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Fraise au Lait  作者: 初恋屋
2/2

第一章「邂逅」(2)

初恋屋です、更新です。

隔週更新をしたいが多忙でなかなか難しい。

今回も楽しく読んでいただけると幸いです。

評価感想指摘、ご遠慮なくどうぞ。

私は跳ねて喜びます。


制服は吹雪と同じミルクティー色で下はスカートと同じ柄のギンガムチェックのズボン。

 この高校の生徒ということには間違いはないようだ。だがひとつ吹雪には腑に落ちないことがひとつあった。

 ここ、暁星学園高校には三つの学部が存在し、そのうちのひとつの普通科に吹雪は所属している。 

 各学部三クラスずつあり、それぞれおデザインの違う制服が用意されている。

 それこそが吹雪の持つ違和感の理由だ。

 体育祭や文化祭、一年時の合宿などが学部などに分かれて行われているため、みなの顔をだいたい吹雪は覚えていた。

 自分から他人に関わることが好きで、そういう役に徹していることも多かった吹雪は人一倍同じ学部の仲間の顔を見おぼえてはいる。

 ただ、今吹雪の視界にいる一人の男子は吹雪と同じ普通科の制服を着ているというのに一切の見覚えが吹雪にはなかった。

 ただ単に忘れている可能性も否めないが、その男子の面影あ吹雪の記憶のどこにも欠片がない。

 遠目から見るだけで分かるくらいの整った顔立ちを持つその男子。忘れることはないというには少し言い過ぎかもしれないがそれでも印象はしっかり残る出で立ちだった。

 何か迷っているのか探しているのかが明瞭にわかるくらい周囲を見回しているその男子の姿を目にして吹雪の心はどこかうずうずしていた。

 困っている人を見たら放っておけないというものか、小さな正義感が吹雪の心の中で燻っていた。

 しびれを切らしたのは数秒後のこと。碧に買った抹茶オレは忘れず手に取り、吹雪はその男子の元へと小走りで向かった。

 そんな吹雪の動きに気付いたのかその男子は駆け寄ってくる吹雪の方を向く。

 ある程度近づいた所で吹雪は足を止めてその男子に声をかける。

 近付いてみるとその男子は背格好は吹雪よりすこし高い。

「あの、君何か探してたりする?私にわかることなら手伝うけど……」

 やや遠慮気味な吹雪の声。いくら吹雪が初対面相手と話すのが苦手でなくともそんなずけずけ押し迫れるほど横暴ではない。

 話しかけられた男子は頭を掻きながら少しばつが悪そうな声色で吹雪に返す。

「いやえっと……少し場所分からなくて迷ってて……」

「そっか……どこに行きたいの?」

 少し首を傾げ吹雪が続けて男子に聞く。

 吹雪は無意識に喋っているのだが、本人も驚くくらいに流暢に話せている。初対面相手に何と臆することなくない自分に吹雪本人も驚いている。

 そんな吹雪に安心したのかその男子も半ば安心した様子で話す。

「せ、生徒会室に行きたくて……生徒会の人に放課後来てほしいって言われたんですけど迷ってしまったんですよ……」

 男子の敬語にに対して吹雪の敬語の抜けた話し方がやけに対照的に映る。

 ここで吹雪がぐるっとあたりを見回す。人気のない中庭にただ二人。

 中庭を取り囲む公社の校庭側からは運動部の元気な掛け声が回折して聞こえてくる。

 どこからかカラスの鳴き声も聞こえ、陽もやや傾きその橙赤色が増していく。

「生徒会室……かぁ、なるほ、ど……」

 思考を膨らませながら吹雪はこれからどうするかを考えていた。

 うーんと唸りながら吹雪は顎に手をやる。

 先ほどまで吹雪がいた文芸部の部室は旧校舎にあるのだが、生徒会室は中庭を挟んで向かい側に位置する新校舎の方にある。新校舎は名前の通り新しい校舎であり、吹雪がこの暁星学園高校に入学する数年前に建設された。

