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3 森で拾った少年

 《ロワクレス視点》


 剣から逃れたドルガを追った。急に魔獣が頻繁に出現する非常事態に、西の砦の応援に来ている。砦を担当していた国境守備軍第五部隊はほぼ全滅に近く、負傷者を町の医療施設に送り込むと、もうほとんど残っていない有様だった。


 王都から緊急に駆け付けたが、その日から毎日のように魔獣討伐に明け暮れていた。出現する魔獣はドルガやガラドなど凶暴な魔物が多い。


 我々第二騎士団でも怪我人が続出している。今日も討伐に出ていた。最後の魔獣ドルガに逃げられ追った。

 深い森の中を移動する魔獣は我々より自在に速く走れる。一瞬、姿を見失った。慌てて気配を探り、ドルガの居場所をつきとめる。



 木々の間を縫い、絡み合う蔦を切り払って魔獣に迫ると、地面に倒れている子供の姿が見えた。ドルガが子供を襲ったのか。


 しまった! という思いで、背後からドルガに切り付ける。炎の魔力を纏わせた剣は切り裂く以上のダメージを与える。再生を阻止し炎で身を焼くのだ。ドルガの首を落として仕留めた。


 

  子供は意識がないようだった。ドルガにやられたのか、血反吐を吐いてぐったりしていた。

 珍しい黒い髪だった。初めて見る。服も体の線に沿うような変わった衣装だった。この国の者ではないのかもしれない。


 服の上からも、酷い有様なことがわかる。不自然にでこぼこした身体は骨が砕けているからだ。血反吐は内臓に損傷があるからだろう。瀕死のせいか、魔力は全く感じられなかった。


 助からないかもしれない。そう思ったが、それでも肩に手を当ててみた。


「!」


 当てた手が熱を発した。自分から少年へと力が注がれていくのが目に見えるようにわかった。

 びっくりしたが、手を放そうとは思わなかった。




 私は治癒が苦手だった。魔力は高い。魔術師になれといわれるほどに。だが、治癒ができない。治癒ができれば救える命もあるのだ。

 以前、治癒を専門とする魔術師に教えを乞うたことがある。だが、その治癒師は私を視て、首を横に振った。


「誰にでも向き、不向きがあります。あなたは他人を治療するには向いておられません。あなたの魔力は他人を拒絶しています。それでは治療はできません。あなたは騎士として闘うことこそ相応しいのでしょう」


 その言葉は、私自身の性格を指摘されたような気がした。

 誰にも心を開かず、受け入れようとしない自身の性向。

 親や弟妹さえにも親しみがもてないのだ。

 全てを拒絶してしまう。心が動かない。たぶん、私は人として何か大切なものを欠落しているのだろう。


 人は私を氷鉄の騎士と呼ぶ。


 それでも騎士として闘うにあたり、一向に不都合はなかった。

 副官のブルナグムは私と正反対の性格で陽気で人懐っこく、隊をよくまとめてくれる。物事にこだわらない性質が、私のような男を上司としてもやっていけるのだろう。少々、こだわらなさすぎるが。




 その私が、今、この子供を治癒している。これを驚くなと言う方が無理であろう。しかも、物凄いスピードで回復している。

 少年の身体の中がうねって動いているのが見えるのだ。手の先から熱が伝わり、私の全身まで熱く燃えるような気がした。

 そして、同時に少年から何かが伝わってくる。私の中で何かを溶かしていくような温かい――いや、むしろ熱いものが。


 顔についていた無数の傷も消えていた。これほどの治癒効果は初めて見る。

 吐いた血が口から顎にかけてこびりついていた。私は浄化を施し、彼の汚れを一切取り去ってやった。


 汚れが消えた少年は美しかった。苦痛にもがき呻いたが、意識を取り戻すにはいかなかったらしい。

 私は彼を抱きかかえると、その幼い唇の形を指でそっとなぞった。


 ***


 少年を砦に連れて帰ってきたが、診療部屋の寝台は怪我人で一杯だった。私は使われていない一室に彼を寝かせ、治療師のロドに診せた。

 ロドは私の隊の治療師で、魔力も高く腕もいい。灰色に近いくすんだ銀髪を肩の上で切りそろえた細身の男。私が第二騎士隊に赴任して以来の付き合いだった。私より七歳年上である。


