思い出すのは
死の床にある今、思い出すのは一人の少女。
何故か妻だった女ではなく、まして愛人でもない。
妻の姉で元婚約者だった少女。
彼女の名はメアリージュン。
オスクリダー伯爵の長女。
妹を薔薇に例えるなら姉は庭の隅にひっそりと咲く菫の花だ。
彼女はごく平凡なブルネットの髪だったが、その菫色の瞳はとても美しく。
私は一目で恋に落ちた。
彼女と初めて会ったのは私の屋敷でだった。
オスクリダー伯爵と私の父上とは友人で、よく狩りをしに領地の館に来ていた。
その時、メアリーはやっと五歳になったばかりで父親の陰に隠れてキョロキョロしていた。
まるで小動物のようで思わず笑みがこぼれた。
「オズワルド。メアリージュンちゃんを庭に案内してあげなさい」
「はい。父上」
彼女を連れて庭に出る。
「母上がパウンドケーキを焼いてくれたんだ。後で一緒に食べよう」
「はい」
彼女はニコニコしてそう答えた。
彼女を連れて庭を歩く。
彼女は川の中の魚や鹿やリスに目を丸くしていた。
とても一日で案内できる広さではないが、ちょこちょこと僕の後を付いてくる彼女はとても愛らしく。
何時までもいっしよに歩いて行きたかった。
でもメアリーは転んでしまった。
その菫の瞳に涙が浮かぶ。
でもメアリーはグッと涙をこらえて立ち上がった。
「偉い。偉い。泣かなかったね」
「うん。メアリーは泣かないよ。おねえちゃんになるんだから」
彼女の母は妊娠していてもう直ぐ出産らしい。
「そうか~おねえちゃんになるのか~」
「泣き虫だと妹に笑われる」
「そうだね。メアリーは笑った顔が一番だ」
僕は庭に咲く菫の花をメアリーに渡した。
「メアリーの瞳と同じ色だね」
ああ…あの時…時が止まれば良かったのに。
彼女は頑張り屋さんで勉強にマナーにダンスに頑張ってくれていた。
良き侯爵婦人になるために。
なのに…何故?あんな事に?
私達の結婚式の前日、彼女は護衛騎士と逃げ出した。
急遽彼女の妹が私の花嫁として宛がわれた。
メアリージュンの実の母は出産の時子供と共に亡くなっていた。
今の妹は再婚相手の連れ子で半年しか歳が違わない。
彼女の妹は身体が弱くほとんど会った事が無かった。
彼女の妹は病弱で碌に学校に通えず、貴族としての躾も余り為されてなく。
取り柄と言えばその美貌だけだ。
美人は三日で飽きると言われるが、それ以前の女を押し付けられた。
彼女の妹の名は…え~何だっけ?
あ…テイエラだっけ…忘れてた…
テイエラは、結婚式の次の日に療養と称して領地の別荘に幽閉した。
数年後、何度も私の子供じゃない、男の子を孕むから薬を使って流産させた。
五年後三度目の流産の時出血が酷くて死んだ。
跡取りの心配は無い。
その時には、三人の妾達が一人ずつ子供を産んでいたから。
妾が、子を産むと子供達は引取り、妾達には十分な手切れ金を渡して王都から追い出した。
私はメアリージュンに裏切られ女を信じられなくなっていた。
私は子供にも関心が無く。
三人の子供達は隣の部屋で医者にいつ私が死ぬか聞いている。
大方貰う財産の使い道でも考えているんだろう。
メアリージュンの護衛騎士の名は何と言っただろう。
記憶力の良い私は悲しいことにその名前を思い出せるのだ。
フォラス・テロ
銀髪碧眼の優しい顔立ちの男だった。
私より五歳年上で、いつもメアリージュンに影の様につかえていた。
死の床にあって何故これほどまでに思い出せるのか?
忘れ去りたい記憶なのに?
ふと見るとベットの端に誰か立っている。
一人の少女が、立っていた。
あり得ない!!
その少女はメアリージュンだった。
しかもその顔と体は焼け爛れ見るも無残なありさまだ。
幽霊は死んだ時の姿で現れると言うが……
じゃメアリージュンが死んだのはいつだ?
「メアリージュンなのか?どうしたんだ?何があったんだ?」
メアリージュンは悲しそうに暖炉を指さした。
すると不思議なことに映像が浮かぶ。
それは、私達の結婚式の前日だ。
「姉様の護衛ご苦労様でした。」
そう言ってワインを差し出したのは、メアリージュンの妹のテイエラだ。
「本当によく勤めてくれました。メアリージュンの結婚式が終わったら今度は、貴方の結婚式ね」
護衛騎士の部屋で後妻とその娘が、護衛騎士を労っている
「騎士団長の娘さんでしょう。可愛い方だと伺っておりますよ」
フォラスは照れながらワインを飲んだ。
ゲフォウッ!!
