第ニ話 ユーディキウム
「智香、これどこまで行くんだよ」
今まで何も言わずについてきたが、人目のつかない路地裏やビルの隙間ばかりをひたすら歩いているので我慢できずに問いかける。
「.....もうそろそろ、あと数秒ってとこかな?」
「あと数秒?という割には何も無いけど.....」
辺りを見回してもゴミ箱やら換気扇やら、智香と会った場所と光景がほとんど変わらない。
智香はそんな亮介に構わずビルの壁に向かう。そして、懐から顔写真と名前のある免許証?のようなものを取りだし、その何も無い壁にかざした。
.....と
「うぉあ!」
ただのビルの壁だと思っていた場所が引き違い窓のように開いてゆき.....あっという間にホテルのようなロビーが現れていた。傍らには監視のような厳格な人物が二人立っていて、カウンターには一人の女性が足の長い丸椅子に腰かけていた。
「さ、行くよ」
智香は平然と進んでいく。
(技術も進歩したもんだな.....)
ロービを通り非常階段のような階段を二階...三階...四階...と、長々と進んでいき、最上階の十二階へと到達した。
廊下を通りやがてあからさまに『bossのへや』と書かれた一際大きな扉の前へと到達した。
その部屋へコンコンと軽くノックをして友香は扉を開いた。
「失礼致します。千葉県東葛地区第一部隊隊長仁木智香です」
部屋に入るなりいきなりかしこまる智香の姿を見て亮介も、恐縮してその場で背筋を伸ばす。
小さくて愛くるしい容姿のbossという名前には縁の無さそうな幼女が椅子に深く腰をかけていた。
「ん.....話は.....聞いてる.....で.....そこの子.....」
bossという人物はか細い可愛らしい声で亮介を見つめる。
「は、はいっ!なんでしょうか!?」
やけに緊張して声が裏返った。
「ん.....こっちの事.....全部.....教える.....仁木中佐.....よろしく......」
「はい、りょーくんは見えてたんだよね?あれ」
「あれって、あの化け物の事だよな?」
「そう、それ、そいつを私たちはウォープトゥって読んでるの。ウォープトゥは人々の
負の感情から生まれて世界に災いを引き起こす、そのウォープトゥを能力『神装』を使って討伐するのが私たち『ユーディキウム』の仕事、ここまで理解できる?」
「だ、だいたいは理解できた」
「で、ウォープトゥは私たちのような神装使いにしか見えないはずなんだけど.....りょーくんには見えてるんだね」
「おう、確実にこの目に映ってたし」
.....と
「boss、だそうです。これからりょーくんをどうしますか?」
亮介との話を切ってbossという人物に振り返る。
「ん.....じゃあ.....そこの子.....仁木中佐の部隊に入れる.....神装使いかも.....しれないし.....」
「はぁ......まぁ、当然ですね、組織を知った以上野放しにはできませんし.....」
諦めるように友香は大きなため息をついた。
「で.....二人とも.....こっちが用意した.....家に住んでもらう.....」
さっきと同じようなか細い虫のような声でとんでもない爆弾発言をした。
智香はその発言に対して慌てて反論する。
「boss!!どういう事ですか!私とりょーくんが.....その.....同棲しろとっ!!」
今まで聞き流していたが今回は亮介も聞き逃さなかった。
智香の顔が何故か赤くなっているが気にしないでおく。
「私は反対です!いい歳の男女が一緒に過ごしていいとでも思ったのですか!!」
「ん.....思った.....二人とも仲良さそうだし.....それと.....元帥からの.....命令でもある.....」
「んぐッ.....元帥からですか.....わかりました、そうします」
bossが『元帥』と言葉にした途端きっぱりと智香は発言を堪えて諦めてしまった。
「ってうぉぉぉぉい!!諦めちゃうの!?僕男の子だよぉ!あと俺の家はどうすんだよ!」
「亮介、黙れ」
明らかに性格が変わった智香の鋭い眼光が突き刺さる。
素人でも感じる殺気が亮介を襲い一言も言えなくなってしまう。
「階級は.....准尉で......給料も.....十万ちょっとぐらいは出す.....それと.....これが.....今日からの君たちの家.....広いの.....選んでおいた.....上からの.....予算.....多かった.....し.....新井亮介の家は.....こっちで管理しとく.....」
そしてbossは机の引き出しから家の地図と間取り図を取り出した。
覗いてみるとどうやら一軒家らしい、関東東高校よりさほど遠くないようだ。そのへんは考えてくれているらしい。
給料も出ると聞いて少しホッとする。
「.....了解です.....行くよ、りょーくん」
「.....うっす」
智香は書類を受け取りbossへ丁寧にお辞儀をすると部屋を後にした。
亮介はその後ろを右も左も分からない路頭を迷う人のようにちょこちょことついて行く。
─────無言のまま新居?へと辿り着く。中に入ると外見通りの広い一軒家だ。車を使わないのにガレージが室内にきちんとあり、キッチン、トイレ、風呂、洗面所───生活に必要なもの全てが兼ね備えられていた。
智香はリビングのソファーに倒れ込むと疲れからかすぐに眠りについてしまった。
暇になってしまった亮介は階段をのぼって二階への部屋を覗きに行く。
机やベットやら、亮介の部屋にあったものは全てこの部屋に移動されていた。
(どうやって俺の家に入った!?)
そんな疑問が過ぎるが、
(まぁ、あれだけの事があればこんな事ありえることか.....)
今までの予想外の出来事で感覚が狂ってしまっていた。
亮介は学校の制服から着替えないままめベットへと倒れ込む。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
(.....うちの柔軟剤の香り.....マジで俺なんだ.....)
そんなことを思いながら亮介はゆっくりと深い眠りに付くのであった。