7 逃げ出した俺
《シュン視点》
ロワクレスが俺にキスし、ソファに倒した。首や胸に愛撫を始めた。
いきなりの行為に驚いたが、気持ちが良くて流されそうになる。
優しい愛撫。このようにされたのは初めてだった。
俺の中に熱が生まれる。この行為で快感を得ることがあるなんて、初めて知った。
強制されたわけではないが、俺は受けてもいいと思った。
だから、あまり期待しないでくれと、一言断りを入れたのだ。
「命の礼だ。だが、俺はうまくできない。それでもいいなら、抱いてくれ」
ロワクレスはがばっと身を起こした。厳しい目で睨んでくる。
彼は俺が無垢な子供だと思ったのだろうか。そうだとしたら申し訳ないと思った。
きれいな俺をあげられなくて残念だという気持ちが湧いてくる。どうしてこんな気持ちになるんだろう?
俺たちミュータントは、人間以下のただの道具だ。何の権利もない。ミュータントで見目の良い者は男でも女でも、上官の命令一つで伽の相手をさせられた。俺たちにはそれを拒む権利も自由もなかった。
ミーシャなどは美人だったから、いつも相手を命じられて可哀想だった。力の行使を阻止する枷を掛けられ、おもちゃになるしかなかったのだ。
俺も度々相手を命じられた。だが苦痛しかないのだ。俺も意地でも反応などしてやらなかった。死体のようにされるがままの俺は面白くなかったらしい。俺を抱いた奴は二度と俺を呼ぶことはなかった。
軍の上層部なんて、どいつもこいつも腐った連中だった。自分では動かず、駒となる兵を投入するだけ。戦って命を捨てるのは、俺たちミュータントや兵士らだけだった。
連中には、単なるゲームでしかなかったのだろう。
「ロワ、あんたにがっかりされるのは、なんだか嫌なんだが。ダメージがでかい気がするよ」
ロワクレスの背中に腕を回しながら呟いた。
その時。
――彼に嫌われたくない。
ふいに思った。
このまま抱かれて、もう二度と抱きたくないと思われたら、どうしよう。
激しい焦燥感で、背中に冷たい汗が流れた。
俺に初めて微笑んでくれたロワクレス。
俺を大事な子供のように甘やかすロワクレス。
俺を魔獣から守ろうとしたロワクレス。
俺に優しくて熱いキスをくれたロワクレス。
彼が、俺の本当の姿を知ったら、果たしてこれまでのように接してくれるだろうか?
上官たちのように、冷たい目で見るようになるのだろうか?
「嫌だ! ロワ! 嫌だ!」
俺はロワクレスを拒絶し、身体を押しのけた。唖然としている彼の身体から逃れ、窓際の壁に立つ。
「俺は、あんたに抱かれるのは嫌だ!」
涙が頬を伝っているのを知って愕然とした。
俺が泣いている? これまで、一度も泣いたことがないのに?
仲間が死んでも、拷問のような人体改造を受けても。
「シュン! なぜ、泣く? 私の側に来い!」
ロワクレスが当惑したように手を差し伸べた。
俺は涙を流したまま、首を横に振った。
ロワクレスが立ち上がって、俺の所へ近づいてくる。
俺はテレポーテーションを発動した。
ロワクレスから逃げ出したのだ。
***
《ロワクレス視点》
シュンが私を拒絶した。
心を千の刃で貫かれたようだった。
なぜ、突然、拒絶されたのかわからない。先ほどまで、私の愛撫を受けていたはずだった。戸惑ってはいたが、シュンも感じて喜んでいたと思っていたのに。
シュンが抱かれた経験を告げてきた時はショックだった。だが、彼が望んでの行為ではなさそうだ。きっと、彼の辛い過去に関わることだったのだろう。
だからと言って、彼を嫌いになるはずがない。彼を受け入れられなくなるはずがない。
シュンは、私の唯一無二なのだ。
シュンは私と出会うために、この世界に来たのだとも言える。私の想いに比べれば、過去の事など取るに足らない些末なことだ。
だが、シュンは涙を流し、私を拒絶したまま姿を消した。まるで空気中に消えたかのようだった。
一瞬で消えた。
私は信じられない思いで、たった今までシュンがいた場所を見つめた。
転移魔法か?
いや、違う。
まったく異質の方法だ。きっと、シュンが言っていた異能力者の力なのだ。
私のもとから消え去るなんて!
いや、逃がさない!
シュンは私のものだ!
必ずこの手に取り戻す!
私は執務室に駆け入った。ブルナグムはもう仕事を終えたと見え、姿がない。
ブルナグムの部屋に行って叩き起こす。
「今、寝入ったところっすよー」
ブルナグムが眠たげな声で不満を訴えたが、意に介さない。
「シュンが消えた。彼を捜索して保護する」
「消えた? また、どうして? どうやって消えたんすか?」
「突然姿を消したのだ。おそらく彼の異能の力なのだろう」
「どこに行ったか判ってるんすか?」
「いや、わからない」
私は当惑した。彼がどこへ行ったのか、まるで見当がつかないのだ。そこを探せというのは、無茶な命令だと判っている。だが、私は彼を失うわけにはいかないのだ。
「まさか、これから森に入れと言うんじゃないっすよね? さっき魔物の大群と戦闘したばっかりっすよ。それでなくたって夜の森にあてどもなく捜索しろっなんて、無茶っすよ?」
ぐっと言葉に詰まる。ブルナグムの言い分は正しい。私は確かに冷静さを欠いていた。
「シュン君は見た目よりずっと優秀っす。しかも、転移魔法までできるんなら、夜の森でも大丈夫っす。夜が明けたら、朝一に捜索に入ります。隊長も疲れてるんすから、今は休んでください」
「……そうだな。それに、また戻ってくるかもしれん」
「そうっすよ。戻った時に、隊長が部屋にいなかったら、きっとまた、消えちゃいますよ」
私は焦燥の高まる心を押さえ、ブルナグムの助言を飲むことにした。