プロローグ
頭痛や目眩吐き気、そんなものに怯えることは無くなった。
血が足りない、貧血とかそういう意味ではなく、俺の手から離れない剣に、与える血が足りないんだ。
青年は、血塗られた地面に赤く染まった剣を引き摺りながら、狂った様子で歩く。
「ん……何か踏んじまった」
転がる死体を、踏んで言った。死体を見て、後退りする。
「血……俺じゃない、俺じゃないんだ」
大声で叫んだ声は、誰にも届かない、何の言葉も帰ってくることはない。
青年が後退りした、背後にも右にも左にも死体は、無数に転がっている。後悔したって遅い、血塗られた剣を一度手にしてしまったのだから。
家族を友人を仲間を救う為に抜いたその剣は、青年を狂わせ絶望させ、やがて自分さえも破滅へと追い込む。
抜かれた剣を、凝視して青年は、
「俺が間違っていたのか?」
何もない荒野にただ一人佇みながら、自分の胸に剣を突きつける。
「俺が死ねば……俺が死ねば問題ないだろ?」
正気ではない青年は、剣を心臓目掛けて刺す。血が吹き出し、辺りは一層血生臭くなる。
「や……やったぞ。これで、俺は」
――俺を一度使ったんだ、逃れることは出来ない。
声が何処かから聞こえると、剣から管が伸びて、心臓を覆い包み込む。
管は脈を打ち、血を与えているようだ。
「やめろ……そんなことをしたら、俺は」
――また血を与えないと、いけなくなるな。だがそれは、お前が選択したことだ。
血を吐きながら、意識が戻っていく青年。苦悩の表情を浮かべながらも、口角は上がり震えて、行き場のない感情は溢れ出し、半狂乱になっていた。
「終わらせてやる……全て俺が」
彼の名前はアガサ・レイ、血に飢えた剣の所有者だ。