第五話『アズル・ライナ』
翌朝、窓から差し込んだ光が、顔に当たる。
眩しいけど、天気のいい気持ちのいい朝だ。
今日は、ライナの花を渡す月に一度の行事があるらしい。
噴水広場の近くで朝からやっているようだが、もう渡しているのか様子を見に行くことにした。
宿舎の扉を開け、外に出る。
「凄い賑わいだな」
出ると、噴水の近くを取り囲むように人がいた。
まだ渡し始めていないようだが、並んでいる人たちがいて、賑わっている。
する、誰かが歩いてくる音と共に歓声が上がる。
赤い絨毯が敷かれた場所を、ライナが歩いてきた。
人気だというのが、花をもらいに来た人の雰囲気で分かる。
護衛が数十人ついていて、近づくことはできない。
「これから、月に一度の花を渡す行事をしたいと思いますが、その前に側近である私から話があります」
側近といった、人の方向を全員が一斉に向く。
注目されたところで、口を開き、
「この中で、ライナ様の護衛として働きたいという者はいるか?」
その言葉かけに、何人かが手を挙げる。
側近の男は、手を挙げる様子を見て、
「そうか、それでは今からライナ様の護衛を選考したいと思う。ルールは簡単だ、私と剣を交え剣が手から離れたほうの負け。挑戦したい者はいるか?」
突然始まった護衛の選考に、騒がしくなる。
いきなりの選考ではあったが、何人かの屈強な男が挑戦するために手を挙げる。
だが、全員の挑戦した者が側近の男に負ける。
この選考は、ライナに近づくために絶好の機会だと考え、俺は手を挙げることにした。
「おーそこの方も、選考に参加するのかい」
「参加しても大丈夫か?」
「君のような旅人は、初めての挑戦だがいいだろう」
「ありがとうございます」
選考のために設けられた、小さな闘技場に向かい合わせで立つ。
用意された剣を渡され、男が名前を言う。
「旅人の方、私の名前はスエレ・ツェーンと申します。どうかお手柔らかに」
名前を聞いて動揺する。
この男がシュヴァルツ・エルフの一人だったのか。道理で強いわけだ。
とりあえず、見つけられたってことで特徴だけ覚えておくか。前髪を上げた、金髪の黄色い瞳をした男か。歳は俺と変わらず、若いみたいだな。
「俺はアガサ・レイだ、少し用事があってここに来た」
「良い名前じゃないか、それじゃよろしく頼むよ」
挨拶を済ませると、合図をされてお互い戦闘の態勢に入る。
どちらも動かないまま、沈黙が続き痺れを切らしたのか、ツェーンが先に動いた。
剣を巧みに扱い、斬りかかる隙を与えようとしない。
「くっ、強いですね」
「ありがとう、だけどまだこんなもんじゃないよ」
ツェーンの手に力が入り、持っていた剣を引き剥がそうとされる。
両手で剣を持ち何とか耐えるが、強さが段違いのようで攻められてばかりだ。
ブラッディベイオネットに頼って、自分が強い気になっていたが、俺自身の力はまだまだってことか。
でも負けるわけにはいかない、ブラッディベイオネットを使った感覚を思い出せば、
「おっ少し動きが変わったね」
「いいや、何も変わってないですよ」
「そっか、じゃあもっと本気を出せるようにしないとね」
ツェーンの気迫が変わり、動きも今までとは変わる。
構え方が、隙だらけになり勝てそうな雰囲気だ。
今しかないと思い、一気に攻め立てる。
が、隙を見せたのはフェイクで、慎重な俺が攻め立てるのを伺っていたようだ。
「悪いね。私は少々意地悪だからね」
剣の柄の部分で、腹を抉る様にして突き刺す。
気持ち悪くなり、失神寸前だが何とか倒れずに剣を構え、定まらない動きで斬りかかると、
「おっと……」
ツェーンが力を抜いていて、受け止めた剣が飛んで行ってしまった。
その瞬間に勝敗が決まった。
「勝者、アガサ・レイ」
驚きながらも、勝った嬉しさが込み上げてくる。
