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Fraise au Lait  作者: 初恋屋
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第一章「邂逅」(1)

***


「……」


 カタカタとキーボードを打つ軽快な打鍵音が部屋に響く。

 教室の半分ほどの広さの一部屋に二つの長机を並べた長方形の机が一つ。

 そこに向かい合う形で二人の制服姿の少女が黙々と机に向かって作業している。

 やや縦長の部屋の短い辺にあるへやの扉から見て右側。右方の壁には約二メートルほどの高さの木製の棚があり、その中には所狭しとたくさんの文庫本が綺麗にしまわれている。

 その方にいる少女はくせっけの強い髪を無造作にひとつ結びにまとめており、淡い水色の眼鏡を身に着けている。

 彼女はたまに頬杖をついて考えこみながらもパソコンで手慣れた様子で文字を打ち込んでいる。

 対して左側。棚はなく使われなくなってやや錆びている教室用の机がいくつか横に並んでおり、その上にはかわいらしいキャラが描かれた色紙が飾られていたりポットなどが置かれていたりする。

 その方にいる少女は右方の少女と違い癖のない肩を撫でる程の長さの髪で内に巻かれている。

 幼げある童顔のその少女は一枚の白い紙にシャーペンを走らせ柔らかな線で絵を描いている。

 二人ともの目は真剣の眼差しそのもの。

 一心不乱という言葉がよく似合う。

 一切の言葉を交わすこと無く、ただお互い手を動かし続ける。

 傍から見ればまるで仲違いしている二人の女子……しかし。


 キーンコーンカーンコーン……


 すると扉の外、廊下の方から四時半を告げる重厚ながらも澄んだ鐘の音が鳴り響く。

 それに反応し、右方の女子のキーボードを打つ手がエンターキーをタンッと押して止まる。

 そして大きく伸びをしてすこし張った胸部から塑性を受けて姿勢を戻し少女は喋りだす。

「んー……はいっ!佐瀬ちゃんおしまい!」

 右方の少女の明るい声に気付きシャーペンを走らせていた左方の少女の手が止まる。

 はっとしたように左方の少女が顔を上げて右方の少女と同じように大きく伸びをする。

 その伸びは右方の少女と違い胸部の張りに押し返されることはない。

「あれ、もう三十分も経ったの?」

 左方の少女がシャーペンを置き小首を傾げる。

 机上のデジタル時計はしっかりと四時半の時刻を表している。

「経ったよ、ほんと何回やってもあっというまだよね」

 そう言って右方の少女、紙尉吹雪は柔らかな笑顔ではにかむ。

 少し不満げな左方の表情の少女、佐瀬碧はシャーペンをくるくると回し自分の目下にある神に視線を落とす。

「さ、見せ合いっこしよっか。今回のテーマは『春風』」

「はーい、吹雪ちゃんのも見せてねー」

 そう言い合い二人は吹雪は自分のパソコンを、碧は絵の描かれた一枚の紙とで交換する。

 そして二人は渡された作品に目を落とし黙り込む。

 まるでお互い評論家のような瞳で手元の作品に目を通していく。

約一分後、先に顔を上げたのは吹雪。

「うん、流石佐瀬ちゃん。絵がうまいなぁ……」

 紙を机に置いて感嘆の表情の吹雪。対して碧は未だ吹雪から受け取ったパソコンの画面をじっくり眺めている。

「……ふんふん」

 これといった言葉は漏らさず、ただ隅々まで漏らさぬない様に。

 そんな碧の真面目な様子を見て吹雪は少し微笑む。

敢えて何にも触れないよう黙って、そんな碧をかわいい子供の様に眺めていた。


ここは、暁星学園高等学校の旧校舎の一角に位置する文芸部の部室。

 紙尉吹雪と佐瀬碧のふたりは文芸部の部員だ。それと同時にこの文芸部の部員もこれが全て。

 そうこの文芸部は吹雪と碧、ふたりしか部員のいない部活だ。

 創部したのは割と前からなのだが、吹雪たちが入学した年に唯一いた三年生がみな卒業してしまい部員がいなくなってしまった。

 廃部の危機を恐れた文芸部顧問の沢井先生が担任を務めた一年生のクラスにいた吹雪を誘った。

 その後、吹雪の誘いで碧も入部して今に至る。

 今は二人ともに二年生。

 現在四月半ばで新入生の部員を募ってはいるが目立った成果はなく部員はふたりのまま。

 沢井先生も部員不足に対し危機的ではなく、部員が一人いれば部は残るということに甘んじて吹雪と碧に任せっきりなのももしかしたら部員が増えない理由なのかもしれない。

 文芸部の名の通り、ここでは小説を制作している。

