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23 王都へ迎えに

 《ロワクレス視点》


 王都にあるザフォード家の屋敷内にある自分の部屋の中央に立つと、私は大きく息を吸った。

 証拠の文書や魔法陣展模式図を手に陛下に拝謁を願って五日。

 難色を示す宰相や行政長官を説得して、やっと陛下から隣国セネルスへ詰問の書を送る決意をいただいた。

 さらに、総大将の軍事総司令官からは西の砦への援軍を、魔術師統括協会からは高位魔術師五十人の派遣を取り付けることにも成功した。


 ここまで実に紆余曲折、難航に次ぐ難航であったが、時間も切羽詰まっていたので私も言葉を選んではいられなかったのだ。将軍の父が二つ向こうのヤーディングまで遠征していたので応援が得られなかったことと、不必要に王都の軍兵を割く余裕がなかったことも、なかなか決まらなかった要因となった。


 だが、明日にも王都を出発すると確約をもらったので、私は一足先に砦へ帰ることにした。正直、もうこれ以上シュンに会えずにいられなくなっている。

 私の唯一無二。私の伴侶。

 例えその身を抱けなくとも、愛しい顔を見ているだけで私は幸福に包まれる。



 私は両手を胸の前に組み、心の限りにシュンに呼びかけた。世界の果てまでも私の声が届くように。


『シュン! 来てくれ! 私を迎えに来てくれ!』


 シュンの返事はすぐに来た。


『ロワ。待っていた。連絡が来たとブルに伝えたら迎えに行くから、そこで待っていてくれ』


 ブルナグムなんか放って、今すぐに迎えに来てくれればいいのに。


 それから、間もなくシュンが来た。くうからふっと現れる。瞬いた瞬間にはもう姿があった。

 その腕を引き込み、彼を胸に抱きしめたのは致し方ないことだろう。

 会いたかった。狂おしいほどに会いたかった。

 唇を捉え想いのたけのままに貪った。このまま押し倒してしまいたいほどに。


 シュンが私の背を叩いた。鎮まれ、落ち着けと言っている。

 私はやっと彼を放してやった。

 赤く火照った顔で、シュンはしかし、目は冷静なままに告げてきた。


「ロワ。事態が変わった。セネルスの軍が明日、明後日にもキャンプ地跡に到着するらしい」


 私はシュンの顔をみつめたまま身を強張らせた。


「早いな。援軍が間に合わない」


 拳を固め苦悩する私から離れ、シュンは物珍しそうに部屋の中を見て回っていた。


「ここって、ロワの家? ロワの部屋か?」

「ああ、そうだが?」

「ふーん、こういう部屋に住んでたんだ」


 あちらこちら感心するように眺めている。


「別に変わった部屋ではないだろう? 普通の部屋だ。むしろ、調度とかは少ないだろうし」


 意味もなく飾る品々は好きではなく、実用本位のものしか置いていない。将軍である父もキラキラしい飾りや高価な品々には関心がなかった。武人らしい簡素で丈夫なものを好む。そういうところは私は父とよく似ている。母にはそれも不満の一つだったのだろう。

 子爵とはいえ貴族の屋敷にしては、邸も素っ気なく地味な造りである。要するに、自分達と使用人が住めて必要な用が足りて、たまに来る客が泊まれればいい。それは父と私の共通の認識だった。


「ああ、そうだ。シュンの服を見つけておいた」


 私は衣裳棚から服をいくつか取り出した。これを持っていかねば。シュンに会えた喜びでうっかり忘れるところだった。私とあろう者がこうも余裕を失くすとは。


「へ、へえ? ありがとう。ロワ」


 シュンが嬉しそうにして、さっそく服を着替える。レースやリボンが付いているような派手めかしいものは好きではなさそうなので、なるべく装飾の少ない物を探した。


「あ、ぴったりだ。これならいいな」


 袖丈も襟廻りもちょうど良さそうだった。シュンが選んで着たのは、薄い水色の長袖のシャツに青い色の長め丈のベストのセットだった。それは私も気に入っていたので、シュンが選んでくれたのが嬉しい。

