8 魔獣の森へジャンプして
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《シュン視点》
ジャンプして出た場所は、この世界に一番最初に現れた森の中のポイントだった。俺を襲おうとしてロワクレスに倒されたドルガの姿は跡形もない。きっと、森の中に生息する獣に喰われたのだろう。
今も、生き物の蠢く気配が遠く近く感じられる。夜の森は獣の徘徊する危険な場所だった。
テレポーテーションは原則、既知の場所か認識した人物を目標に行う。未知の場所に出現した場合、そこが生存可能な場所か不明であるし、さらに生物内だったり地面や岩や金属塊のようにスペースのない場合もあるからだ。
そこで弾かれれば良いが、融合した場合大爆発が起こる。分子どころか原子レベルで一瞬に融合反応が起こるのだ。もちろん、テレポーターの命も同時に消える。
異能力がテレポーテーションしかなかった仲間が、戦争の最終場面で何人も生きた爆弾として使われたものだった。
俺はよくテレポーターと一緒に仕事をした。高性能爆薬や核爆弾を目標箇所に置き、俺がテレキネシスで爆破させるのだ。俺は生きた信管だった。最後まで重宝され、結果生き残った。
ちりりと左肩に痛みが走った。目を向ける。上半身裸のままジャンプしてきてしまった。
左肩の皮膚の下に、認識プレートが埋め込まれている。これせいで、俺はどこへ逃げても居場所を特定されたのだ。
これを無理に取り出そうとすると、あまねくカバーされたネットワークを通して高電圧が送られる。たちまち黒焦げになるという寸法だ。
だが、ここは俺のいた世界ではない。俺を脅かしてきたネットワークも存在していないのだ。
俺は肩に思念を込める。皮膚の下からプレートが出てくる。肉を裂き、皮膚を破って、赤く血塗れたプレートが出てきた。
これのせいで、俺はどれほどの屈辱を舐め、汚い仕事をしてきたか。
さらにテレキネシスの力を注いだ。
プレートを圧縮する。小さく丸め、ついで粉々に砕いた。
金属の細かい粉がきらきらと月の光に輝きながら、地面に落ちていく。
俺はにわかに高揚した気分に捉われて笑い出した。
俺は自由だ。自由になったのだ!
フウーグルルー!
闇に沈む木立の向こうに獣の気配を感じた。俺の血の匂いに釣られてきたのだろう。
一匹、二匹。 反対側からさらに一匹。
飛び掛かってくるタイミングを計って、木立の上にテレポートする。
飛び出した獣は互いにぶつかり合い、そのまま互いを襲い始め、死闘を開始した。
高い木立の枝に座り、空を仰ぐ。
一つの月は地平線に沈もうとしていた。空は降るほどに星が瞬いている。
人工の灯りがないせいか、星空がきれいだった。
ふいに涙が溢れる。
涙を零しながら、笑った。
星がきれいだってだけで、泣いているなんて。
夜空をこうして眺めるのも、生まれて初めてかもしれない。
この世界に来て、初めてのことばかりを経験している。
ロワクレス。
不思議な男だ。
初めて出会った、ろくに知りもしない男なのに、まるで警戒心を覚えない。
無条件で信頼してしまっている。
彼に嫌われたくない。
俺を抱こうとしてくれていたのに、俺は逃げてきてしまった。
彼はどう思っただろう。怒っているかもしれない。
彼に怒られてみるのもいいな。
それは、俺を一人の人間として見てくれるということだから。
肩の傷に手を当てた。
出血は止まっていた。傷もそのうち塞がるだろう。再生強化改造を受けているから、治癒力は通常人よりはるかに高い。
特に異能力の高いシングルナンバーは、高性能兵器として特化されていた。
それでも全身の骨が砕け内臓破裂を起こしていれば、致命傷だ。再生治癒力も間に合わない。ロワクレスが治癒を施してくれなければ、俺はあの時、確実に死んでいた。
ロワクレスは俺の命の恩人だ。彼のおかげで、こうして自由さえも手に入れることができた。彼にはいくら礼を返しても返しきれないだろう。
なんだかロワクレスの顔を見たくなってきた。
彼の部屋へと焦点を合わせようとした時、視界の隅に赤い火を捕らえる。
砦の反対側、森の向こう。
たぶん、国境の辺り。
ここから見てあれだけの大きさなら、かなりの規模の炎だろう。火災ではないらしい。人為的に火を焚いている。
森の向こうはロワクレスにとって敵国となる。
気になったので、俺はその火に向かってジャンプした。
テレポーターは敵地への侵入任務も多い。森の外れの一番高い木の枝に、こんもりした葉の影に潜むようにして降りる。
俺のズボンは濃いグレーだが、上半身は裸だ。炎や灯りを受ければ、夜の闇とはいえ浮き上がって見えるだろう。
上空にはまだ、もう一つの月が半月でかかっていた。十分に明るい。
火はさらに向こうの開けた平地に、大きな円を描いて並んでいるように見えた。円の中には別の輝きが不規則な線を描いているらしい。
目を凝らすと、その円の近辺に簡易宿泊のキャンプも敷かれている。なかなか大掛かりの構えのようだ。
潜める場所を探していたが、人気があまりにもないことに違和感を覚える。これだけの軍の規模だ。どれほど気配を消そうとしても消しきれるものではない。
思い切ってテレパシーを投入して見る。
テレパシーは便利だが諸刃の刃だ。感の良い人間なら通常人でも探りを入れたこちらを、逆に感知されてしまうのだ。
「うっ!」
思わず呻く。苦痛と恐怖の感情を捉えた。
助けを求めていて、動けないらしい。それが、一人、二人……三人。
他に思考する人間を捉えられない。
俺は思い切って、火の円の描かれた場所へとジャンプした。