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29 爆発・爆発・爆発

 《ロワクレス視点》


 巨大魔法陣の中で目を焼くような強い光輝が生じた。

 次の瞬間、恐ろしいほどの巨大な火球が生まれた。


 ガアアグゴオオオオオ


 耳を聾する凄まじい轟音とともに、火球がずんずん大きくなる。

 召喚の場を覆いつくし、なおも止まらずに大きく膨らんでいく。


 ドオオオオオ…………ン


 幾十もの重なり合う爆発音が轟き、激烈な爆風が我々の身体を引っ掴み、持ち上げて吹き飛ばした。


 身体が強かに投げ出され、なおも勢いでずざざざっと地面を穿ちながら滑ってやっと止まる。

 瞬時に身を跳ね起こして目にした光景は。


 大地が盛り上がって裂け、土砂や岩が空高く吹き飛んで、それ以上に劫火の炎が天を焦がすばかりの勢いで立ち昇っていた。

 魔法陣を構成していた赤い炎も青い炎も消えていた。

 召喚の場も、魔法陣も、もはや存在していなかった。


 ただ、凄烈な破壊の有様が、なおも燃え上がりながらそこにあった。


「シュン!」


 私の喉から、悲鳴が迸った。


「シュン!」

「シュン! シュン! …………!」

「ウアアアアアアア!」


 私は火花を散らして燃えるそこへ駆けだした。

 その私を、がしっと捉える者がいる。


「隊長! だめっす!」

「ロワクレス隊長!」


 肩を、胴を、腕を捉われ、押さえられる。何人もの手が私を押さえる。


「離せ! あそこにシュンがいるのだ! 離せ!」


「いけません! 隊長! 危険です!」

「落ち着いて! 隊長!」


「シュン!」


 ――シュンが燃えている。私のシュンが! 早く助けなくては!


 それなのに、何人もの手が私を押しとどめる。


「離せ! 離せ!」


 ――なぜ、止める! シュンが燃えてしまう!


「うおおおおおお!」


 全身に力を集める。身体の中心、丹田が熱く燃えていく。


 ――邪魔する者は消えろ!


 私の身体が炎を纏っていくのを感じる。魔力が制御を離れ、暴走していく。


 ――すべて消え失せろ!