 私がシュンを見ながらついにんまりと口元を緩めてしまったのを見咎めて、不審げな顔をした。


「なんだ? ロワ。何が言いたい? 俺に似合わないか?」

「いや、似合ってるよ。うん、良く似合ってる。可愛いよ」

「……、それだけじゃないだろ? 白状しろ」

「シュンのサイズがなかなかなくてね、苦労したんだ。で、子供服を扱っている店に行ってみたら、ぴったりだったんだ……」

「…………」


 シュンが明らかに不服そうなしかめっ面をした。私はそんなシュンが可笑しくてとうとう吹き出してしまい、声をあげて笑い出した。


 ガチャンと食器が落ちる音がして、笑いながら振り返る。お茶を用意して持ってきた侍従が目を大きく見開いて私を凝視していた。

 ポットから香りの高い紅茶が絨毯の上に流れ出て、大きな染みが広がる。だが、それを片付けることも忘れ、大笑いしている私に目を留めたまま侍従は驚愕に硬直していた。

 無理もない。この屋敷に私の笑い声が響いたのはきっと初めてのことだろうから。




 シュンからの報告を受けて、私は再びその足で王城へと向かった。明日出発する援軍を待ってる余裕がなくなったのだ。

 私は軍事総司令官グレバリオ・ザムズ・バーミガムの執務室に押し掛け、魔術師統括協会の会長を呼んでくるように要請した。たかが騎士隊隊長である私の地位からしたら僭越も甚だしいのだが、そんなことなど言ってはいられない。時間と手間ばかりかかる手続きなど経てる暇などない。


 叱責も懲罰も覚悟で、私は強引にごり押しした。私の氷鉄の騎士たる効果はいかんなく発揮されたと見え、本来私を止めるべき衛兵や補佐官たちは一様に顔を青ざめ身を震わせながら扉を開いた。

 そのぴたり後ろを、私が買い揃えた服の包みを大事そうに抱えたシュンがついて来る。誰もが私の小姓と思ったらしく、見咎められることもなくシュンも一緒に通って来た。




「ロワクレス騎士隊長、さきほど話が決まって帰られたと思ったのに、どうしたのか? わしは明日出発させる魔術師たちの選抜で忙しいのだ」


 魔術師統括協会会長リーベック老師が息を切らせながら責めるように睨んできた。灰色の目に青みが増す。いつもはきちんと整えられている肩まで伸ばした白髪が風で乱れていた。

 魔術師統括協会は王城の隣とはいえ王城も敷地もあまりにも広いので、確かに急いで駆け付けてくれば息も切れよう。


 本来リーベック老師はどっしり構えた魔術師の御歳七十二歳の長老なのだ。ご老体がここまでの焦りをみせるのは、むろん私が見せた魔法陣展開模式図の所為だった。

 その図を目にした時、リーベック老師はたっぷり二十分間、図面を凝視したまま身動きも忘れていた。

 そしてそれが制御を離れたと私が告げると、奇声を発してよろめいた。そのまま倒れるのではないかと心配するほどの顔色の悪さだった。


 軍の派遣に腰が重かったグレバリオ総司令官を一貫して説得し動かしたのは、このリーベック老師だったと言っていい。


「ロワクレスが言うには、既にセネルス軍が2個手前の街を通過しており、現地に明日にも到着すると言うのだ」


 総司令官が琥珀色の目でリーベック老師に告げた。だが、グレバリオ閣下自身がそれをどこまで信じているかははなはだ心もとない。第一、王都にいる私ロワクレスがどうしてその事実を知り得るのか?

 同じ疑問を持ったのだろう、リーベック老師も不審な視線を向けてきた。


「彼、シュンが砦から転移して教えてくれたのです」


 私がシュンを紹介すると、リーベック老師は驚きを浮かべて彼を見つめた。

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