第七話『ドゥイ区』
紙切れの端には、ドゥイ区と書いてあった。
ドゥイ区は、東側に位置するところにある。
「誰も巻き込まないつもりが、早速巻き込んじまってるじゃないか」
独り言を言いながら、ドゥイ区に向かう。
一度も行ったことがない場所で、どのような場所かはわからない。
急いで走っていると、途中で荷物を運搬する馬車に出会う。
話しかけて、乗せてもらえるか聞く。
「すいません、この馬車は何処に向かっているんですか?」
「これかい?これは、ドゥイ区へ向かっている途中だよ」
「そうなんですか、あの迷惑でなければ乗せてもらえませんか?」
「うーん、まあ向かっている場所が同じならいいだろう」
お辞儀をして、馬車の荷物が置いてある場所に乗る。
乗ってから、馬車が動き始めたところで、操縦していた馬車の男に話しかける。
「ドゥイ区ってどんなところなんですか?」
「君、ドゥイ区に行くのは初めてなのかい」
そう言われたので、頷く。
すると、男は遠くを見つめながら、
「あまりいところではないから、期待はしないほうがいい」
「そう……なんですか」
「昔はもっと良かったらしいけど、今じゃ奴隷や寂れた家、生きてない場所なんて言われ方もしているよ」
生きてない場所か、そうなると治安もあまりよくないのか。
盗難に気を付けながら、慎重に行動した方がいいな。
男が馬車を操縦し、しばらくするとドゥイ区に近づいてきた。
「お兄さん、もうすぐ着くよ」
「あっはい」
馬車から身を乗り出し、外を見ると、煙が上がってる町が見えた。
薄暗い雰囲気で、男の言った通り栄えていないようだ。
着いたような様子で、馬車を止める。
「ほら、着いたぞ。ここが、ドゥイ区だ」
「ここまでありがとうございました」
「いや大したことはしてないよ。それよりここでは、色々気を付けたほうがいい。それじゃあな」
そういうと、男は馬車で荷物を運び何処かへ行ってしまった。
気を付けろって言ったって、好きで来た訳じゃないんだけどな。
とりあえず、ミナンとアルノラを探さないと。
二人を探し、辺りを見回しながら歩いていると、愉快そうな男が話しかけてきた。
「おーそこのお兄さん、良かったら見ていかないかい?」
「悪いが今は急いでるんだ」
「そんなこと言わずに、新しいのが入ったんですよ」
「新しいの?何か売っているのか」
興味のある反応をすると男はよろけながら、俺を案内するように歩いた。
人だかりの中を、退けながら通り、男が売っているものを見る。
「な、何だよこれ」
目の前には、鎖で身動きの取れない二人の子供がいた。
その二人は、俺が捜しに来たミナンとアルノラだった。
傷だらけの二人は、目の前にいる俺に気づかないほど弱っている。
男の胸倉を掴み、どういうことか事情を聴く。
「おいっこれはどういうことだ?」
掴まれた男は、怖がりながらもニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべ、
「『どういうことだ』、といわれましても私は奴隷を売っている者ですから」
「そういうことを聞いているんじゃない、この二人は俺の大切な家族だ」
「そ、そうなんですか。だとしたら買い戻されてはいかがでしょうか?」
『買い戻す』という言葉を聞いて、怒りが抑えられなくなり男を殴る。
一発殴ったところで、手を止めてブラッディベイオネットに血を吸わせ冷静になる。
怯える男に対し、二人分の代金を投げつけて、鎖を解く。
「この二人は、お前が仕入れたわけじゃないんだろ?誰が持ってきた」
「そ、それは……」
口籠る男に剣を突き付け、冷徹な目で見る。
「く、黒いフードを身に着けた長身で、黄緑の髪をした男が持ってきました」
「どこにいるかは分からないのか?」
「わ、わかりません」
奴隷商人の男との話が終わると、二人を連れて歩く。
戸惑う二人を無視しながら、人気のない場所に隠れる。