 しかも階が違い今ここから生徒会室に向かい、そこから文芸部部室に戻るとなるとそれなりの時間を要する。

 中庭に飲み物を買って文芸部室に帰るだけの時間の倍近くはかかり、部室で待つ碧を待たせることになるだろう。

「んー……よし」

 数秒逡巡した後、男子の方を向いて吹雪が口を開く。

「今から案内するよ、私時間あるし」

「え、本当ですか?」

 余程意外だったのか男子が素っ頓狂な声を発す。

「うん、えっと私は紙尉っていうんだけど君は?」

「あ、俺は葛城っていいます、葛城環」

 かつらぎ、たまき。覚えるように吹雪は心の中で環の名前を呟く。

「葛城君……ね。それじゃ生徒会室行こっか」

「は、はいっ」

 二人の立ち振る舞いはまるで先輩後輩のよう。しかし吹雪でなくとも誰でも分かることがひとつあった。ふたりが同じ二年生であることだ。

 上履きの色や体育の時のシューズなどの色は学年度とに決まっておりそれを見るだけで相手が何年生なのかを確認することが出来る。同じ色の上靴ならば同じ学年、といった具合に。

 二人の今履いている上靴の色は同じ緑色のラインが入っている。つまり吹雪と環は同じ二年生ということだ。

 それを分かったうえで吹雪の話し方はこのようにフランクになっている。

 流石に小さな蟠りに似た距離を感じたのか吹雪が一歩踏み出した足を止めてくるっと環の方へ振り返る。

「葛城くん……私と同級生なんだから別に敬語じゃなくてもいいよ?なんだか少し距離感じちゃって……」

 そう諭され環は少し体をびくっと震わせて肩をすぼめる。

「べ、別に意識してたつもりはないんですけど……変ですかね……?」

 やけに引き気味な環を見て逆に吹雪はいたたまれなくなり両手をあわただしく六重の前で振る。

「いやいや、別に無理はしなくても大丈夫だよっ。ただ単に私が気になっちゃっただけだし……」

 必死な吹雪の姿を見て余計に環の肩が小さく縮こまる。

 このままどこまでも小さくなりそうな雰囲気すら感じられる。

「えとえと、うん!葛城くんが楽な話し方でいいよ。私もなんだか強要するみたいになってたかも……ごめんね?」

 やや自分より背の高い環に向かって話しているため吹雪は自然と上目遣いになってしまっている。緩い角度ながら見下ろす側となってしまう環にとってそこから見える吹雪の胸部の張りが余計に緊張を高める。

 必死に紅潮しかけた顔を隠すように吹雪から環は視線を逸らす。

 「い、いや俺の方こそなんだか固くなってしまってすみませ……ごめん。これから気を付けま……気を付ける」

 付け焼刃で中途半端な環の言葉で思わず吹雪の頬が緩む。同学年の男子とは思えない程どこか吹雪の目には可愛らしく環が映っていた。

「それじゃ、いこっか。生徒会室は新校舎の三階にあるよ」

 吹雪が新校舎の上方を指差すとつられるように環がその方を向く。

 それを確認して吹雪は新校舎の方へ向きなおし歩み始める。それについていく形で環も歩き出した。

 

