーーっ!!」
「アオーン」
しかし結界にはこれといった変化は見られず、二人の叫び声とサードウルフの遠吠えが草原に鳴り響くのであった
◆
30分後。
はぁはぁ
ぜぇぜぇ
「ぜ……全然、駄目ッスね……」
「る……留守なのかも……知れないな……」
二人は息を切らし草原に座り込んでいた。
サードウルフのリーダーが妖魔大王の顔をぺろぺろと舐めている。
「こうなったら強行突破しかないな。よしジャンケンだ」
「うええーっ!マジっすか! だるま男爵を連れてきましょうよー。あいつ結界に抵抗あるッスよ」
「お前な。そんなんで連れてきたら、だるま男爵に訴えられるぞ」
暗黒騎士の言う通り、だるま男爵は結界に多少抵抗がある。
だが、こんな夜中に呼び出して強力な結界に突入なんかさせたら、パワハラだと言われても仕方が無いだろう。
「いいから行くぞ! 一回勝負だからな」
暗黒騎士は観念した様だ。
立ち上がり向かい合う二人。
辺りは異様な緊張感に包まれる。
殺気にも似た、強力な威圧を含む妖気が互いから発せられている。
二人の背景には天空を支配する雄々しい竜と、大地をひれ伏す猛々しい虎がきっと描かれるはずだ。
「では参ります」
妖魔大王の声と同時に、二人は右腕を前に出した。
「最初はグー!」
大きく右腕を振りかぶる二人。
「ジャンケンポンッ!!!」
決着はあっさりついた。
妖魔大王がグー、暗黒騎士がチョキだ。
「ウォーーーッ。負けたッスーーー!!」
「わはははは。わしの勝ちだな! 骨は拾ってやるぞ」
高らかに勝利宣言をする妖魔大王。
暗黒騎士はがっくりと肩を落としている。
「ちっ、くそババァ、早く開けろっつーの」
暗黒騎士がボソッと小声でつぶやく。
その瞬間、稲荷町を包んでいた結界が嘘みたいに消えた。
「あ……消えたッス」
「今のやばいんじゃないか……?」
「……入って来いって事ッスね……」
意を決して結界の中へ入る二人。
二人が入ると同時にまた結界が現れた。
「あ! お前たちは待て」
妖魔大王が振り返りサードウルフ達に命令を出す。
「妖魔帝国に帰ったら、ポチの助に飼えるか聞いてみるから大人しく待ってなさい」
くぅんと鼻を鳴らしサードウルフ達はその場に立ち止まっている。
「よし、行くか」
そして二人は町の中へと向かうのだった。
◆
てくてくと細い道を歩く二人。
普段ならば街灯の明かりで照らされているはずの道も、今は町に電気が通っておらず真っ暗だ。
草原とは違い、稲荷町の中は建物や街路樹の影等、月や星の光が届かない場所も多い。
だが今は妖魔大王が光球の術を発動させており、二人の頭上には光り輝く光の球が浮かんでいる。
妖魔大王は幾分安堵した声で暗黒騎士に話しかける。
「どうやら寝ているだけの様だな」
ここに来るまでに道に倒れている人を何人か見かけたが、全員眠らされている様だ。
おそらく結界を張った人物が、睡魔の術を行ったと妖魔大王は考えている。
「起きてる人間がいたらパニックになってるッスからね。良い判断だと思うッス。」
突然停電になり町からも出られなくなった人間が、どんな行動を起こすか妖魔大王でもわからない。
その為、眠らせておくのは確かに良い手だろう。
「大王様、アレ見えるッスか?」
そう言って暗黒騎士が指差すのは「稲荷神社」
二人がこれから向かうところだ。
結界の主はそこにいるはずだ。
稲荷神社は高台にたっており、稲荷町全体を見渡す事が出来る。
境内まで続く長い長い石段。
妖魔大王達が今いる場所からは、その石段と立派な鳥居が見える。
「稲荷神社か? あの石段きっついよなー」
「違うッスよ。 石段の上ッス」
石段を上った先、稲井神社の境内の入り口に、一つの淡い光がゆらゆらと動くのが見えた。
「ひっ!? 人魂」
腰を抜かし地面にへたりこむ妖魔大王。
「なーんちゃって」
「それさっき俺もやったッス」
「一人でやったのかっ!?」
今度こそ本当に腰を抜かす妖魔大王。
こいつならやりかねんからな……。
「あれはたぶん、携帯かなんかッスね。じゃ先に行くッスよ」
「いやん。ちょっと待ってよー」
そして境内へと続く、長い長い石段を上り始める二人であった。