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16 ブルナグムは忙しい

 《ブルナグム視点》


 まず、魔術師たちが詰めている砦の東棟へ行った。

 高位魔術師であるリーガンとその部下たちに、これからも頻繁に現れる魔獣の国内侵入を阻止する方策を依頼するためである。

 国境の森は広いため全てを網羅する結界は施せないが、街道や細い道へ出る周辺を中心に、部分的な結界を張ることになった。

 さらに、魔獣が嫌う匂いや印を置いて、森からこちらへ出て来にくくする。暫定的な方法だが、何もしないよりはましだった。これで、実際魔獣が避けて被害が減少すれば僥倖というところ。


 次いで、砦の西棟の兵舎へと走る。訓練場と厩舎がある広い中庭を挟んで並ぶ、砦の中で最も大きい施設だ。ここに八部隊の兵の宿舎と各部隊長の上級士官の部屋が集中している。ちなみに共同浴場はこの西棟と南棟の接する一階部分にある。

 食堂は兵舎側にある一般兵士用と、中央棟一階の上級士官・騎士・魔術師用の二か所だった。ただ、魔術師たちは食事が不規則で、中には自分の部屋で済ませる者も多い。


 ここで、部隊長たちとも相談して持ち番廻りで森に沿う周辺の見回りを強化し、随時出撃できる準備を要請した。疲れを溜めることがないように交互に休みながら、長期戦に備えるためだ。

 実際の仕組みはこれまで通りなのだが、不意の襲撃に備えるのではなく、常時起こるものという認識で体制を組む。それだけで心構えが違ってくるものだ。



 あっち行ったりこっち行ったり忙しく走り回っていると、隊長から治療室へ来いと連絡を受けた。いつ戻ってきたんだ? 会議室からいきなりシュンと消えたっきりだったが。


 ――治療室って、怪我でもしたのか? 大丈夫なのか?


 中央棟南側の治療室に息を切らせて飛び込むと、シュンを横に引き付けるようにして並んで座っている隊長が、遅いぞという顔で睨んで来た。


 ――いや、これでも大急ぎで来たんすよ。息上がってるっす。


 捕虜のヤイコブが神妙な顔をして椅子に座っている。ずいぶん回復しているようだ。


「セネルス軍のキャンプ跡地の現状を説明したところだ」


 こちらに一瞥をくれて、ヤイコブを厳しい目で見る。ヤイコブは青い顔ですっかり委縮しているようだ。


 隊長。あんまり睨まないでやってくださいよ。それ、拷問と一緒っすから。

 ロド治療師が離れたところから心配そうに見守っていた。


 ヤイコブの前には小さな机があり、そこにセネルスの地図が置いてあった。東の端に記してある赤い✖はキャンプ地跡と魔法陣の場所だろう。


「軍が通って来た道と町や村を記せ。我々はセネルスに攻め込む意図はない。だが、後続の軍が送られると、青紫の蔓に捉えられて魔力をさらに供給する事態になることは、理解できるな?」


 セネルス国に忠誠を誓うヤイコブの葛藤が窺えた。


「今でさえ暴走した魔法陣は巨大なものになっている。これ以上魔力を取り込まれれば、誰の手にも負えなくなる可能性があるのだ。軍隊が派遣されてくることを、早い段階で知らねばならない。その為には、軍が通る道に見張りを置いて、動向を探る必要がある。場合によっては、軍そのものの動きを阻止することもあろう。だが、事は我がテスニア王国だけの問題ではない。セネルスにも魔物は移動する。既に甚大な被害が出ている可能性さえある」


 隊長が淡々と告げるあとに、俺が補足した。ヤイコブの心を懐柔しようと優しい口調で話しかけてやる。


「テスニア国境部隊は魔物の侵入を阻止する準備にかかっているっす。こちらに出て行けなくなれば、魔物はセネルスへ向かう。魔法陣から魔物はこれからも出てくる。それらはみんなセネルスへと襲いかかるっす。本当に国を思うなら、軍の道筋を教えるべきっすよ」


 ヤイコブは身を震わせると、ごくりと唾を嚥下した。震える手でペンを取り、それでも地図に道と町や村の印を書いていく。


「首都ネルビアからここへ至る道は限られています。きっと同じ道を通るでしょう」


 そして、唇をぐっと噛みしめると、ロワクレスを見上げた。


「私も行きます。行って、軍を見張りたい。セネルスはたいへんな過ちを犯してしまった。セネルス国民として、これ以上災いが広がることを少しでも防ぎたいのです」


 ロワクレスが隣のシュンに視線を送る。シュンはこくりと頷いて見せた。


「ロワ。彼の決意は心からのものだ。信頼していい。彼は、本当にこの事態を憂いている」

「そうか。正直、助かる。セネルス人なら村や町の者からの警戒も少ないだろう」


 そして隊長は俺に顔を向けた。仕事がまた一つ増えそうだ。


「ブル。偵察に適任の者を何人か選んで、ヤイコブとともに潜入させろ。行商人にでも化けさせればいいだろう。急げ」

「わかりやした。ヤイコブは足はどうなんだ? 歩けるっすか?」

「骨折は治ったが、まだ無理はできない。馬車を使えばいけるんじゃないか?」


 俺の懸念に、ロドが答えてくれた。

 話が決まれば、準備は早くとりかかったほうがいい。いろいろ用意するものも多そうだ。


「街道の方を回って、南の方から村に入るとするか。じゃあ準備するんで、ヤイコブはできる限り身体を直しておくっす」


 忙しい、忙しいと治療室を飛び出して行く俺の背中に、追い打ちのように隊長が声をかけた。


「手配が終わったら、執務室に来い」

「はい? はい。はーい!」

「返事は一度でいい」

「へーい」


 副官使い荒いっす。みんな隊長を敬遠するんで、俺しか側にいないからしょうがないっちゃあしょうがないんだけど。隊長係り、増やして欲しいっす。


 

 すぐさま各部隊の部隊長に連絡の伝令を送った。任務に就く者を推薦して名簿をだしてもらうのだ。

 あー、ついでに部隊長間で相談して、偵察チームの責任者の任命や編成もやってもらおう。

 そしたら、侵入のために行商人に化けたりなんだりも、チームで決めて準備も任せればいい。こっちには、計画書と資金や準備の要請書だけ出してもらえばいいっす。


 俺はすっかり丸投げする気で、伝令の後を追うように部隊の詰め所へ、もう一度足を運んだ。

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