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11 心の上官

 《シュン視点》


 反転! 本能的に回避をうつ。

 ジャンプしたと同時だった。

 危険を認識する前に、逃げた。


 元の場所に戻る。


「うああああ!」


 激痛に転げまわった。身体中の細胞が帯電荷重超過で悲鳴を上げている。バラバラに分解してしまいそうだった。

 のたうち回り悲鳴をあげながら、対テレポーターの罠に落ちかけたのだと悟った。


 やっと周囲に視線を配れるようになって、戻ってきたのは自分だけだったのだと知って愕然とする。今回の作戦では、5人でジャンプしたはず。残りの4人はあの罠から出られなかったのだ。彼らは分子に分解されてしまったということ。


「それがシングルナンバーの姿か。ざまあないな」


 冷たい声が降ってきた。司令官が酷薄な視線で見下ろしていた。まるでネズミか犬でも見るような目だった。


「作戦の不首尾の責任は取ってもらうぞ」


 まだ激痛に立つこともできない俺の服を剥ぎ取り、素肌に電気鞭を振るう。作戦を失敗した鬱憤を鞭に乗せて、気が済むまで容赦なく打ち据えてきた。

 対テレポーター用のバリヤーが設置されている可能性を見過ごしたのは、作戦を立てた司令官側のミスだ。が、そんなことを俺が言えるはずもない。

 腹も背中も皮膚が裂け、血が噴き出した。それでも、再生強化された俺の身体は、翌日には任務に耐えられるまでには回復するのだ。それを知っている司令官の暴力は遠慮がなかった。


 ***


「うあ……ぐ……う……」


 自分の呻く声に目を覚ます。夢か。不可思議な罠に引っかかった衝撃で思い出したらしい。

 汗で全身がびっしょりと濡れていた。


 さらりと、髪を撫でられた。


「大丈夫か? うなされていた」


 心地の良い低い声が耳元で囁かれ、身体に腕が回された。

 振り返って見上げると、青い瞳が心配そうに見つめてくる。

 一瞬、自分の状態がわからずに、混乱した。


「夢を見たのか? もう、大丈夫だ、シュン」


 見惚れるようないい男が優しく告げる。呆然としていた無防備な俺は易々と男の唇を許していた。

 はっと我に返った時には既に遅く、ロワクレスのキスに翻弄されていた。


 そうだった。昨夜? いや、既に今日か、こいつと一つの寝台に寝たんだった。


 ロワクレスのキスは甘くて熱く、俺の辛い夢を吸い取ってくれるようだった。

 どうして、こいつはこんなに俺に甘いんだ? 流されてしまう。勘違いしてしまいそうになるよ。

 ロワクレスが抱きしめてくる。彼の熱を感じた。俺の身体にも熱が溜まっていく。


 だが。

 青紫の蔓が脳裏に浮かんだ。それに囚われた人間の死体。


 俺はロワクレスの身体を押しのけた。


「ロワ。報告がある。俺が目撃してきたことを話したい」



 身支度を整え、テーブルを挟んで椅子に座る。俺は森の向こうで見て来た事をできる限り詳しく話した。


 魔法を知らない俺は、目にしたことをありのままに語るしかない。それでどれだけの情報を伝えることができるかは不明だったが、話を聞き終えたロワクレスは厳しい表情になっていた。


 先ほどまでの蕩けるような甘さは微塵もない。冷たい鋼鉄の鋭さを纏う。

 俺はそんなロワクレスを惚れ惚れと眺めた。

 頼もしい。理想の上官の姿がここにある。


 俺の上官……。心の中でそう思う分ぐらい、かまうまい。



 ロワクレスは俺を伴い、治療室へ向かった。寝台に横たわっているセネルスの男に視線を走らせる。頭と胸部、足に包帯が巻かれている。ロド治療師が来て、しばらくすれば目を覚ますだろうと告げた。


「目を覚まし次第、訊問を行う。用意をしておいてくれ」


 ロドが頷き、ロワクレスは治療室を出た。


「先に食事を済ませよう。シュン、すまんが捕虜の訊問に同席してもらう。現場を見ているのはお前だけだから。場合によっては気分が悪くなるかもしれない。そのつもりで食事を取ってくれ」

「心配は無用だ。最初からそのつもりだった。俺も二、三訊きたいことがある。それに、拷問は不要だ。俺は相手が嘘を言っているかどうかわかるんだ」

「なに? どういうことだ?」


 ロワクレスが驚きの目を向けてきた。俺は傍らの背の高い男を見上げた。上官と心に決めたのだ。俺の全てを預けよう。


『俺はテレパスなんだ。心の声を聞くことができる。こうして伝えることも』


 目の前の男にテレパシーを送る。

 ロワクレスが目に見えて動揺したのが判る。驚愕し、うろたえ、混乱していた。


『私の考えが全てわかってしまうのか? 何も隠せない? 私のこの……』

「心配するな。全てを読むわけじゃない」


 俺はロワクレスを安心させようと、声に出して言った。誰にだって人に隠しておきたい秘密はあるもの。俺だってそんなものを覗きたいなんて思わない。

 だが、テレパスだと知ると、人はみんな誰でも恐れて近づこうとしなくなる。異能の中で、最も嫌われ、そして軍では重宝された能力だった。


「人の心の中は有象無象のカオスのようなもの。チャンネルを全開していたら押し寄せる思考と雑念で頭痛を起こす。普段は、この能力を使わない。相手にテレパシーを向けるという事は、逆に相手にこっちを悟られる事にもなるんだ。だが、目的のために使用することはある。今回のように、相手の意図や考えの裏を取る必要がある場合だ。言葉に乗せて送られる思考は、明確ではっきりしてる。イメージとして情報が含まれる。俺はそれをキャッチするだけだ」


 足を止めてロワクレスを見上げた。食堂はこの通路を曲がった向こうにあるようだ。賑やかな声と音が聞こえてきていた。


「魔獣が攻めて来た時、ロワは俺の名前を呼んでくれたね。俺を心配するロワクレスの気持ちが俺の心に届いたよ。嬉しかった」


 周囲に誰の目もないことを素早く確かめて、俺は背伸びしてロワの唇にキスをした。背が足りなくて、実はちょっとテレキネシスで自分の身体を浮かせたことは内緒だ。

 驚きに固まっているロワクレスを置いて食堂へ向かう。赤くなってしまった顔を見られたくなかった。

 さっき、テレパシーを送った時。

 一瞬だったが、その時、ロワクレスの想いをちょっこっと見てしまったのだ。


 信じられるか? 俺を好きだなんて! こんな俺を!

 嬉しくて、キスしないではいられなかった。



 食堂に足を入れると、既に食事を始めている大勢の兵士や騎士が振り向いて来た。


「よお! シュン! 良く眠れたっすか? お帰りー!」


 でかい図体のブルナグムが嬉しそうに顔をほころばせ両手をぶんぶん振っている。釣られたように、周りの男たちもにこにこと笑顔で笑いかけてきた。

 食堂はうまそうな食べ物の匂いに満ち、人の熱気と埃っぽさでもやっている。

 俺はこの世界が好きになっていた。

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