第二話『シュヴァルツ・エルフ』
赤い剣は、持っているだけで自然と血を吸っていく。
自分の血が、奪われていくのが分かる。
「どうしたの?その剣、美しい見た目をしているけど、諸刃の剣みたいね」
「まだ何もしていないだろ!何故そんなことが分かる?」
「だってあなた、その剣を持った瞬間に顔色が悪くなったわよ」
そのことには自分でも勘付いていた。
ブラッディベイオネットが、血を欲している。自分の血だけで賄えるかわからないほど、多量の血を持っていっている。いつまで自分の体力が持つかは、わからない。でも戦うと決めたなら、最後までやり遂げなければいけないんだ。
ブラッディベイオネットの柄から、鉄の管の様なものが俺の腕に突き刺さり、血を吸っている。
「くそっ、何だよこれ。いってぇな」
「ふふふっ使う前から、使いこなせていないようね。それじゃ私は遠慮なくいくわよ」
一直線に、針を投げながら女は近づいてくる。
近づく女の針を躱し避けるが、目の前に来た瞬間に女は裾から短剣を出して、斬りかかる。
反応が遅れ、腕が斬られてしまう。血が滴る腕に、ブラッディベイオネットから伸びる管が出ている血を、零さぬ様にして、残らず吸っている。
「もういいや、ここまで血を欲してるなら俺の血、際限なく持っていけ!」
「とうとう狂っちゃったのかしら。その生き物みたいな剣、血を吸っているようだけど、そんなに吸わせたら、あなた死ぬんじゃない?」
俺の言った言葉で、ブラッディベイオネットが持っていく血の量が何倍にも増えた。
目の前が見えなくなってきた、立つのもやっとみたいだ。
だけど、俺はあいつを倒さないと。
ブラッディベイオネットは、吸った血を使い体を乗っ取る。見たことのない動きで、女に迫る。
「な、なによその動き!さっきまでとは、全く違うじゃない」
「…………」
「何とか言いなさいよ……っ」
女の腕が切り落とされる。
切り落とされた、腕の断片の血を吸いながら、体は無意識に動いていた。
「くそっくそっくそおぉぉぉ!私はこんなところで、死ぬ人間じゃない」
「……」
「や、やめて!やめてえぇぇ」
もう片方の腕も切り落とされる。
絶望的な表情で、両腕のない女が立って泣いている。
だが、剣を振る腕は止まることがなかった。
「いや、いやよ。こんなところで死ぬなんて、いや!」
「…………リーナ達だって、お前に殺されて死ぬなんて嫌だったさ‼」
真っ二つに切断された体が、森の自然に転がる。
殺し好きの女が、無様に殺された姿がそこにはあった。
「これで、俺も復讐とはいえ、人を殺したこの女と同じ奴ってことか」
後悔は何もないが、自分が人を殺したことに驚きを感じていた。
その思いとは裏腹にブラッディベイオネットは、真っ二つになった女から、血を全て吸い、出ていた管を柄に戻していた。
すると、血がなくなり抜け殻となった女から、アクセサリーが落ちていた。
「何だこれ」
拾い上げるとそこには、女の名前と何かの組織の名前が書いてあった。
「№11アーリー・サーシャ、これが此奴の名前か。それとこっちには、『シュヴァルツ・エルフ』って書かれてるな、何かの組織の名前か?」
『シュヴァルツ・エルフ』この組織が、この女と同じことをしているとしたら、また被害者が出るっていうのか。でも俺にはもう関係のないことだ。
残ったものなんて何一つとしてないし、また首を突っ込んで今度は俺自身が危ない目に合うなんて、自分の命さえ残らなくなってしまうじゃないか。
この件に関しては関わらないでおこう。
――それでいいのか?
