6 私の唯一無二※
BL的描写があります。苦手な方はご注意ください。
《シュン視点》
また、抱き上げられた。
そのまま、部屋へと連行された。
その間、周囲から驚く顔と痛いほどの視線を向けられるのも同じ。
いい加減慣れろよって? 慣れるわけないだろ!
魔獣の大群の襲撃後だからか、だいぶ夜も深まっているにも関わらず、まだ砦内は人々が動き回り騒然として落ち着かなかった。
だが、この隊長は一切を顧みずに、自分の部屋に俺を連れ込んだ。
――連れ込む……。
あまりいい印象の言葉ではないが、俺の心境としてはまさにそんな感じだった。
いったいこいつは何考えてるんだ?
「怪我はどうした? 見せてみろ?」
ロワクレスは俺を硬めのソファに下ろすと、訊いてきた。
さすがに隊長の部屋は広く、大きな寝台やらテーブルやら調度が揃っている。実用一点張りだが、最前線の砦内でこれだけ揃っていれば贅沢というものだろう。俺もごてごてとした装飾がついたものより、簡素な方が好きだ。
常日頃から慣れているから、と言われればそうなのかもしれない。だが、向こうの世界の上官の部屋のような無駄としか言いようのない華美な調度や品々は、見ているだけで反吐が出そうな思いがしたもの。
家具や調度はその機能が果たせれば十分なのだ。余計な装飾は掃除の手間を増やすばかりだろう。
俺は支給されたごわごわとするシャツを脱いだ。俺が着るとシャツというより、ロングシャツかワンピースという感じで、しょうがなく紐をもらってウエストで縛っている。
痩せてはいるが、これでも身長は170センチあるんだが。この世界の連中、何食ってこんなにでかいんだ?
包帯を解くと圧迫がなくなってすっきりする。ついでにシャワーでも使えたら最高なんだが、と思っていると、身体を検分していたロワクレスが満足そうに頷いてきた。
「骨も内臓もすっかり良くなったようだな。良かった」
「ロワ、あんたが治してくれたのか? ありがとう。正直、助かるとは思っていなかったんだ。それが、こんな短時間で完治するなんて、奇跡みたいだ」
「私も、これほどに治癒効果が現れるとは思っていなかった。私とシュンとは相性がいいらしい」
「相性?」
「ああ、シュンは私の唯一無二の存在なのだ」
「へ?」
意味が解らず当惑する俺の身体を抱きしめてくる。お、俺、上半身裸なんだが……。
わかっているのかいないのか、ロワクレスはそのまま肩に顔を埋めてきた。
「私の唯一無二が異世界にあったとは。この出会いは、だから、運命なのだ。シュン、これまでどんな辛いことがあったのかは知らぬ。だが、私はお前を決して不幸にはしない。悲しい思いをさせはしない」
ロワクレスの両手が俺の顔を挟んで、じっと見つめる。氷山の氷のような澄んだ青い瞳が鉄のような強い意思の力を称えていた。俺はその美しい色にただ見惚れていた。
まるでベンガルトラに睨まれたウサギのように身動きができなかった。
***
《ロワクレス視点》
黒い瞳をじっと見つめる。夜空のような闇の色。燭の灯りにきらきらと揺れて美しい。
私の唯一無二。
離さない。
私のものだ。
誰にも渡さない。
私は彼の瞳を見つめながら、赤い唇を啄んだ。少しひび割れた荒れた唇を湿すように舌で舐める。
他人の唇に触れたのは初めてだった。
唇とはこれほどに甘いものなのか。
男女が口づけを交わす場面を幾度となく見てきたが、これまでまるで関心がなかった。他人と接触するなんて、気持ち悪くないのだろうか、と言うのが私の正直な感想だった。
だが、口づけがこれほど甘美なものならば。
なるほど、みながあれほど夢中になるのも、判ると言うもの。
びっくりしているのか身体を硬くして固まっていたシュンが、私を振り解こうと身動きし始めた。だが、私は彼の頭と背を捉え、さらに唇を貪った。
「やめっ……」
抗議の声を上げた息を吸い、開いた口の中に舌を差し入れて彼の舌を捕らえる。逃がさない。全ては私のものだ。これは既に決定されていることだ。
抗う力を捻じ伏せようとソファに押し倒し、なおも貪る。
やがて、シュンの身体から抵抗する力が消えた。
荒い息を弾ませる彼の唇から離れると、細い華奢な首筋に唇を落として吸う。
ぴくりと彼の身体が跳ねた。
汗ばんだ肌は良い匂いがした。汗くさいはずなのに、私には極上の香りのように感じる。これも唯一無二だからだろうか?
彼の潤んだ瞳を私の目に縫いとめたまま滑らかな肌に手を滑らせた。
ぴったりした彼の下服を通してシュンのそれが兆し始めているのを知り、喜びを覚える。
シュンは男だったが、私には何の問題も感じなかった。この国で男同士の恋愛は少なくない。特に男集団の軍や兵士の間では、むしろ普通なくらいだった。
まして、シュンは私の唯一無二の存在。なぜ、ためらう必要があるだろう。
「……ロワ……」
シュンが掠れた声を上げた。
私は顔を上げ、シュンの目を見る。
シュンの美しい瞳は潤み頬に赤みが差していたが、反して冷静な表情にどきりと胸の熱が冷えていく。
「ロワ、お、俺の身体が欲しいのか? 俺の命を助けてくれたんだ。そのくらい、いくらでもくれてやる。命の礼だ」
「シュン……?」
「だが、俺はうまくできない。これまで、上官の命令で無理やりつき合わされたことがあったが、いつもつまらないと怒鳴られた。苦痛しかなかった。応えるのは無理だと思う。それでもいいなら、抱いてくれ」
私の心が氷のように冷えていくのを感じた。
シュン、何を言っている?
命を助けた礼に抱かれると?
お前を抱いた男が、以前にもいたと?
お前の気持ちはどうなのだ?
そして、私は一度も彼の気持ちを確かめていないことに気が付いて、愕然とした。
私は唯一無二を得たというそれだけで舞い上がり、一方的に気持ちを押し付けていただけだった。
彼の過去も、彼の苦痛も悲しみも、彼の気持ちも、何も知らない……。
「ロワ、あんたにがっかりされるのは、なんだか嫌なんだが。ダメージがでかい気がするよ」
シュンは私の背中に手を伸ばし、困ったように胸に顔を埋めた。