31 きっと、愛してる ※
お読みいただきありがとうございます。
ボーイズラブ的描写がございます。苦手な方はご注意ください。
《ロワクレス視点》
温かい確かな重みを胸に感じても私は信じられない思いで、腕の中のシュンを見た。
「シュン?」
シュンはがくりと頭を落とし、意識がなかった。
顔も腕も、流れる血と火傷で赤く染まり、着衣はぼろぼろに裂けて焼け焦げていた。
あの爆発の中にいたはず。
よくぞ脱出してくれた。よくぞ、生きていてくれた。
私はシュンを抱き上げ直し、寝台へとそっと寝かせた。
上着に手をかけると、パラパラと紙のように崩れ落ちた。現れた肌もひどい火傷に火ぶくれを起こしていた。その上、爆風を受けたのか内出血で色がどす黒く変わり、ところどころ出血さえしている。
尋常でなく丈夫な濃いグレーのズボンや黒いブーツでさえもところどころ裂けて焼け焦げていた。
ブーツをそっと外し。ベルトに手を掛ける。
変わった造りのベルトで外すのに苦労したが、どこか仕掛けでもあったのか、カチャリと音がするとぱかっと留め具のバックルが開いた。
ズボンはブーツと同じように、小さな金具を下ろすと前の部分が開いた。
ズボンを外すと、見えなかった脚もやはりひどく傷ついているのがわかる。
洗浄魔法で血や汚れを清め、火傷や傷口に手を当てていく。
当てた端からすぐに手は熱く魔力が籠り、私の身体も燃え上がるように熱を持つ。意図する前から治癒の魔力が湧きおこり、注がれていく状態だった。
こうして治癒の手を指し伸べると、やはり唯一無二なのだと実感を得る。
彼と一つになれたら、その時の歓びはいかほどになるだろうかと、思うだけでも期待で胸がざわざわと騒ぎ、苦しささえ覚えるほどだった。
手を当てさえすれば、どんなひどい傷もみるみる快癒していく。シュンの顔形さえ変えるほどだった火傷も傷も跡形もなく消えて、きれいな肌が戻る。
額に唇を落として、大きなタオルで彼を包んだ。
廊下に出て浴室に湯を用意させるよう声をかける。ブルナグムが飛んできた。
「シュン君が? シュン君が戻ったんすか?」
でかい図体のくせに、こいつは妙に感が良い。
「ああ、今治療を終えたところだ。あの爆発を受けたのだ。ひどい火傷と傷だった。まだ意識は戻っていない」
ブルナグムは私の肩越しに廊下から寝台の方を窺っていたが、ほっと安堵の息をつくのがわかった。
「良かったっす。シュン君が戻って。隊長。もう、急ぎの用はないっすから、シュン君のそばにいてやってくだっさい。食事、運ばせるっす。それじゃ!」
そしてまた、ばたばたと執務室に戻って行った。騒々しい奴だ。残務処理がまだ、山ほど残っているだろうに。だが、せっかくの副官の好意、私は遠慮なく甘んじるつもりだった。
浴槽に湯が張られ、私はタオルごとシュンを抱え上げた。全身に及ぶ治癒で熱を注がれたシュンの身体は汗ばんでいた。浄化魔法ではなく、ゆっくりと風呂に浸からせてやりたかった。
浴室に入って少し逡巡したが、シュンをそっと横たえると私は手早く服を脱いだ。シュンを覆っていたタオルを解き、彼の下履きも外してしまう。幼く見えてしまう彼のものについ目が吸い寄せられる。
そんな自分を叱責し、シュンを抱きかかえたまま浴槽に入った。シュンだけを湯に浸からせることは勿論、可能なのだが、私はもう彼を少しでも手放すのが嫌だった。
温かい湯に横向きに抱いたまま身を沈め、そっとシュンの身体を拭ってやる。
「ん……」
声があがり、シュンが目を開けた。まっすぐ私を見てにっこりしたが、次いで戸惑ったように目を周囲に彷徨わせ始めた。
「な、何やってるんだ?」
シュンが咎めるように焦った声を出す。
「風呂に入れているのだ。暴れるな。落としてしまう」
「そ、そういう問題じゃないだろ? なんで、風呂なんか! なんで、あんたと一緒に入ってるんだ? っていうか、なに、俺をあんたが入れてるんだ? 上官なのに! へ、へんだろ?」