「誰だ?」
――その女には数字が振ってあった、そしてシュヴァルツ・エルフのエルフというのは、妖精という意味ではなく十一という意味だ。
「な、なにを言っているんだ」
――だとしたらその女と同じような奴が、もう十人いるということだよ。それに同じような目に合う人間を、もう見たくはないだろ。まあ、組織の一人が死んだんだ、どっちにしろお前は一生狙われるだろうがな。
「おい、ブラッディベイオネット。おまえは何を知っているんだ?」
「…………」
「くそっ確かに聞こえたはずなのに……」
無視するブラッディベイオネット。
あと十人いる、奴らを俺は倒さないといけないのか。そんなのは嫌だ、何で俺がこんな目に。
すると、近くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「レイ……レイ」
その声は、倒れているリーナだった。
まだ息があるようで、必死に何かを言おうとしていた。
「リ、リーナ」
駆け寄ると、力のない声で何かを言っている。
その声を抱きしめながら、噛み締める様に聞く。
「レイ……私はレイに好きなことをしてほしい」
「喋っちゃだめだ、まだ君は助かる……」
リーナは首を振り、穏やかな表情になる。
「もういいの……私は大丈夫だから。レイはとってもいい人で、人の事ばっかり考えてさ、私にとってレイは英雄だから……でも人のためなんて言わずに、もう自分の好きなことをやって」
「ごめんリーナ、俺はその願い叶えられそうにないよ。君のそんな顔を見ていたら、また違う人が同じ被害に合うのをほっとけないや」
やつれた顔で、小さくリーナは笑みを浮かべた。
「もう……本当にレイはお人好しだね。あんまり……自分を追い込まないでね。だい……すきだよ………レイ」
その言葉を最後に、息をしなくなる。
力がなくなり、俺の腕にもたれ掛かるリーナ。その状態で温もりがなくなるまで、俺はリーナのことを抱いていた。
数日後。
俺はシュヴァルツ・エルフの殲滅を、目的にすることにした。
情報を手に入れるためには、どうしたらいいか考えた時、宿舎を再び営業し、冒険者から情報を聞くのが一番いいと思った。
他の方法を取れば、もう少し早く情報が入るかもしれない。だが、派手な行動をすれば察して、俺を殺しに来るであろう。
そのため、宿舎で徐々にシュヴァルツ・エルフのことを調べるのが、良い選択だと考えた。
「ていうことで、今日からよろしくね!」
「は、はい分かりましたレイさん」
「分かったわ」
この緊張している真面目そうな、短髪の白い髪をした少年は、ミカエ・アルノラ。
そしてもう一方の、冷たそうな雰囲気の水色ロングのストレートの髪をした少女は、ミカエ・ミナン。
二人は姉弟で、歳はあまり離れていないらしい。この二人と共に今日から、宿舎を営業する。
「アルノはお客さんが来たら、案内をしてくれるかな?」
「は、はい!」
「あんまり緊張しないで」
気を使ったつもりの言葉にも、深くお辞儀をするアルノラ。
「ミナンは、お昼の料理を作ったり運んだりしてくれるかな」
「分かってる、大丈夫よ」
ミナンは弟と違い、落ち着いている。
ここまで、姉弟で違うものなのか。
その日は、慣れてないこともあってか、二人は終わった後疲れ切っていた。
ミカエ姉弟とは、何処で会ったかというと、初めてブラッディベイオネットを使ったあの日の帰りだった。
リーナ達が死に、絶望したまま帰っていたとき、帰りに雨が降り出した。
足早に宿舎に帰り、死んだ人たちを一人づつ丁寧に埋めた。
「ごめんなさい、叔母さん叔父さん……俺リーナも守れませんでした」
その言葉には何も返ってこない。
足を引きずり、二人を埋めた場所から離れ宿舎に戻る。
椅子に寄りかかりながら、どうしたら助けられたか考えていると二人の少女と少年が、宿舎の扉を開けて入ってきた。
「あ、あのすいません。弟が熱を出して」
「…………」
少女の方がそう言った。
どうやら二人は服に血がついてるのを見る限り、何かの戦闘に巻き込まれ、弟は熱になり助けを求め、この宿に入ってきたようだ。
「そうか……とりあえずそこの椅子に座ってて」
「はい、わかりました。助かります」
姉と思われるほうが、お礼を言う。
布団を持ってきて、弟を横にして頭に水で濡らしたタオルをのせる。
「本当にありがとうございます!」
「いや、大丈夫だよ。一応聞くけど何があったの?」
「よくわかりませんが、変な人たちに親が殺されて。それで私とアルノは逃げてきたんです。
自分と似たようなことが、自分よりも小さい子達に起きたことに衝撃を受けた。
特に姉の方は、ショックを受けてもおかしくないのに、冷静だ。
だからこそ自分が、落ち込んで何もしないでいようとしたことが、情けなくなった。二人に俺は、提案をした。
「もしよかったら、二人ともここに住まない?」
「えっでも私たちは、突然来ただけなのに」
「勿論二人には、働いてもらうよ。丁度、ここの従業員が全員辞めちゃってさ。どうかな、嫌かい?」
「いえ、喜んで。ありがとうございます!」
姉のミナンは緊張が解けたのか、泣いて喜んでいた。
こうして、俺は二人の姉弟と、一緒に宿舎を営業することに決めた。