 しかし小説自体を書いているのは吹雪のみ。

 自前のノートパソコンを部室で開き、いつもカタカタと打ち込み作り上げている。

 対して碧は表紙や挿絵に使うイラストを担当している。

 下書きは吹雪と文の内容を相談しながら描き、家でパソコンを使ってデジタルの絵に仕上げる。

 二人なのでそう目立って言い争いもなく、二人が一年生の時の文化祭はオリジナルの小説を五本まとめた短編集を作り上げ無事に発売しそれなりの売り上げを上げた。

 まだ十月の文化祭まで約半年あるが二人だけの制作はなかなか時間がかかるためもうすでに制作に着手していたりする。


「……ほーなるほど、流石吹雪ちゃんうまいなぁ……」

 吹雪に遅れること二十分ほど、全て読み切った碧が顔を上げる。

 そしてパソコンの画面を吹雪の方に向けて手元に返す。

 吹雪は待ちくたびれる様子は見せずただずっと一心に小説を読む碧を眺めていただけなのだが、集中していた碧にはわかることではない。

 「ありがと」と笑いながら吹雪がパソコンを受け取る。

 小さな体躯の碧は机に乗りかかるような形でなかなかに辛そうな体勢である。

「今回少し案練りすぎて文量控えめになったけどねぇ。まあ中身は私的にかなりお気に入り」

 照れくさそうにはにかむ吹雪がパソコンを畳んでそれを大きいトートバッグに直す。

「んー、この主人公の女の子最後のセリフがすっごくいい!『あなたに会えてよかった』っていう出出しの意味が最後に結ばれてるんだね」

「そそ、まずそれが第一に思いついてそれを使いたかったんだ」

 すると碧が吹雪に続けて聞く。

「それでそれで、私の絵はどうだった?」

 幼い子供のような円らな碧眼を輝かせる碧はその体躯も相まって吹雪と同じ高校二年生には見えない。

 いつに間にか碧は絵を描く時身軽な制服姿からいつもの上着姿に戻っている。

 それも普通は上着ではない。抹茶色の生地で襟から見える裏地は黒い。

 特徴的なのはその袖、それと丈だ。袖は少し捲られているものの碧の腕はすっぽりと隠されている。

 袖が折れ曲がっているもののそこは決して肘の位置ではない。

 折れた位置に拳があり、その先には何もない。

 その上着の丈も長く、歩けば床に引きずるのではないかというぐらいの長さを持っている。

 吹雪が碧と初めて出会ったときから碧はこの装いで、ひとつのアイデンティティとして碧の中で確立しているらしい。

「テーマ春風でこれでしょ……ほんと碧すごいよ……」

「えへへ~黒白で味気無いかもだけどいい絵でしょ~」

 ふふんと息を鳴らして袖に隠れた手を腰に当て碧は胸を張る。

 今吹雪の方にある紙に碧が描いた絵があるのだがそこには一人の着物姿の少女がある。

 シャーペンのみで描かれているため黒と白のみの色しかない。のだがその着物の模様の濃淡は美しく、背景にあしらわれている桜には実際に風を浴びているような躍動感もある。

 なによりラフな線画であるのに、それを活かすような筆遣いがそ紙の上に広がる人、着物、桜……世界全てに息を吹き込んでいる。

「うまく言葉に出来ないけど……ホントに佐瀬ちゃん天才だよ」

褒めちぎられて誇らしげだった碧の頬がほんのり赤く染まり、碧はそれを袖に隠された手で隠す。

「は、恥ずかしいって……そんなに褒めても何も出ないからね?」

 袖の隙間から見える碧の頬はリンゴの様に真っ赤になっている。

 そんな碧の様子を見て吹雪もまた微笑む。

「そうだ!」

 と、突然何か思い立ったように碧はポンと手を打ちながら勢い良く立ち上がる。

「喉乾いたし何かジュース買いに行かない?私抹茶オレがいい!」

 抹茶色の上着を揺らし抹茶の名前を口にする碧。碧は生粋の抹茶好き。吹雪もよく知っている。

「いいよー私いちごオレで……」

「うん、よろしくねー……」

 そこでふと、二人の会話がピタリと止まる。

 双方、ともに沈黙。そしてお互い一切として視線を交わらせない。

 何か、互いを探るような雰囲気を醸し出している。

「……」

「……」

 先に沈黙切ったのは、吹雪だった。

「……『今日はどうする?』」

 合言葉が放たれた。吹雪が視線をゆっくりと碧に当てられる。

碧がそれの呼応するように視線を同じくゆっくりと吹雪の方に向ける。

「……じゃんけんかな」

「りょーかい……よーし」

 椅子を引いて吹雪が立ち上がると、唯一文芸部部室にある窓から差す日の光が吹雪のかけている細縁の眼鏡をきらめかせる。

 そして吹雪と碧は目を合わせたまま右手を後方に下げ居合に似た構えをとる。

