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26 全軍出撃

 《シュン視点》


 王都の城から砦のロワクレスの部屋に戻った俺は、彼からもらった服の包みをチェストの上に大事に置いた。俺のことを考えてわざわざ見繕ってくれたのだ。俺がどれだけ嬉しかったか、ロワクレスにはきっとわからないだろう。

 軍が用意するお仕着せの制服しかなかった俺の、初めての私物といってもいい。俺だけの、俺のための服なのだ。


 忙しいロワクレスはすぐに執務室に向かう。俺はローファートの棟へ行った。


 ***


 大きな作業テーブルの前に座る。ローファートが何を始めるのかと、興味津々に緑の目を猫のように輝かせて見ている。


 俺はローファートの視線を無視して、ズボンのベルトからニードル銃の予備マガジンを取り出した。大きい物ではない。手の平に収まる銃のエネルギーマガジンである。だが、内包するエネルギー量はミサイル二個相当分ある。

 次いで、ズボンのポケットから食べかけの携帯用凝縮口糧であるバーを引っ張り出す。この食べかけがこういう形で役に立つとは、俺自身もさすがに思ってもみなかった。


 二、三の処理を施せば、高栄養、高分子の炭水化物とタンパク質、無機質成分分子を適量含むバーは不活性化させた有機アジ化物となる。すなわち極めて爆発性の高い化合物であるが、今は安定している状態。高分子ほど内蔵するエネルギー値は高い。これを平たく伸ばしてエネルギーマガジンをきっちりと包んだ。

 これで準備は全て整った。


 ローファートと手分けして、少なくない荷物を手にした時だった。


 ず…………ん!


 衝撃に似た強い何かを感じて、森の方角を振り返った。


「うあああ!」


 ローファートが悲鳴を上げ、頭を抱えて蹲った。手にしていた荷物を放り出し、俺はぎょっとしてテレキネシスを発動させる。だが、力は発動せず、それが結界に包まれていることを思い出した。結果として荷物は無事で、俺もほっと息を吐く。


「な、なんなんだ? 物凄い魔力が突然、吹き上がった」


 まだ身体をブルブル震わせながら、ローファートが青い顔で訊いてくる。俺は唇を噛んだ。間に合わなかったのだと悟った。


「例の魔法陣だ。きっと新たに大量の魔力を得たのだろう」

「例のって……、魔獣の森を越えて? それで、これほどに大きな魔力を感じるのか? 魔獣の森には、結界だって相当張ってあるはずだろ?」

「荷物を片手で持って。そして、もう片方の手で俺の肩に摑まってくれ。ロワのところへ行く」


 慌てて荷物を抱え込んだローファートが大きな手を俺の右肩に乗せてしっかりと掴んだ。俺も両手に荷物を持ち直すと、ロワクレスへ意識を集中させてテレポートした。


 ***


 魔獣の森の前は騒然としてはいたが、隊列が乱れることはなかった。さらに強大化したと思われる召喚魔法陣を破壊すべく、誰もが決死の覚悟を浮かべている。その最終準備を終えようとしているところだった。

 初めてのテレポートに茫然自失状態のローファートからそっと荷物を下ろしていた俺は、駆け寄って来る足音に振り返った。


「シュン!」


 ロワクレスが俺を摑まえると力いっぱい抱きしめてきた。

 周囲には、総司令官も魔術師も騎士も歩兵も大勢が――それこそ砦中の全員が揃っている。誰もが目を丸くし、口を開けたまま言葉もなく、氷鉄の騎士と俺を凝視した。

 だが、ロワクレスにはそんな周囲の雑音は全く念頭にないらしい。


 熱くキスされ、俺は周囲から受ける視線に刺されて羞恥に悶える。さすがにこれは許容量を超えた。だが、身を振り解こうと抗ってもロワクレスの拘束は外れない。

 こいつはどうしてこんなに馬鹿力なんだ。こんな衆人環視の中でキスを受けるのだったら、まだ銃殺されるほうがましな気がした。


 やっと拷問のようなキスから解放されて、くらくらする頭を鎮めようとしていると、俺を抱っこしたまま顔を覗き込んでくる。俺の目がロワクレスのように熱く情熱をたぎらせていないのが不満らしい。碧い目が不機嫌そうに眇められる。

 そんな超難易度の高い要求は無理だ。ロワクレスの要請に全力で応える意思があるとはいえ、この状況で、自分の感情や欲情に酔えって、それは無理すぎるだろ!


