4 抱っこじゃない、これは拘束だ!
《シュン視点》
ロワクレスの攻撃はどんな異能力なのだろうと考えていた俺は、いきなり抱きしめられてぎょっとした。強い力で抱き上げられ、足が浮く。
そういえば、こいつはやたら背が高かった。その上、俺の体重もものともしないらしい。
子供扱いされたようで、ちょっと、いや、かなりへこんだ。
『シュン! すごい! どういう魔法なのだ? 魔力を感じなかったし、詠唱もなかったな?』
「魔法? 俺は魔法は使えないぞ?」
ロワクレスが驚いて顔を覗き込んでくる。だから、抱き上げたまま顔を見ないでくれ。至近距離すぎるだろ?
『じゃあ、シュンが使った力は何なんだ?』
「ロワ。下ろしてくれ。いろいろ互いに情報交換する必要があるみたいだ。砦に戻ろう」
俺は何とか抱きあげられた状態から逃れようと身を捩った。しかし、この馬鹿力はなんなんだ? びくともしやしない。
俺が身もがきしたせいか、やっと俺が怪我していたことを思い出したらしい。
『あ、すまん! 大丈夫か? 痛かったか?』
まあ、すでに治ってはいたんだが。
骨が砕けたままだったら、抱きしめられた時点で死んでいる。だいたい、ここへ来ることも不可能だったろう。
「怪我は治ったようだ。だから、下ろしてくれ」
『治って良かった。だが、先ほどまで重傷だったのだ。私が運んでやろう』
だからって、抱く腕にさらに力をこめるってないだろ? 普通、緩めてくれるものじゃないか?
これは、立派な拘束だと思うぞ!
ロワクレスは俺の抗議も聞かず、抱きかかえたまま砦に向かいだした。小さな子供みたいに片腕に腰を抱えられる。大股で歩く揺れに落とされまいと、つい首に手を回してしがみ付いた俺もたいがいだ。
この俺が! M・S随一と言われた俺が!
抱っこされているなんて!
俺は恥ずかしさのあまり、赤くなった顔をロワの胸に隠してしまった。
ロワクレスは俺を抱き上げたまま、砦内の執務室へ入った。その間、出会う人々、すれ違う面々の視線が耐えがたかった。誰もが、口を開け言葉を発する事さえ忘れている驚愕ぶりだ。
それなのに、こいつは執務室の机の前に座って、俺を膝の上に座らせた。テレポートして逃げたくとも、身体に一部でも接しているとこいつまで連れてジャンプすることになる。
それに未知の世界の未知の状況だ。なるべく自分の能力は知られないに越したことはない。
少なくとも、今の状況は死ぬほど恥ずかしくはあるが、死ぬ危険はないだろう。なので、とりあえず俺は辛抱することにした。
「やけに気に入ったんっすね」
短く刈った赤毛の男が呆れた顔でロワクレスに気安く声をかけてきた。隊長のロワクレスよりもガタイが良く、腕など丸太のようだが、そばかすが浮いた顔は意外にお茶目な感じだった。
「シュンだ。今回、一番の戦功者だ」
功を立てた男を膝抱っこする規則でもあるのか! よっぽどつっこみを入れたいと思ったがその前に、この図体は重いが頭は軽そうな男が自分を紹介してきた。
「俺、ブルナグム・ギムガン。ロワクレス隊長の副官やってまっす。ブルって呼んでくれていいっす」
そして、灰色の目を瞬きながら、立て板に水のごとく喋り出した。
「こんなちっこいのに、すごい能力者なんすねー。で、どうして、こんな森にいたんすかー? ひょっとして、迷子? あ、森の魔獣に襲われて、一人になっちまったっすか? ああー。ごめんねー。悪い事聞いちゃったすねー。可愛そうに。辛かったっすよねー。こんなに小さいのに―。ロワ隊長にうーんと甘えていいっすよ。なんなら、俺が抱っこしましょうか? 隊長は愛想がないというか、怖いっすからね。子供なんか、隊長に睨まれると泣いちゃうんすよねー。その点、俺は子供にも大人気っすから。優しいっすよ。俺に甘えていいっすよー」
手を伸ばして俺を抱き上げようとすると、ロワクレスがびたん! とその手を叩き払った。思いっきりの手加減なしの音で痛そうだ。ブルナグムも赤くなった手をひらひらさせている。
「隊長―。ひどいっす。まるっきり、本気っす!」
「そんなことより、王都へ報告を出すぞ。今回の件は異常すぎる。至急に調査隊を派遣してもらわねばならん。応援のほうも急がせろ! 督促を出せ! こんな襲撃が、これから二度も三度も来るようなら、我々だけでは防ぎきれん」
ロワクレスが俺を拘束した左手を外さないものだから、片手だけで机の上を探し始めた。
だが、机の上が乱雑すぎる。いろいろな文書や報告書が積もっていて訳の分からない状態になっていた。
危うい形に高く重ねられている文書の山に手が触れる。
「あっ!」
ロワクレスとブルナグムの口から声が出たが、文書が無情にも雪崩を起こして机の向こうへと落ちていく。
俺はテレキネシスを発動して文書の落下を止めた。ついでに、文書の山を整えると同時に、机の上に乱雑に積もっていた諸々をだいたい同じような種類ごとにまとめて重ねた。