 可愛らしい二人にはやや似合わない、どこか男らしさを感じる立ち振る舞い。

「じゃあ行くよ……佐瀬ちゃん」

「……うん、いいよ」

 そして二人同時に、小さな呼吸から声を発する。

「「じゃぁぁん、けぇぇぇん……」」


 少し時が止まった様な空間が二人の間に訪れる。

 それも束の間、沈黙切り裂くように二人の拳が一直線に打ち出される。


「「ぽん!」」


 突き出された二人の拳。

 吹雪はパーで、碧はグー。碧の負けである。

「あーー負けたぁ!」

「えへへ~、それじゃ碧買ってきてね~」

 これはふたりがよく部活終わりにしているひとつのゲームだ。

 今回はじゃんけんだったが腕相撲やあっちむいてほいなど小さなゲームを手早くしてどちらかが相手の分も自販機でジュースを買ってくるというもの。

 ちなみに決しておごりというわけではなく、お金は後にしっかり相手に返す取り決め。

「む、む~……吹雪ちゃん!三回勝負にしよ!!」

 悔しそうな表情で碧が跳ねながら吹雪に抗議する。

 碧が負けた時、碧はいつもこの調子なのでこういうのも吹雪にとってはいつものことである。

 そういう時はいつも吹雪はこう対応する。

「いいよ~、でも私勝った私のイチゴオレ佐瀬ちゃんの奢りだからね?」

「わ、わ、わかった!絶対負けないから!」

 敢えて条件を付けてチャンスをもう一度碧に渡す。

 若干の特でもある条件でもあるのだが、何より吹雪がこういった碧の可愛げな行動が大好きなわけなのだ。やめられないらしい。

「よーし、それじゃ二回戦いくよ?」

「うん!絶対勝つ!」

 そして二人は再び拳を居合の様に構える。

「「じゃぁぁん、けぇぇぇん……ぽん!」」

 再び突き出されるう二人に拳。

 吹雪はチョキで、碧はまたグー。吹雪の負け。

 これで一対一の引き分け、勝負は振出しに戻る。

「あああ……負けちゃった」

「やったぁぁ!これで引き分け!最後の一回!」

 引き分けにもつれ込み俄然二人の気合が増す。

 そして、三度二人が拳を居合に構える。

 窓から差す日の光が二人のいる舞台を照らすスポットライトの様になっている。

「いくよ……吹雪ちゃん……」

「……うん」

 ある意味無駄な緊張感が二人の間に巻き起こる。

 しかしそれほどに互いのじゃんけん三回勝負は二人の心の中で熱くなっていた。

 そしてここでただどちらが相手のジュースを買ってくるかを決めるだけの勝負が決する。


「「じゃぁぁぁん、けぇぇぇぇん…………ぽん!」」


***


 人気の薄れた廊下を一人の少女が小銭を手に歩いている。

「あぁ~、なんで負けちゃうかな。もったいなかったかな」

 ミルクティー色の制服の袖からは色白の手が覗いている。

 最後のじゃんけん、吹雪がパーを出し碧はチョキを出した。

 つまり一対二で吹雪の負け。碧に甘えを渡したせいで二連敗をかまして吹雪がジュースを買いに行くことに。

 半ば後悔の念を残しつつも碧の可愛らしい姿が見れたからいいかと楽天的になりながら吹雪は自販機の立ち並ぶ中庭に出た。

 傾きかけた太陽はまだ白く眩しい陽光が自販機を照らしている。

 横に二台並んでおり片方が紙パック多めの自販機となっている。その方にイチゴミルクと抹茶オレの二つが売ってある。

 放課後だが中庭は人気がなく自販機に人はいない。

「えっと……両方百円だよね……」

 自販機の前まで移動してまず予め握っていた百円玉一枚を吹雪は自販機に入れた。

 乾いたチャリンという音という音とともに自販機の数多のボタンが赤く光る。

 そしてまず碧注文の抹茶オレのボタンを押す。どさっという音とがして抹茶オレの紙パックが落ちる。

 そして次はもう百円を入れて吹雪本人のイチゴミルクを買う……と、その時。

「……ん?」

 吹雪の百円を持つ手が止まる。

 ふと、閑静さが漂う中庭にいる吹雪の耳の左後方から微かな足音が聞こえた。

 しかしそれは吹雪の元へ迫る音ではない。

 どちらかというと、吹雪と同じ場に誰かがいることを表しているような微かな足音。

 思わず気になり、吹雪は足音のした左後方へとゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは……


「……誰?」


 そこにいたのは、吹雪の知らない一人の男子。

 何かを探す様にその男子はきょろきょろと辺りを見回していた。


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