 ロワクレスは不機嫌なまま、呆然と突っ立っているローファートを睨みつけた。ローファートがひえっ! と顔を青ざめて固まった。


「シュン、ローファートとどこで何をやっていたんだ?」


 詮索するように硬い声で訊いてくる。何を心配しているんだ? 俺の上官はあんただけだ。


「準備をしていた。魔法陣を破る最終手段を用意した」

「シュン。無理をしないでくれ。お前には安全な砦の中で待っていてもらいたい」

「ロワ。俺にもあんたを守らせてくれ。上官を守るのも、部下の務めだ」


 すると、ロワクレスはひどく辛そうな目をした。俺は当惑する。何が彼をこんなに悲しませてしまったんだ?

 ロワクレスはしばらくじっと俺を見つめていた。その間、周囲の大勢の連中も、目を逸らしたりしながらも俺たちに注意を向け続けている。俺は非常に居たたまれない思いで全身がムズムズと落ち着かなかった。


 居心地の悪さに辛抱しきれなくなった俺が口を開こうとした時、ロワクレスが俺をぎゅっとさらに抱きしめ、そして、耳元に囁いた。


「これが終わったら、魔法陣を無事破壊できたら。シュン。上官と部下ではなく、個人としての私のことを考えて欲しい」

「ロワ?」


 どういう意味なのかとっさに理解できなかった俺に、ロワクレスが優しい笑みを向けた。至近距離で見る彼は眩しいくらいのいい男で、溢れ出す男の色気を感じた。

 突然、どきどきと胸が高鳴りだす。身体が勝手に熱くなり、ロワクレスの顔を見ていられなくなった。うろうろと視線を彷徨わせる俺を眺めたロワクレスが、額にキスを落とす。次いで、頬に、そして唇に。


「きっと考えてくれ。約束だ」


 真摯な眼差しで見つめてくるロワクレスに、俺も真剣に応えるのは当然なこと。


「わかった。考える。だから、ロワ。死ぬな。必ず生きていてくれ」


 死んでほしくない。その時、強く思った。ロワクレスに生きていて欲しい。その為なら、俺はなんでもする。


 ロワクレスは俺を未練気に腕から降ろすと、整列した部隊に腕を上げて合図をする。全軍が腕を高く突き上げ鬨の声を放った。

 ブルナグムが引いて来た隊長の馬に騎乗したロワクレスは最後に俺に視線を向けると、ブルナグムを従えて全軍の先頭へと駆けて行った。



 魔獣の森の下に開いた通路トンネルへ粛々と軍が進み始めた。砦の全部隊の後に総司令官率いる二百の騎士隊が続く。さらにその後をリーベック老師が魔術師たちの先頭に立って行く。

 リーベック老師は俺を見て柔らかく微笑んだ。俺は胸が温かくなる思いで敬礼し、彼らを見送る。


 一行が向かう先に、どれほどの脅威が待ち構えているか誰もが知っていた。それほどに苛烈な力の衝撃を感知している。だが、怯えを肝に伏せ、闘志を奮い起こして男たちは進んで行く。

 誰も逃げなかった。

 顔を青ざめている者は己を叱咤し、足の震えがいまだ続く者も歩みを止めなかった。

 自分たちが為すべきことを承知し、果たすべき使命に誇りを覚え、命を賭す司令官を信じ、国を守る覚悟を持つ男たち。

 彼らは今、過酷な戦いに赴いて行くのだが、なんと幸せなことだろうと俺は思った。かつての世界で無駄に無意味に死んでいった仲間や多くの命と比べたら。




 彼らの最後の一人がトンネルの通路に消えて、俺はローファートを振り返った。日頃、どこか世の中を斜め目線で茶化しているような彼だったが、さすがに男たちの決意の行進の前には神妙になっていた。

 そう言えば、あの軍の中にはローファートと浅からぬ関係の者も多くいたはず。彼も、彼らと密かに出立の礼を交わしていたのだろう。



 だが、俺たちの仕事はまだこれからだった。ローファートに荷物の対衝撃結界を解いてもらい、今一度準備した物を点検する。


 この森には、サトウキビより硬く竹よりも柔らかい材質で太い中空の植物があった。それを筒切りにして、中に干し草を細かくしたものやおが屑を詰めた。それにニトログリセリンをたっぷり染み込ませてある。雷管はつけていない。必要がないから。それを20本。


 さらに、薄い金属板の箱に、テレキネシスを使ってぎゅうぎゅうに圧縮させた大量の小麦粉。10キロ袋を五袋分無理やり詰め込んだ。そして、起爆剤とする高性能爆弾。エネルギーマガジンをアジ化させた凝縮口糧のバーで包んだもの。

 これが俺の用意した一手だった。

※注意:現在日本では、爆発物の製造及び使用は、火薬類取締法により厳重に規制され、みだりに行うことは禁じられています。また、爆発物取締罰則により処罰の対象となります。

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