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音楽響く異世界で  作者: 熊田猫助
第一楽章「幼少期」
9/13

8.試験の日2

メロディアス音楽院の今年度総受験者数は、596人。

まず一昨日、現在長期休暇期間中である楽院の教室を使い、一斉に筆記試験が行われた。


試験用紙は1枚で、内容は簡単な読み書きと、魔器の名称等。


受験資格である七歳という年齢に対する問題として、相応という訳では無いが、難しすぎるという事も無いだろう。


この最低限の選り分けである一次選考を終えると、本番の実技試験が待っている。


筆記試験が終わると、採点をする為の時間として一日を挟み、その日の夕刻には結果発表が楽院の門を抜けた所で巨大な木製のボードに番号で張り出される。

筆記試験、一次選考の結果が出た段階で、受験者数は450人となった。


そして三日目の朝から、一人ずつ与えられた番号を元に、順番に試験場へと呼ばれ、魔曲の実技試験が始まる。


試験は滞り無く進み、実技試験が始まってから三日目の朝。


六人の試験官達は目の前に置かれた紙の束を眺めながら、本日の試験開始を待っていた。


六人の試験官の内の一人、グレイス副楽院長が受験者の資料に目を落としたまま口を開く。


「どうかね、トーマス君。昨日までで気になる子はいたかな?」

「あ、はい。そうですね……、今年度は有名な魔曲作家一族の御子息が何名かいましたが、あの子達は総じて……。後その他にも何名かは……」

「ほう、そうかね。」

「えっと、グレイス副学院長はどうですか?」

「うん?そうだな……、まぁ概ねトーマス君と同意見だよ。やはり、音楽一族の貴族ともなれば、それなりに良い教育を受けているし、他より少し抜きん出ているな。」

「まぁ、平年より少しレベルが高いと言った所ですかね……。」

「ファーカー先生は少し評価が厳しいんですよ。今年度も十分、豊作と言えるレベルだと思いますがね」


二人の会話に割り込むように自分の意見を告げるファーカーに、アランが続き、そこで会話は終わった。

どうやら時間が来たようで、案内役の教員がドアを開けて入ってくる。


「そろそろお時間です。開始してもよろしいですか?」

「あぁ、かまわん。始めようか」


案内役の言葉に、副楽院長が応え、本日の試験が開始されたのだった。



午前中の試験が終わり、少しの昼休憩をはさんだ後、直ぐに午後の試験が始まった。


そして、また一人、案内役の教員に連れられてやってくる一人の子供。


茶色がかった長い髪を一つに纏め、控えめにフリルをあしらった白いブラウスに、黒いスカート姿の子供。


手には黒いケースを持っていて、形と大きさから察するに、弦型魔器だろう。


その子は、案内された後、部屋に入ってペコリと一礼し、試験官達の机の前、対面に置かれた椅子まで歩き、ペコリともう一度お辞儀をする。


と、ここで、試験官の一人である女性が、慌てた様に口を開いた。


「あ!えっと、ごめんなさい。少し手違いかしら。次の子は男の子みたいだから、あなたの番じゃないみたいなの。案内の人が間違えたのかしら?」


そう告げると、周りの試験官も総じて同意見の様で、案内役の教員を呼び戻そうとした所で、椅子の横で小首を傾げて佇む子供が口を開いた。


「えっと、受験番号一三九番、ルゥーイ・シューゲルトです。間違えていますか?」

「え?えぇっと……、ルゥーイ・シューゲルト、君?で間違いないのかしら?」

「はい。よろしくお願いします。」


その言葉に、試験官達は総じて目を丸くしている。

まぁ、書類に男の子と記載されているのに、目の前にいるのはどう見ても女の子なのだから、無理は無いだろう。


「コホンッ、えっと、すまないね。此方の勘違いで、どうぞ、かけて」

「はい」


場を取り繕う様に、グレイス副楽院長が声をかけ、ルゥーイは椅子に腰かけた。

