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5 氷鉄の騎士

 《ブルナグム視点》


 いや、驚いた。たまげた。

 天地がひっくり返ってもおかしくない。


 正直、魔獣の大群の襲来より、衝撃的だ。

 魔獣の襲撃はどんな規模でだって、一応想定内だ。

 だが、これは、想定外の範囲もはるか超えている。


 あの氷鉄の騎士ロワクレス隊長が、保護した少年をずっと抱きあげて歩いているのだから。

 砦のみんなも、あり得ない隊長の姿に目が点になったまま呆然と見送るばかりだった。


 にこりと笑うどころか、顔の表情筋が死んでるんじゃないかというくらい無表情で、視線を向けられれば心臓が止まるような厳しい眼差しの男が。




 我がテスニア王国の敬愛なる陛下にさえも笑みを見せず、実の両親や弟妹たちにすらも笑ったことがないという。


 眩しいほどの金髪で、まばゆいばかりの端整な貌で。

 剣をとれば敵う者なく、魔法の威力も破壊的な二十五歳。

 王家と縁を結んだ貴族の出で、若くして第二騎士隊隊長を務める精鋭。

 俺より三つも年下だが、出来が違う。


 女も男も老いも若きも、一目見れば魂を奪われるいい男。

 だが、その青い眼は澄んだ氷の刃の鋭さで、誰もみな恐怖に恐れおののいてしまう。



 悪い男ではない。部下想いのいい上司だ。

 厳しくはあるが理不尽ではない。容赦はしないが非情ではない。果敢ではあるが無謀でもない。

 不正を嫌い、融通性は乏しいが、真っすぐな男で。


 だが、いかんせん。目がいけない。

 あの無感情の氷鉄の目が。

 あの目を見たらどんな女も言い寄れない。子供は泣き出す。大の男も怯えだす。


 睨まれた魔獣が脱兎のごとく逃げ出すのを目撃したのは、きっと俺だけではないだろう。



 以前、陛下が彼を自分の側に召して、王付き近衛隊隊長にならぬかと仰せられたことがあったらしい。

 遠目に眺める分には、実に目の保養だものな。

 ゆくゆくは騎士団の長官か、軍の総司令官にでもという腹つもりもあったらしいと言う噂だ。

 そんな夢のようなおいしい話なのに。


「陛下、本当に私などで宜しいのですか? 私がおそばにあって、苦痛であらせられないと?」


 そう言って陛下を見据えたらしい。あの氷鉄の眼差しで。にこりともせず、無表情に。

 陛下は顔を引き攣らせ、ロワクレスを近衛騎士にすることを諦めた。




 脳天気で頭に花が咲いていると言われる俺でさえ、隊長の眼は見られない。報告する時も会話する時も、俺は隊長の目を避け、口元を凝視しているのだ。

 傍目には、お気楽そうによくしゃべれるなと感心されるが、それもこの努力の甲斐あってのたまものだ。


 だが、俺だけでも隊長の側にいてやらなくては、隊長は本当にたった一人になってしまう。誰もが近づこうとしないのだから、誰かが伝達役を買ってやらねばならない。


 何度も言うようだが、隊長は決して恐ろしい男ではないのだ。たぶん、みんなが思うほど冷たい男でもないのだろう。

 ただ、感情表現ができないだけなのだ、と俺は信じている。時々、ぐらぐらとその信念が揺らぐ時も確かにあるけれど。




 その隊長が、拾ってきた少年を手放さないのだ。

 執務室の中でも、なんと膝にだ! 膝に乗せたまま。


 大怪我をしていたから歩かせられないのだという大義名分も、膝抱っこではさすがに無理がある。

 少年のほうも居心地が悪そうに見える。きっと、解放されたがっている。


 少年は十三歳ほどに見えた。珍しい黒い髪に黒い目。肌は白く滑らかで少女のように綺麗だった。大きな黒い瞳はぱっちりと大きく神秘的で、俺でさえ見入ってしまう。

 だが、表情はほとんど動かない。醒めた目をひたと据えてくる。その年らしくなく妙に冷静な少年だった。まるで人形みたいだ。



 隊長は少年を抱いたままで要請書を書こうと、机の上を片手で掻き混ぜている。

 机の上はカオスだった。


 副官の俺もいいかげん整理整頓は苦手だが、隊長も得意ではない。

 まして、王都からひんぱんに来る様々な文書や要請書やなんたらをうるさがって放置するものだから、次々と積み重ねられ、もはやどこに何があるか誰にも判らない。


 魔獣討伐にも忙しく、放置に放置を重ねてこのありさまだった。


「あっ」


 思わず声が出た。

 不安定に積み上げられた書類が雪崩を起こして崩れるのは、もはやお約束だった。

 混沌が床の上にまでさらに広がる様子を目に浮かべ、俺は絶望感に囚われた。

 その時、落ちかけた書類の束が空中浮揚を始めた。


 俺は見た。

 膝の上に乗せられた少年の目が光ったのを。


 燭の灯りだけの薄暗い部屋の中で、少年の黒い目が光を放って輝いた。隊長は少年の背後にいたから、その目を見てはいないだろう。


 書類や手紙や文書が自主的に移動し、机の上は見る間に整然とした。

 その上、片付けられた手元には要請書の用紙がひらりと開かれて、さあ書いてくださいと言っている。


 いいな。この魔法。

 一家に一台、お片付け魔法。

 俺、二台欲しい。


 だが、魔法ではないと、少年は言った。


「俺は、あんた達とは違う世界の人間だ。だから、言葉も、文化も、発現させる力も違う」


 衝撃発言だった。

 少年は醒めた顔で淡々と話した。

 子供らしからぬ――でも、十七歳と言っていたから、子供ではないのか――落ち着いた口調だった。

 隊長とどこか似ている?


 急に激しい感情をぶつけてきたあとで暗く黙り込んでしまったシュンを、隊長が再び抱き上げて執務室から出て行ってしまった。

 これも衝撃だった。


 で、俺は隊長の代わりに、王都へ要請書を書かねばならなくなった。

 実に衝撃だ。

 誰か、俺の代わりに書いてくれ!

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