フォラスは、血を吐いた。
「ど…毒…なぜ…」
「貴方にはお姉様と駆け落ちしてもらわなくちゃいけないのよ」
「お前が、あの子を守っていたから中々手が出せなかった。これであれを排除できるわ」
笑いあう親子。
二人は下男に死体をシーツに包ませ荷馬車に乗せた。
荷馬車には薬で眠らせたメアリーがいた。
森の奥に潰れた猟狩小屋があり。
側の枯れ井戸の中にフェラスの死体とメアリーを投げ込む。
「う…あ…な…」
「あら?気が付いた?」
「お可愛そうなお姉様。まだ薬が、効いてて動けないのね」
「眠ったまま焼け死ねば、苦しまなくてすんだのに」
二人は、笑いながら下男に油を井戸の中に放り込ませた。
「さようなら。お姉様あんたの事が大嫌いだったわ。不細工な癖に何でも持ってるムカつく女」
「目障りだった。あんたの母親の持参金とあんたの持参金は、私達が使わせてもらうわ。これで贅沢ができる」
テイエラは笑って松明を井戸の中に投げ込んだ。
「ああぁぁぁ‼ 」
井戸の中から悲鳴が聞こえやがて止まる。
「ああ…なんて事だ‼ 何て事だ‼ 」
私は、涙を流しメアリーに懺悔する。
「すまない‼ すまない‼ 君を助ける処か‼ 憎んでいた‼ 愚かな私を赦してくれ‼ 」
メアリーが何か言っている。
だが、私には聞こえない。
ああ…時が戻るなら‼
私の意識は遠退き死が訪れた。
「ぐっはっ‼ はぁはぁはぁ…」
「どうしたんです?オズワルド様」
昔から我が家に使えていた執事のセバスチャンが洗面道具をテーブルに置いた。
えっ?セバスチャン?
彼は十年前に老衰で亡くなっている。
今は彼の息子と孫が、屋敷を仕切っている。
えっ?えっ?
鏡の中に間抜け面た若い私がいる。
「明日は、メアリー様との結婚式ですが。体調がお悪いのですか?」
「あ…いや…えっ…結婚式の前日…‼ 」
「メアリー‼ 大変だ‼ こうしちゃいられない‼ 」
「オズワルド様?」
驚く執事を後にして私は慌てて支度をした‼
「メアリー‼ 」
私は、勢い良くドアを開けた。
護衛騎士のフォラスが、慌てて私達をとめようしている。
「オズワルド様?」
ウェディングドレスの裾を点検していた、メアリーはビックリして私を見上げる。
「どうなさいました?オズワルド様?いくら明日結婚するとは言え。不作法過ぎますわよ」
彼女の母親から使えていた侍女が咎める。
セーラは、昔からマナーに煩かった。
「ああ良かった‼ 無事だったんだね」
「オズワルド様?」
メアリーを抱き締め涙する。
メアリージュンは、私の背中を擦ってくれる。
メアリーの体は温かい。彼女は生きている。
「ああ…すまない。強盗が君を狙っていると情報が入ってね。万一の事が有ってはいけない。直ぐに私の館に来てくれ」
戸惑うメアリー。
「ドレスや身の回りの物は彼女達に運ばせる」
私は、五人の戦闘メイドにドレスやアクセサリーや服をテキパキ鞄に詰め込ませた。点検はセーラに任せる。
「何事ですのオズワルド様?」
継母と娘の登場だ。
「メアリーが、強盗に狙われていると情報が入りました(大嘘)ので、彼女を我が家に連れていきます。念のため十人ほど護衛騎士を置いておきましょう(お前らを監視するため)」
私は問答無用でメアリーを連れ出した。
「とっても綺麗だよ」
私の言葉に赤くなるメアリー。
次の日結婚式は、盛大に執り行われた。
無論侍女や侍従に護衛騎士 を紛れ込ませガッチリあの継母と娘を監視させている。
結婚式が終われば、あの親子を追放する算段をしなければ…
運命は、変わった。
メアリーは、死ななくてすんだ。
メアリーの護衛騎士は、この後結婚して五人の子供に恵まれる。
尻に敷かれているが、幸せそうだ。
メアリーが生きているから私は妾を囲わない。
三人の子供も産まれない。
六人の人間は不幸にならない。
あの継母と娘と下男は、伯爵家から追い出された。
風の噂ではスラムにいるそうだ。
暖炉の前で三人の孫達に本を読んでいる妻。
近くのテーブルで長男とチェスをする私。
焼きあがったケーキを持ってくる娘。
あの親子と下男以外は…
みんな幸せだ。
~ Fin ~
★オズワルド・リルドシイ
メアリージュンに結婚式の日に逃げられ性格が歪む。
★メアリージュン・オスクリダー伯爵
伯爵家の長女。オズワルドの婚約者。結婚式に行方不明になる。
★テイエラ・オスクリダー
メアリージュンの義理の妹。
★フォラス・テロ
メアリージュンの護衛。
最後までお読みいただきありがとうござい。