まだ少し、試験官達には疑問が浮かんでいるが、当の本人は気にした様子は無い。

恐らく、こうした反応に慣れているんだろう。



「それじゃぁ、まず名前と、専攻魔器を」

「はい。名前はルゥーイ・シューゲルトで、専攻は弦型魔器の一番です。」

「よろしくね。次は、今日演奏する曲を教えてくれるかな?」

「はい。シューゲルト作、弦型一番協奏曲『魔響』です」

「じゃぁ、聴かせてくれるかな?」

「はい」


そして何事もなかったように始まる実技試験。

受験者の対応をするのは、日替わりで、今日はトーマスだ。

トーマスの言葉に、ルゥーイは落ち着いた様子で受け答えをし、手慣れた手つきでケースから弦型一番を出し、少しのチューニングを終えた後、弓を構えた。


ルゥーイは爪先で拍を軽く取った後、演奏を始めた。


本来は伴奏があり、前奏部分があるのだが、試験では演奏するのは本人だけだ。

その為、前奏部分を飛ばし、弦型一番の独奏から始まる。


最初は小さく、流れる様に、ゆっくりとしたメロディが続き、それは段々と活気溢れる物へと変わっていく。


そして魔力は響き、試験場となっている教室に響き渡る。


試験官達は、総じてルゥーイの演奏に聴き惚れていた。


そして音楽の時間は終わりを告げ、演奏をし終えたルゥーイはペコリとお辞儀をし、はっと我に返った試験官達は総じて手を叩いていた。


その後、少しの質疑応答を行った後、ルゥーイはまたペコリと御辞儀をした後、退出した。


その後も試験は滞りなく進み、日が傾き始めた時分に、ようやく本日の試験も終わりへと近づいていた。



試験官達は皆一様に今日一日分の受験者達の書類を纏めている。

そして一人、グレイス副楽院長がパラパラと書類をめくっていた手をピタリと止め、ジッと一枚の書類を眺める。

その様子に気付いたトーマスが声をかけた。


「彼ですか?」

「ん?あぁ、彼、と呼んでいいのか迷うがね。」

「ははっ、確かに、どう見ても女の子でしたから。それにしても、年齢相応とは言い難い演奏でしたね。魔力の響きが他の子供達とは桁違いでしたよ」

「あぁ……、驚くほどに、ミスが無かった。譜面通り、強弱、テンポ、全てが完璧だった。さすがは、シューゲルト家の御子息とも言えるが……」

「そうですね……。英才教育は受けているでしょうが、それだけであれほどの魔力の響きは有り得ないですよ。響きを理解している。絶対響感、ですかね?」

「まず、間違いないだろうな。あの歳であれだけ弾けるなら、将来が楽しみだ」


そう言ってグレイス副楽院長が書類を置いた所で、不意にノックの音が鳴る。

入室を促し、入ってきたのは案内役を務めていた教員だった。


「失礼します。本日は次の方で最後です。どうぞ、入って」

「失礼します」


そう言ってペコリと御辞儀をし、入ってくる女の子。


案内役の教員がゆっくりとドアを閉めた後、試験官達の机の前に置かれた椅子まで進み、女の子はもう一度ペコリと御辞儀をした。


長く艶やかな黒髪を一つに纏め、控えめのフリルをあしらった白いブラウスに、黒いスカート姿。

どうも見覚えがある服装をした女の子だった。


試験官達は皆総じて同じことを思っていた。


今日、全く同じ服装をした子を見ていたのだから、見覚えがあるのは当たり前なのだが、どうもそれだけがこの妙な違和感の正体ではなさそうだった。


その顔立ちも、どこか似ている。


そう、まるで、双子でも見ているかのようだった。


少しの間固まっている試験官達に、女の子は少しの疑問を覚えながら口を開く。


「えっと、リーナ・ベリウスです。専攻は唱者です。よろしく、お願いします」


そう言って女の子はペコリと部屋へ入って三度目の御辞儀をする。

その自己紹介の言葉に、はっと我に返る試験官達。


こうして、本日、最後の試験が始まるのだった。



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