第10話 走れ妖魔大王
「なかなか応援が来ないから帰って来たッスよ」
暗黒騎士は、切れ長の目を細めて不満を顔に表している。
「あ。ごめーん、忘れてた」
テヘペロしてごまかす妖魔大王。
「それで結界ってのは、見た事あるタイプか」
「はいッス。ビリビリ系ッスね」
妖魔大王は少しだけ安堵する。
この世界の誰かに攻撃をされている可能性が消えたわけではない、が確定ではない。
そしてその結界を張った者に心当たりもあった。
「よし、わしも行く。結界って事は多分あいつの仕業だろう」
「間違いないッス」
「さっきから何の話よ?」
デスクイーンは訳がわからずにキョトンとしている。
「話は帰ったらする。デスクイーンはA-4以外の出入り口を今すぐ全て閉鎖してくれ」
「えっ!? と……はい。承知致しました」
デスクイーンは一瞬躊躇ったが、いつになく真剣な妖魔大王の顔にすぐに気付き、素直に命令に従う。
そして妖魔大王はサラに話し掛ける。
「サラ、ちょっと出掛けるけど、すぐに帰るからいい子で待ってるんだぞ」
「……うん」
「よーし、サラはいい子だねー」
サラの頭をわしゃわしゃとする妖魔大王。
「じゃ行ってきまーす」
そういうと妖魔大王と暗黒騎士は慌てて医務室を飛び出して行った。
◆
A-4出口から地上へと出て、草原を駆ける妖魔大王と暗黒騎士。
その二人を追随する様に獣の群れが二人の後へと続く。
獣の数は数百頭は優に超えているだろう。
群れは一つの塊となり巨大な生き物の様に二人を追う。
三本の尾を持つ獣達。
二人の後を追うのはサードウルフの群れだ。
「随分懐かれちゃったッスね」
「うーん。困ったな」
サードウルフ達は三本の尻尾をブンブンと振りながら、嬉しそうに後を追ってくる。
どうやら妖魔大王を群れの主と認識しているらしい。
「飼うんスか?」
「いやー。この数じゃ散歩とかも大変だろー」
「じゃー『ポチの助』に相談したらどうッスか?」
ポチの助とは妖魔帝国にいるワーウルフ「狼男」の事である。
由緒正しい狼男の血統らしいが、随分前にヨーロッパから流れ着いたところを、妖魔大王に拾われ妖魔帝国の一員となる。
「ポチの助かー。あいつに昔、チワワの飼い方を聞いたら『犬と一緒にするなっ!!』って怒られたからなー」
「西洋系はプライド高い奴も多いッスからねー。てかポチの助ってあだ名を気に入ってないんッスよ。純和風じゃないッスか」
「だって本名『ヴコドラク』だぞ。舌噛みそうになるじゃん?」
ポチの助と言うあだ名は妖魔大王が名付けたのである。
「うーん。悩ましいッスね」
「……じゃポッチーなんてどうだ?」
「俺なら迷わず斬るッス」
そうこうしている内に遠くに「味一」の建物がぼんやりと見えてきた。
「あの辺一帯が転移した感じ?」
眼をこらす妖魔大王。
草原には人工の照明は一切無い。
星と月の明りだけが頼りだ。
「そうッスね。ただ一回りしてみましたけど、そんなに広範囲では無かったッス。稲荷町三丁目の一部ってところっすね」
「そうか。人の姿は確認したか」
「はいッス。ただ歩いている人はいなかったっすけど……」
「けど?」
嫌な予感しかしない妖魔大王。
「道に何人か倒れてましたッス」
「オーマイガー。最悪だ……」
走りながら大王は頭を抱える。
「でも、動いていたので死んではいないと思うッス。多分」
うーん。
とても喜べる報告ではない。
「倒れてるって事は、なんかあったと考えるべきだよな。結界は壊せそうか?」
「強引に行けば可能ッスけど、魔物や賊の侵入を考えて今はそのままにしといたッス」
「それはナイスだ……っと着いたな」
そういって妖魔大王は慌てて立ち止まる。
目の前には稲荷町を包む様に、シャボン玉の膜の様な結界が草原一面に広がっている。
稲荷町の一部とはいえ、この規模の結界を張るのは並大抵の事ではない。
「あちゃー。やっぱりまだ結界あるッスね」
「でけーなー」
そう言いながら妖魔大王は後ろを振り返り、少し遅れて走ってきたサードウルフ達に命令をする。
「お座りっ!」
数百頭はいるサードウルフの群れが、一斉に動きを止めその場にお座りをする。
「よーしよしよし。この膜に触るんじゃないぞー。ビリっとするからなー」
群れの戦闘にいる巨大なサードウルフの頭をなでる妖魔大王。
おそらくこの群れのリーダーだろう。
妖魔大王達が初めて地上に出た時に、妖魔大王のお尻に噛み付いた奴である。
「しかし、見える結界って親切だよなー」
「おそらく警告の意味もあるんじゃないッスか?」
そっと暗黒騎士が膜に触れる。
するとバチンッと凄い音がして暗黒騎士の手を弾いた。
「ひいっ! やっぱりびりびり系は苦手ッス~」
「お前が持っている魔剣って雷を操るんじゃなかったっけ?」
「それは別問題ッスよ。拳銃持ってるお巡りさんだって拳銃には弱いっしょ?」
「いや、それはそーなんだけどさぁ。イメージ的にさぁ」
後ろでクーンとサードウルフ達が鳴いている。
二人が言い争いをしていると思ったのか心配そうな目付きをしている。
「で、どうするッスか? 無理やり行きますか?」
「うーん。そうだな……」
「わしに考えがある。ちょっと待ってろ」
そういうと妖魔大王は、自身の口の周りに両手をあて腹に力を入れて思いっきり叫んだ。
「おーーーい!」
「開けてくれーーーーーーーっ!!!!」