ふと環が小さな声で、それも吹雪に届かない様なか細い声でひとつ呟く。

その一言を環をが吹雪に届けるつもりは微塵にもなく、むしろ環は吹雪に届かなくてもいいとすら思っている。

 ただ、一言。


「紙尉……吹雪さん、か。……可愛い人だな……」


 思いがたった一滴溢れ出るようで、思わず漏れていたことに気付いた環はそっと両手を口に当てた。


** *


「ふぁあ……ううん……ねむい」

 夜型の人間というものは日本にどれくらいいるだろうか。

 漫画作家や小説家、その他アニメ好きやゲーム好き、いわゆるオタクの人たちは夜活動することが多々あるだろう。

 夜になると目が冴える。そんな夜行性の動物のような人はこの世界に少なからず存在している。

 小柄な体躯には大きすぎる濃い抹茶色の上着を身に纏うものの案の定袖口から手は覗いておらず、その上着の裾も床に付きそうなほど。

 そんな明らかに不釣り合いな上着を愛用している佐瀬碧もその夜型の人間の一人だ。

 まだ午後五時というのに眠たげな眼を擦りながら碧はこの文芸部の部室で暇を持て余していた。

 つい数刻前、同じ文芸部員でなおかつ唯一部員仲間の紙尉吹雪とのじゃんけんに見事逆転勝利をあげ今碧は愛飲の抹茶オレを心待ちにしている。

 部室の机上にはついさっき碧が描いたイラストが置かれている。斜陽を浴びて白い紙に微かな暖色が浮かぶ。

 碧が夜型というのはかなり分かりやすく、普段の授業中の碧の態度でよく分かる。

 かなりの人数を有するこの暁星学園高校の中でほとんどの先生から名前と顔をしっかり覚えられるくらいには、悪い。

 ほとんどの授業を堂々と寝て過ごしており、ノートもほとんど取っていない。碧本人「多眠症」と豪語してはいるがただの昼夜逆転ともいえる。

 それなのに成績は悪くない。どころか普通に片手に収まる順位にいつも居座っているからそれはそれで先生に覚えられてしまっている理由の一つとなっている。

「まぁだかなぁ……吹雪ちゃん」

 カバンから一枚の無地のルーズリーフを取り出して左手に深緑のボディのシャーペンを握った。

 右肘をついてものぐさそうに白い紙の上に碧は黒い線を滑らかに描いていく。

 濃淡も艶やか、一分と経たずついさっきまで真っ白だった紙の上に笑顔の少女のラフなイラストが出来上がる。

 髪は短く風になびくように揺れている。一般人から見ても分かるくらいにそのイラストは美しい。

 しかし、書き上げた碧はシャーペンを机上に放り捨て机に顔を寝かせた。

「あーん……最近書けないなぁ……」

 机に突っ伏し消え入りそうな弱い声で碧は呟いた。

 現在、碧はイラスト制作に関して大きな壁に激突していた。

 描こうにも描こうにも自分の満足することのできる絵を描き上げることが出来ず、ここ最近碧本人の満足のいく絵は一枚も描きあがっていない。

 いわゆる、スランプだ。

 正式なプロのイラストレイターというわけではないあたりおこがましいと碧も分かっているのだが自分の今の状況を一言で例えるにはスランプという言葉以外思いつかないでいる。

 ついさっき吹雪の前では機嫌よさそうに絵を見せていたがその着物少女の絵も碧にとってはまだ不満の多く残る作品に仕上がっていた。

 誤魔化しもいい所である。

 しかし親友である吹雪に自分の不調を見せてしまうのはどうにも出来ず、無理やり気丈に振舞っていたが内心は不貞腐れへこんでいた。

 人差し指で机にのの字を描き、碧はただ意味を持たない言葉で「う~う~」と唸っていた。

 そんな風に、明らかなスランプ状態に陥っている碧なのだが何も原因不明な訳ではない。

 むしろそのスランプの原因を一番わかっているのは碧本人だ。

 心の中に燻る熱く火傷しそうな感情、名状するのも容易い感情に碧は頭を抱えてた。

 このままこの燻りを放置し引きずったままでは吹雪の作品にも影響を与えてしまう。

 自分の私生活もどことなくどんより曇天に見舞われてしまう。

 それもこれも全て一つの燻りのせい。

 碧が体勢を変えず上着に隠れた手で器用にポケットからスマホを取り出す。そしておもむろにトークアプリを起動しある人との個人トークを開く。

 画面の上には『宮野駿河』と表記されている。

 トークは碧の一言で終わっており、その後は続いていない。


「……宮野君、まだ部活かなぁ……」


 誰にも聞こえない様な小さな声でぽつりと呟いた。

 斜陽に染まる文芸部部室の中ひとつ小柄な体躯を余計に縮こませる碧の姿はいつもに増して小さく見える。

 まだ吹雪が部室に帰ってくる気配はせず、次第に碧は睡魔に襲われ瞼が閉じていく。

 薄茜色の視界が次第に暗く染まっていく……―――


* * *




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