「大丈夫か二人とも」
「う、うん」
アルノラは頷くが、ミナンは返事をしない。
様子がおかしいと思い、体に異変がないか探す。
すると、アルノらが、
「ミナンは何か、薬を飲まされていたんだ。早くしないと時間がないって、言ってた」
「薬か……ありがとなアルノ。二人は少し待っててくれ」
と言って、二人を連れてきた男を探し行こうとする。
走り出そうとしたところで、アルノラが、
「ど、何処に行くの!」
「お前たち二人を、傷つけたやつを探しに行く。巻き込んで悪かった」
ドゥイ区の地形は分からないが、とにかく走り探す。
シュヴァルツ・エルフの人間か、それとも関係のないやつなのか。
手掛かりが無さすぎる、時間がないとういうのに。
町中を走り、疲れていると白いフードをした男に、肩がぶつかってしまう。
「す、すいません」
「いや、大丈夫だ。そんなに急いで、何か捜しているのかな?」
「長身の黄緑の髪をした男を、捜していて……」
「それなら、あの寂れた工場に入っていったぞ。もう使われていないはずなのに、何の用事があるのやら」
聞いた瞬間に、俺はお礼を言って走り出す。
聞かれた男は、フードを外して、
「急いでいると気付かないものだな、あの様子を見るにシュヴァルツ・エルフの方は順調のようだ。レイまだ死ぬんじゃないぞ」
と言い残し男は去っていく。
男が言った工場まで急ぐ。
寂れた工場に入るが、暗くて周りが見えない。今は使われていないため、錆びた鉄や銅などが散らばり、錆びた鼻をつく臭いがする。
恐る恐る歩き、長身の黄緑の髪をした男を捜していると、突然明かりが点く。
照らされた方向を、振り向くと捜していた男が立っていた。
「お前が、ミナンとアルノを……」
「何か怒っているみたいだね、もしかして君が不思議な剣を使うレイ君かな?」
「何故俺の名前を知っている!」
「それは……私がシュヴァルツ・エルフの一人№9ジグール・ノインだからさ。お前の情報は、シュヴァルツ・エルフの中でも話題になっている」
とうとう俺の情報が、シュヴァルツ・エルフに流れ出したか。それなら都合がいい、あっちから仕掛けてくるなら探す手間が省ける。
だが、大切な家族を巻き込むのは、もう嫌だ。巻き込まない方法を考えないとな。
そう考えていると、ノインが、
「私を倒す算段でも立てているのかな?」
「違う……お前を倒した後のことを考えている」
「そうですか、私を倒せると……まあいいです。それより貴方が欲しいものはこれでしょう?」
液体の入った瓶を投げる。
瓶に入っている液体を、受け取ると、
「それは、私が飲ませた毒の解毒剤です」
「なぜ今渡した?」
「私にも少しばかり、情がありましてね」
「そうかよ。とてもお前が、情のあるやつには見えないがな」
俺の言葉に腹を立てたのか、フードを取り髪を抜くように掻き毟りながら笑う。顔は若いのか老けているのか、分からなくて不気味だ。
黄緑の抜けた自分の髪を見て、ニヤつきながらこちらに顔を向ける。
「くっくく、そこまで言うなんて酷いじゃないか。私には情がありますよ」
片目を大きくしてノインは言う。
狂笑していた顔が、急に真顔になり、
「なんか笑い疲れちゃいました。とりあえず貴方、むかつくので死んでください」
と言うと、周りから毒ガスが出てくる。
寂れた工場全体に、毒ガスが蔓延し息を吸うのが辛くなる。
目が赤くなり、充血し血の涙を流してもがき苦しみ、悲痛の叫びをあげるとノインは高い場所から見下ろし、
「面白いですね、人の苦しむ姿は。実に滑稽です」
吸えば吸うほど苦しくなる。
気を失いそうだ。
こんな、ガスで死ぬくらいなら……
「ブラッディベイオネット、俺の体中に管を刺して、できるだけ血を持っていけ……そうすれば奴を一瞬で倒せるだけの力を手に入れられるはずだ」
その言葉を聞いたブラッディベイオネットは、管を無数に出し俺の体全体に管を刺す。