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15 お……おあずけ※

軽いBL描写があります。苦手な方はお気をつけください。

 《ロワクレス視点》


 何もないところへ吸い込まれると言ったらいいのか、意識を失なった時にも似て、私自身が消滅して再度作り直されたのかとも、或いは時も流れない狭間を彷徨うような、身体中が違和感にむずむずする何とも言いようのない感覚に囚われた。

 思えば一瞬もない間だったのだ。だが、まるで永遠の時でもあったような気さえする。


 瞬きしたら次の瞬間には、全く別の場所に立っていた。


 これがテレポーテーションというものなのか。意識と身体が剥離している浮揚感にしばし動けない。

 シュンは私の状態を判っているのかじっと待ってくれていた。私の手を握ってくれる彼の手の感触が、私を現実に引き戻し落ち着かせてくれる。


 魔法陣の扉から扉へまたいで越えていくような転移魔法とは全然違うものだと実感した。転移魔法は先方に開いた魔法陣の出口へ身体ごと移動する術。存在そのものが消えていくかのような感覚は伴わない。



 乾いた風に吹かれて、私は周囲を見回した。


 辺りには無残なさまが展開していた。破壊と戦闘の痕。潰れた宿舎、折れた槍や剣。夥しい血痕、そこここに散らばる魔物が食べ残した人間の残滓。魔獣の遺骸。それらから発する耐えがたい臭い。


 既に魔獣の死体は溶けかけて一部青黒い泥のようになっていた。これほどの大量の魔獣の血が染み込んだ土は、浄化術式を展開してやらなければ生き物も住めぬ悪土となるだろう。


 ここにあった軍は壊滅していた。

 シュンはその事実を感情を交えずに冷静に語ったのだと知った。

 このような惨状に、まるで日常的に慣れているかのように。


 私はシュンの手を握り締めた。もう二度と、こんなことに慣れるような、そんな思いをさせたくない。


 ***


 二度目のテレポーテーションは思ったよりはるかに楽だった。正直、前回と同じ感覚に再び捉われるのかと覚悟していたのだ。だが、くうに吸い込まれるかと思った時には、もう私は自分の部屋に戻っていた。

 感覚が馴染んだからだ、と私の腕の中からシュンが言ってきた。始めは悟性が認識するまで時間が少々かかるのだと私を安心させてくれる。


 ――優しい。


 私は嬉しくて、腕に抱えたまま彼の唇を求めた。

 私の部屋に戻ってきたということは、そういうことなのだろう? 

 私を受け入れてくれるのだろう?


 そのまま寝台へと移動し、シーツに押さえつけて彼の唇を貪ろうとした。


「ちょっと! やめろ! 今、こんなことやっている場合か? それどころじゃないだろ?」


 腕の中でシュンが暴れ出す。私は抱く力を強めた。


「ほんの少しぐらい、いいだろう? 私も判っている。事は急を要する。だが、私は我慢できないのだ。シュンがあの蔓に捕らわれた時の私の気持ちがわかるか? 私の心はまだ震えが止まらない。私はあの中の死骸を見たのだ」


 シュンがはっとしたように動きを止めて私を見上げて来た。その黒い瞳を見つめる。


 私の大切なシュンがあのようなむくろに変わり果ててしまったら。

 私は恐怖で震え上がった。炎の魔法陣もセネルスの軍も西の砦さえも念頭から消えた。

 ためらわず蔓を炎で焼き払った。シュンを助けるためならば、この地を焦土に変えてもいいとさえ思った。


 そんな私の浅はかな焦りが、シュンに火傷を負わせてしまった。きれいな肌に火傷の痕を認めて私は後悔に押し潰された。


 シュンを失うわけにはいかない。私の心は未だ恐怖の思いに震え続けている。


 シュンの確かな存在をこの手で確かめたい。

 私のものであると、その身体中に印したい。

 彼に私を覚えさせ、その身体に私自身を刻みたい。

 そうしなければ、私は安心できない。不安でたまらなくなる。


「シュン。私の唯一無二」


 私は熱い想いを込めて彼の名を呼び、再び口づけようとした。


「だーかーら! 今はだめだ! こんな昼間っから、できるかよ!」


 それなのにシュンは顔を逸らし、私の顎を手で捉えた。非力なはずなのに私は顔を動かせなくなった。


「ロワ。嫌だと言っているわけじゃない。ちゃんと抱かれてやる。今朝は逃げて悪かった。俺も心構えができてなかったからな。でも、今はだめだ。とても、そんな気になれない。わかってくれ」

「……わかった。私も無理強いはしたくない」


 私が諦めて身体を起こすと、シュンが慰めるように押し当てるだけの口づけをくれた。


 ――やはり優しいな、シュン。


 思わず抱きしめようと手を伸ばしたが、シュンは素早くすり抜けて寝台を降りてしまった。

 そして、やにわに上着を脱ぎだす。私が怪訝な視線を向けると、脱いだ服を放り出して言ってきた。


「何か俺が着れるような服ないか? これは着たくない。シャワー室ってあるかな? 身体洗ってくるよ」

「私の服をやろう」


 衣装箱から新しい青い上着を出すと、シュンが顔をしかめた。


「ロワの服は大きすぎる。だぶだぶで動きづらい。なんで、そんなにガタイがいいんだ? 俺が日本人だから小さいのか? 国民性か? 納得いかない」


 最後のほうは何かぶつぶつと独り言のように呟く。


「この部屋は司令官用の部屋なので浴槽がついている。湯を運ばせよう」

「え? お湯を運んでくるのか? わざわざ?」

「他にどうやって湯を入れるというんだ? 一階のボイラー室で沸かした湯を運ぶ。その横の共同浴場はボイラーからパイプで流せるようになっているが」

「ひょっとして水道ってない?」

「水道? なんだそれは? 水は井戸から汲むと決まっている。川や湖から運んでいるところもあるが」


 なぜか、シュンがショックを受けたような顔をした。


「共同浴場があるなら、俺、そこで洗ってくるよ。今の時間も使えるかな」

「使えるが……。シュン、ここの浴槽を使え。わざわざ共同浴場を使う必要はない」

「わざわざお湯を運んでもらうほうが悪いよ。下へ行く」

「ここの浴槽を使うんだ!」


 私はつい、きつい調子で大声を出してしまった。


「な、なんで、そんなところで命令口調なんだ? これって、命令するほどのことじゃないだろ?」

「私が嫌なんだ! シュンに共同浴場を使わせたくない」

「意味わかんないぞ! なんで嫌なんだ?」

「そ、それは……」


 シュンの裸体を他の男に見せたくないという、私の我儘なのだ。つい口ごもっていると、シュンが扉へ向かう。


「俺、行ってくる」


 私はとっさにその腕を摑まえていた。


「行くな!」

「身体洗ってくるだけだ。なんでそんな顔するんだ?」


 顔? 私はどんな顔をしていると言うのか?


「行く必要はない。汚れが気になるなら、洗浄してやろう」


 つまらないことでシュンと諍いをしたくない。私は洗浄魔法をかけた。

 シュンはびっくりして身体を見回した。


「うわっ。すごい。なんかさっぱりした。べたべたした汗も泥もきれいさっぱり消えている。うおお、なんだか魔法みたいだ」

「魔法だ」

「……。そか。そうだよな。べ、便利だな、魔法って……。はは、ははは」


 シュンが引き攣った笑みを浮かべた。珍しい。ひょっとして、シュンの笑顔を見たのは初めてか?


 一番小さいサイズの服を届けさせる。ウエストの部分を紐で縛って身体に馴染ませたシュンを連れて、私は治療室を訪ねた。

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