シュンはだいぶ混乱しているらしい。
「どこか滲みたり、痛いところはないか?」
「あ! そう言えば、俺、火傷……、怪我もしていたはず……あれ?」
シュンは自分の身体をあちこち見回した。左胸の赤い花は消えてしまっていた。また、つけてやらなくては。今度はどこに咲かせようか。
「すっかり痕がなくなっている。どこにも火傷が残っていない。すごいな。ロワ、あんたが治癒してくれたんだな。ありがとう、ロワ」
「私の唯一無二なのだ。そのくらい、当然だ」
私の言葉で何か思い出したらしい。はっとした顔をしてシュンは黙ってしまった。私は彼の腕や背中を布で拭いながら言葉をかけた。
「覚えているか? シュン。今回の件が終わったら、考えてくれと言ったことを?」
こくりと頷いてくる。その耳元に口を寄せた。
「で、どうだ? 考えてくれぬか?」
シュンはかっと頬を赤く染めた。そんな様子も可愛い。
私が見つめていると、シュンは焦ったようにますます顔を赤らめてきた。
《シュン視点》
焦った。気が付いたら風呂にいた。しかも、ロワクレスに、だ、だ、抱っこされて!
湯は暖かく、ロワクレスの胸の中は居心地がいい。緩やかに背や肩を拭われて、また寝入りそうなくらいに心地いい。
――いやいやいや! 寝てなんかいられるか!
どうして、ロワが俺を風呂に入れてるんだ? 俺は赤ん坊じゃない! だいいち、意識のない俺を風呂に入れてるって、おかしいだろ?
ついぞ無い、あり得ない状況に、俺はパニックを起こしそうだった。
始動を開始した核爆弾の前にいるより、今のほうがパニクっている。
EE32――ピノという名前だった――が仕掛けたヒュプノ攻撃を鏡面バリアで返された時より混乱している。
この状態で、考えろって? そりゃ、言われていたけれど……。
って、耳元で囁かないでくれ! あんたの声は、その、クルんだよ!
そんないい声で、甘くくすぐられたら、俺は……。
うん、俺も、うすうす判ってきている。あんたが求めること。
上官が部下の身体を洗うって、逆はあっても、これってないから。
性処理だって、キスなんて必要ないし。
こんなに優しくされたことなんかない。
そして、こんな風に優しく、熱く見つめて。
ぎらぎらとした肉の欲望ではなくて。
もっと俺の深いところまで全部が欲しいんだって。
「シュン……」
切なそうにため息を吐いて、俺を抱きしめた。
頬にキスして、唇を求めてくる。
甘くて、情熱的なキス。俺の頭の芯まで蕩けそうになってしまう熱いキス。
こういうキス、したことあった。一度だけ。もっとずっと拙かったけど。
アンナって女の子だった。
今夜、将官の部屋に呼ばれたって言って。
『初めてを、シュンにお願いしたいの』
あまりに必死だったので、俺は断れなかった。
キスしながら、アンナは泣いていた。
これは、きっと、あのキスに近い。
アンナはあの時十三歳で俺は十五だった。
そして、翌年、アンナは十四歳で死んだ。死ななくてもいい局面で、司令官の不手際で。
「何を考えている?」
ふいに、肩をがしっと掴まれて、きつい声が降ってきた。
「誰のことを考えているんだ?」
ロワ、あんたはテレパスなのか? なぜ、判ったんだ?
ちょっと昔の事を想い出しただけだよ。あんたのキスのせいで。
そんな顔しないでくれ。
まだ、怒ってくれたほうがいい。
そんな不安そうな、傷ついた顔は、あんたに似合わない。
俺はあんたの笑った顔が好きだ。
厳しく前を向く姿が好きだ。
あんたは光の中で輝いていて欲しい。
ああ、そうか。そうなんだ。
これって、上司へ対する想いから随分逸脱してるよな。
あの時、死にたくないと思った。
あの時、ロワのところへ帰りたいって思った。
だから、きっと戻って来れた。
ロワ、あんたが呼んでくれたからだ。
俺はロワクレスの首に腕を回した。
「ロワ。俺はあんたが好きだ。これは、きっと愛している」
そして、ロワの唇にキスをした。