 服を脱がせようとしたが、紐もボタンも見当たらない。脱がせ方がわからず、やむなくナイフで切り裂いて開く。下に着ていた薄い物も脱がせると、白い肌が現れた。

 骨が折れていたことを話すと、ロドはてきぱきと固定の包帯を巻いていく。


 それを見守りながら、ロドが彼の肌に触れることに嫌悪を感じて当惑する。少年の肌を見せたくないと思っている自分に呆れる。

 彼の上半身が包帯に覆われるとほっとした。




 ロドに少年を治癒した様子を話した。ロドはかなり驚いた様子だったが、しばらく考えて口を開いた。


「それは、魔力の相性が合ったからかもしれませんね。滅多にないことなのですが、世には魔力や体質がぴったり重なるほどに相性の良い者がいると聞きます。世にただ一人の者だそうです」

「相性が合う?」

「そうです。唯一無二の存在ということです」


 忙しいロドが退室した後も、私はしばらく少年の側に残って、彼を見つめていた。


 ――唯一無二の存在? この少年が?




 今日の魔獣討伐の後始末と雑務の処理を終えた後、再び少年の部屋へ向かった。

 私の足音で気づいたのか、彼が目を覚ました。


「気が付いたのか?」


 声をかけたが、驚いたような顔をしている。

 少年の瞳は闇のような黒い色だった。神秘的で美しい。わたしは陶然と見惚れてしまった。

 少年は警戒し冷ややかな雰囲気を纏っている。冷静な性質らしい。


 さらに言葉を繋げると、彼は淀みない口調で感謝を述べてきた。幼い子供の割にはしっかりとした返事だった。

 それが彼は自分は子供ではない、十七歳だと言ってきたのだ。


 驚いた。とてもそう見えない。どう見ても十三歳かせいぜいよくて十五歳あたりにしか見えない。

 それなのに、子供ではないと彼は真剣に主張している。


 ――可愛い。


 自然に笑みが浮かんだ。この私が微笑んだのだ。


 ***


 魔獣が大挙して押し寄せてきた。十、二十の数ではない。総攻撃のようだ。いったい、何が起こっているのだ?

 これほどの魔獣の大群が襲ってくることなど、これまでなかったことだ。

 砦の全軍で迎撃に出たが、余りの多さに絶望的になる。我が勇壮なる第二騎士隊でも防げるかどうか。



 ドルガを切り伏せながら、砦の一室で傷ついた身体を横たえているシュンを案じた。この魔獣を一体でも砦へ入らせたら、あの少年はひとたまりもなく殺されてしまうだろう。


 魔法で攻撃するには、魔獣は多すぎ散らばりすぎている。仲間の兵士まで巻き添えになってしまう。だが、剣で一体づつ倒していては、とうてい間に合わない!


「シュン!」


 私は絶望に叫んでいた。この世の唯一無二の存在かもしれない彼に出会えたというのに、もう失ってしまうのか!



 すると、そのシュンが私の背後に突然、現れた。なぜ、ここにいるのか? 

 だが、シュンは思いがけないことを私に告げた。


「俺も闘う」


 言葉をなくしている私の目の前で、魔獣が10体、空中高く飛んで行く。そして、こちらに進んでくる魔獣どもの上に、目にも止まらないような速度で落ちた。


 一瞬だった。

 そこには全身から血を叩き出された魔獣だった残骸があるだけだった。


 シュンは魔法を使えるのか? 彼から魔力は全く感じないのだが。隣にいる今でさえも、全く感じとれない。

 だが、この魔法は使える。


「魔獣を一か所に集められるか?」


 シュンはそれをやってのけた。

 たちまち目の前に、魔獣の山が積まれる。

 魔獣が一か所に集まってくれれば、私の魔法が有効に使える。

 紅蓮の炎で一網打尽にした。


 西の砦を失うかと思われた魔獣の大群の襲撃を無事防ぎ止めたのだ。

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