「隊長!」


 ブルナグムの叫ぶような声とともに、鳩尾に痛烈な重い衝撃を受けた。息が止まり、苦しさに身体を二つに折った。


「隊長、すんません」


 首の後ろに手刀が入る。私はそのまま闇に落ちた。


 ***


 気が付いた時、私は砦の自室に横になっていた。いつ戻ったものか覚えがない。横に気配を感じて身じろぐ。


「ロワクレス隊長。気が付かれましたか?」


 治療師筆頭のロドが私を覗き込んで来た。私は身を起こそうとして、鳩尾の重い痛みに眉を顰めた。それで、全てを思い出した。


「大丈夫ですか?」


 ロドが気づかわし気に声をかけて来る。


「ああ……。すまなかった」


 私は顔を覆った。私としたことが、なんというざまを。取り乱し、魔力を暴走させたあげくに、ブルナグムに気絶させられたわけか。


 シュン……。私のシュン。


 私の心は大きな喪失感に捉えられていた。全ての血も熱も気力も何もかもが流れ果て、失われた。もはや、何をもってしてもこの寂寞とした空虚を埋めることはできない。

 私は唯一無二をこの手から失ってしまったのだ。


 ***


 執務室の机の向こう側で、副官ブルナグムが報告を続けている。私が意識を取り戻すまでにまる二日間が経っていた。


 召喚魔法陣は跡形もなく消え、そのあとに大きなクレーターが残ったこと。

 爆風で吹き飛ばされた魔術師たちのほとんどが大なり小なり怪我を負ったが、治療師たちの手当で回復していること。

 魔獣の群れはあらかた片付けられたこと。

 砦の騎士や兵士が各部隊単位で、まだ残っている魔獣を狩り出して掃討する作業を引き続き継続していること。

 その討伐に、セネルスの村に潜入していたナハトとヤイコブも参加していること。

 リーベック老師とリーガン術師は魔術師たちと、魔獣の血で汚染された大地に浄化魔法陣を組んで清浄に当たっていること。

 今回の作戦で、死者はなく、重傷者百七十三名、軽傷者多数で終わったこと。重傷者のうち五十六名が治癒魔術でも十分な回復が望めず、街の医院に送られたこと。



「グレバリオ閣下は?」


 私の問いにブルナグムが申し訳なさそうな顔で答えた。


「先刻、騎士隊二百名とともに、転移魔法陣を通って王都に帰還されたっす」

「そうか……。後始末の手配どころかお見送りもできなかったとは。私の失態だな」


「すんません。手加減できなかったっす。隊長の暴走した魔力があまりにも強大だったので、俺も余裕がなくて。全力でやってしまったっす。ロド先生に殺す気だったのかとひどく怒られたっす」


 ブルナグムが大きな体を縮めて恐縮していた。私は腹に手を当てた。折れた肋骨と破裂した臓器は治療を受けて直っているが、まだ強い痛みが刺すようにくる。


「いや……、止めてくれてありがたかった。あのまま力を放っていたらと思うと、ぞっとする。あの時、私は正常ではなかった」


「ロワ隊長、隊長は諦めちゃってるんすか?」


 身体のでかいブルナグムが腰を折って、器用におずおずと見上げて来る。


「どういうことだ?」

「ローファートが言っていたっす。シュン様は――あ、なぜかローファートはそう呼んでるんで――シュン君はきっと無事だ、死ぬはずがないって。なんでも、化学式とかを教えてもらう約束してるらしいっす。それで、シュン君は約束を破る人じゃないって。だから、必ず帰って来るんだって言い張ってるんっす。あのローファートがっすよ。変われば変わるもんすねえ」


「ローファートが?」


 つきりと胸が痛んだ。

 銀色の髪の錬金術師。あの緑の目に囚われた者は数限りないとも言われている色男。シュンが私を裏切ってローファートに心奪われたとは思わないが、彼がシュンの生存を信じ続けているという事実に、激しい嫉妬と焦燥を覚えた。


 ――ローファートがシュンを信じているのに、唯一無二の私がなぜ、信じてやれなかったのか!


 私は立ち上がると執務室を駆け出る。何も言わず見送る副官の視線を背中に感じた。


 ***


 自室の扉を開く。午後の日差しが窓から斜めに差し込んでいた。石造りの砦に板を張って作られている部屋は、晴れた秋の陽だまりでも寒々とする。

 低く長くなりかけている光がチェストの上を照らしていた。見覚えのある包みに気づき、私はチェストの前に足を運んだ。


 シュンの服を包んだものだった。私が王都で用意したもの。きちんと畳み、ていねいに置かれてあった。

 ああ、そうだった。

 私が服を見せたら、シュンは嬉しそうにしたではないか。

 すぐに、いそいそと服に袖を通して。

 ちょっと得意そうに、笑顔で私に振り返ってみせた。

 それがとても可愛くて、とても愛らしくて。


 子供服売り場で見つけたとばらすと、頬を膨らませて憤慨してみせて。

 あんまり可笑しくて、私は声をあげて笑ってしまった。あんなに楽しく笑ったのは、初めてだった。


 シュン。私のシュン。


 涙がぽたりと零れて落ちる。はらはらと落ちて止まらなくなる。

 シュンの服の包みの上に落ちていく。

 いけない。服が濡れてしまう。

 この包みをシュンはとても大事そうに両手に抱えていたというのに。

 濡らしたら、シュンに怒られるではないか。


 それでも、涙が止まらない。


 シュン。お前の服を濡らしたぞ。

 私を叱りに来い。

 いったい、どこにいるんだ?


『俺を呼んでくれ。心の中で呼んでくれ。どれほど離れていても、きっと俺は応えるから。あんたのところへ、きっと行くから』


 ――シュン! どこに居る? 帰って来い! シュン!

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