その勝利に何か違和感を感じたが、俺にとっては好都合だと思い喜ぶことにした。
戦いが終わり、ツェーンが歩み寄ってきて。
「お疲れさま、中々良い剣筋だ。ライナ様の護衛として君を迎え入れよう」
「あっありがとうございます」
周りの見ていた、住民たちが歓声を上げる。
だがその中で、顔は笑っていても、狂気に満ちた目で見るものがいた。
それは目の前にいる、スエレ・ツェーンだった。
まさか、俺は嵌められたのか。でもお前に近づけるなら、俺としても好都合だ。
するとツェーンが、手を差し出して、
「一緒にライナ様を守ろう」
「あぁ分かってる」
お互いの思惑を察しながらの握手は、とても気持ちの悪いものだ。
その後、花を渡す行事が始まり、終わると護衛に案内されながら、トゥリン城へと行くことになった。
城の近くまで歩き辺りを見回すと、高級な家が多くなってきた。
そして、トゥリン城に着くと大きな柵が開く。
「どうぞお入りください」
護衛の一人そういって、入っていく。
入ると、銅像や小さな噴水が両脇に六つくらいある。自然も整備され、とても綺麗だ。
周りに気を取られていると、護衛の中にいたツェーンが、
「まずは、ライナ様に挨拶をしてもらいます」
「はい、わかりました」
周りの護衛は居なくなり、ツェーンと二人きりになる。
すると、ツェーンが、
「ここには、何をしに来たんですか?」
「宿舎を営んでいるもので、他の宿舎がどうなってるか偵察に来たんです」
「そうだったんですか、おっそろそろライナ様の部屋に着きます」
鎧を着た兵士が、扉の端にいる。
その兵士が、扉を開けると中央にライナが座っていた。
金髪の巻き髪に、鋭い黄色の眼、美しい見た目は区長としては若い気がした。
後ろを見ると、ツェーンはいなくなり一人で入ることになる。
一歩ずつ、緊張しながら入る。後ろの扉が閉まり、静かになるとライナが、
「そう硬くなるな、とりあえず名前を言ってみろ」
「アガサ・レイです、護衛としてお世話になります」
「お前が世話になってどうする」
そういって、ライナは小馬鹿にして笑った。
「私はここの区長、アズル・ライナだ。今日からよろしく頼んだぞ」
「は、はい!」
と言ったところで、ライナが違う話をしだした。
「レイ、お前が来た理由はなんとなくわかるぞ」
「何でしょうか?」
「シュヴァルツ・エルフ関連であろう」
「な、何でそのことを!」
全てを知っていたかのような目で、ライナは俺のことを見る。
俺の反応を見て、楽しむかのようにライナは微笑む。
「私はな、少し特殊な目を持っていてな」
と言って自分の目を指さす。
指をさした方の目が、黄色から赤く変わり見ていると飲み込まれそうになった。
「この眼についてどのようなものかは、まだ教えないが私はお前の敵ではない。寧ろ味方になろうと思っている」
「で、でも俺の味方になって、ライナ様には何のメリットがあるんですか」
「そうだな、今のところはメリットになることは何一つとしてないだろう。だがお前が、シュヴァルツ・エルフを殲滅するという考えなら、私にとってもメリットになる」
「せ、殲滅したいっていう考えも知っていたのか……」
「大丈夫だ、誰にも言ってはいない。どうだ、私と組む気はないか?」
その問いに、無言で頷く。
すると、子供のような笑顔を見せ、
「そうかそうか、それではまず倒すのは、私の側近か?」
「何でも知ってるんですね。そうですよ、その通りです」
「よし、それでは私に任せろよレイ」
手を組むと決まった瞬間に、ライナは燥ぎだした。
こんな人物だとは思っていなかったが、明るく子供っぽい性格なら話しやすいか。
それにこれなら、№10スエレ・ツェーンを倒せる算段が付くかもしれない。
赤く輝くブラッディベイオネットを見ながら、俺はほくそ笑む。