ロワクレスが取り出そうとしていた書類を、それらの中から取り出して目の前に広げてやる。書類はロワクレスが考えたイメージを捕らえて、どれがそうなのか分かったのだ。
「す、すごいっすねー。これ、さっき、魔獣をやっつけた時に見せた力っすよね?」
ブルナグムが目を大きく見開いてはしゃいだ。
「これは魔法じゃないと言っていたな? どういう方法でやったんだ?」
ロワクレスも驚きを隠せないようだった。
「説明する前に、ここから降ろして欲しい。俺は子供じゃないといっただろう? 十七なんだ。あんたたちほどでかくないだけだ」
「え? 十七? とても、見えないっす!」
ロワクレスが渋々という感じで、やっと俺を膝から解放してくれた。
***
椅子に座って、机の向こうのロワクレスに向かう。ブルナグム副官は机の横に椅子を運び、興味津々とロワクレスと俺を眺めていた。
魔獣の襲撃は夜に入る頃だったから、もう深夜も過ぎている。さすがに疲れも出てきたが、こんなにいろいろ不明のまま休むこともできなかった。
二個の月。見たこともない配列の星。地球人そのものに見えるのに、まるで過去にでも戻ったかのような文化形態。未知の言語。そして、魔獣と魔法。
非常識なあり得ない事態ではあるが、俺は現実を受け入れることにした。きっと、重力波攻撃を受けている中での強引なテレポーテーションが、こういう現象を招いたのに違いない。
「俺は一つの結論に至った」
既に俺はここの言語をだいたいにおいて会話できるほどには習得していた。わからない単語はテレパシーで相手から引き出せばいいだけのことだ。
「俺は、あんた達とは違う世界の人間だ。だから、言葉も、文化も、発現させる力も違う」
「どうやってここへきたんだ?」
ロワクレスが訊いてきた。俺の言葉に驚きと不審を覚えたろうに、それを表情に示さない。完全に自制した何の感情も浮かべない冷徹な統率者の眼だ。
肉食爬虫類のような無機質なそれでもなく、嗜虐の欲に染まった酷薄なそれでもない。
己の感情を殺し必要な判断を果敢に下せる男の眼だった。きっと優秀な隊長なのだろう。
俺は好ましく思って見つめた。こういう上官だったら、いくらでも俺の命をくれたやったろう。いや、こういう男がいたら、あんな戦争も、あんな非人道的な戦い方もありはしなかったろう。
「いろいろな条件が重なった事故だ。だから、こういう事は二度は起こらないだろうし、起こすこともできない。つまり、俺は二度とこの世界から、もとの世界に戻れないということだ」
むしろそのほうが俺としてはありがたい。 もとの世界に、俺の居場所はない。帰れば、殺処分されるだけだ。
「俺のいた世界には、魔法というものも、魔獣も存在していない。だから、あんたたちがやってみせた魔法には、ひどく驚いた。俺が使った力はテレキネシスという。意思の力で離れたものを動かす力だ。といっても、俺の世界でもだれでもできるわけではない。極めて特殊な者だけだ。頭の脳が特異に発達しているらしい。だからそういう力を持つ者は異能者と呼ばれた」
「きっと大事にされたのだろうな。稀なる力を使える者として、高い地位にあったに違いない」
ロワクレスの言葉に突如、感情が暴発した。
「はっ! 大事に? まさか! 化け物さ。疎まれ、嫌悪されるものでしかない。便利な道具にされ、用が済めば排除されるだけだ」
思わず立ち上がり、吐き捨てるように毒づいていた。
ロワクレスたちにはまったく関係がないのに。これまでの溜まっていた悔しさ、理不尽さが爆発してしまった。
俺たちだって、同じ人間なのに。同じ赤い血が流れ、喜びも悲しみも苦痛もあるのに。
特異な能力があるというだけで、身体を改造され、脳を強化され、ますます人間離れした力を与えられた。兵器として使用するために。
ミュータント・セクション。略してM・S。それが俺たちの所属する部隊だった。
仲間の顔を思い出す。戦争で消耗品の道具として扱われ、生き残った者達も存在を疎まれ危険視されて、容赦なく狩り出され殺されていった。俺はその最後の一人だった。
自分の思いの中に思わず知らず囚われていたらしい。二人の人間がいたというのに。まったく無警戒なことに。
いきなり抱きしめられて、我に返った。
いつの間にかロワクレスが側にきて、俺を抱きしめていた。ブルナグムの驚いた顔が見える。
俺も驚いている。
なぜ、気が付かなかったんだ? 呆けるにもほどがある。
なぜ、こいつだけ気配が読めない? いや、違う。警戒感が生じないのだ。だから、俺の無意識下のセンサーが働かない。
どうして? 子供扱いされて抱かれてばかりいるからか?
「シュン。そのような悲しい顔をするな」
悲しい? 俺はそういう表情をしていたのか?
「ブル。さっき、私が言った事。王都へ向けて早急にやってくれ。緊急事項だ」
「はあ。督促出すんっすね」
間の抜けた顔をするブルナグムに頷くと、ロワクレスは俺を抱きあげたまま執務室を出た。