4.奏者と唱者
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兄妹の再会を果たした俺達の感動も冷めやらぬうちに、取り合えずいつまでも抱き合っている訳にもいかないと思い至った俺は、取り合えず落ち着こうと妹、ルゥから離れ……。
離れて……。
…………。
離れなさい。
正しくベリッと言う具合にルゥを離して椅子に座らせ、俺はベットに腰かけて一息をついた。
一息をついたところで、何やらソワソワしていたルゥは、椅子からピョンッと飛び降りたかと思うと、ベットの方へと駆けより、俺の直ぐ隣に座った。
可笑しい。
こんなにベタベタした奴では無かったはずだが……。
そして前世を思い返すと、これほど長い間離れたのは初めてかもしれないという事に思い至った。
双子で学年もクラスも一緒だったし、孤児院でも一緒で、勿論修学旅行なんかも一緒。
一八になったと同時に孤児院を出て、アパートでも一緒だったな……。
なるほど。
そうかそうか。
兄ちゃんが恋しかったんだな。
そういう考えに辿り着いた俺は、またホロリと涙を流しつつ、隣に座っているルゥの頭を撫でる。
「なにっ?いきなり……」
「皆まで言うな……。わかってる」
「……」
睨まれたのですぐに手を引っ込める俺であった。
そんな事をやっていると、部屋の外から母マリアの声が聞こえてきた。
「リーナー、ちょっとドア開けてくれないかしらー。両手が塞がってるのー」
「あ、はーい!」
そしてドアを開けると、お盆にコップを二つ乗せた母がいつものニコニコ顔で立っていた。
「お茶を入れてきたわよ。はいどうぞ。ルゥ君も、はい」
「ありがとうございます。かあさま」
「ありがとうございます。頂きます」
二人でお礼を言いながら、手渡されたカップを受け取り、母は俺達の前の椅子に腰かけ、お茶を飲んでいる俺達をニコニコ顔で眺めている。
そしてお茶を飲んでいる俺達の顔を交互に見た後、母が口を開いた。
「それにしても、随分と仲良くなれたみたいねぇ。安心したわぁ。そうやって二人並んでいると、本当に姉妹みたいねぇ」
「え?そ、そうですか?」
「えぇ!……そうだわ!二人にお揃いのドレスを作りましょう!私とタリアも小さい頃お揃いのドレスを着てたのよぉ。それがいいわ!」
「わぁ!本当ですか!?お姉ちゃんとお揃い!嬉しいです!」
「え?あ、はい」
そんな事を言い出す母に、ルゥは手放しで喜び、俺は苦笑い。
どうやらルゥは案外役者の様だ。
俺は何だか今一つ、こんな時の反応がよく解らないのだった。
「そういえば、さっき聴こえてきた曲、聴いた事の無い曲だったけど、ルゥ君が弾いていたの?それに歌も聴こえてきた気がするのだけど……」
「はい。父の書斎にあった楽譜の曲です。魔曲ではないのですけど……」
「へぇ、そうなのぉ。魔曲じゃないのなら世間には出てないのねぇ……。シューゲルト家のご先祖様は偉大な魔曲作家だったから、世に出てない曲も沢山あるのでしょうね」
うむ。
口から出まかせが良く出る物である。
まぁ前世の曲ですとは言えないから仕方ないが。
「弦の一番はルゥ君が弾いていたという事は、ひょっとして歌はリーナが歌っていたの?」
「えっと、はい」
「お姉ちゃん、上手だったでしょう?さっき僕が教えて、直ぐに覚えたんですよ!」
「まぁ!やっぱりそうなの!えぇ!とっても上手だったわよ。そう……、リーナが歌を……」
直ぐに覚えたとは少し無理があるような気がするが、母も気にしていないようなので良しとしよう。
それはさておき、何やら少し考える素振りを見せる母に、俺は少し疑問を覚えた。
そんな母を見ながら小首を傾げている俺に気付いた母は口を開く。
「えぇっと、ひょっとしてリーナは歌を歌いたいの?奏者じゃなくて……」
「えっと、ダメなんですか?」
そんな事を聞いてくる母に、俺はまた疑問に思い尋ねる。
そういえばあまり我が家の事に詳しくないが、父が有名な奏者らしいと先ほど聞いたので、ひょっとすると俺も奏者にならなくてはならないのだろうか。
「いいえ!そんな事は無いわ!無いのだけれど……、奏者と違って唱者はとても難しいのよ?あ、勿論奏者が簡単だって訳じゃないのよ。唯、それ以上に難しいと言うか……」
「そ、そうなのですか……」
とにかく、俺にはこの世界での知識が未だ乏しく、よく解らないので、そこらへんを少し尋ねてみた。
ルゥは、ヴァイオリンを3歳から始め、準特級奏者である父から英才教育なる物を受けていた様なので、ある程度は知っていたらしい。
まず、奏者とは文字通り、魔器、楽器を奏でる者の事を指す。
そして歌を歌う者の事は、唱える者、唱者と呼ぶらしい。
そしてこの世界には、異世界らしく魔素というファンタジーな物が存在し、様々な物語やゲーム等でお馴染みの魔力が存在している。
ただし、この空気中に存在している魔素を魔力として行使する事は人の身では難しく、魔器を使って初めて魔力を音として響かせる事が可能になる。
そして、更に魔曲と呼ばれる曲を奏でる事で、様々な力を行使する事が出来る。
そして件の唱者だが、これは魔器を必要とせず、人の身で魔素を取り込み、魔力を歌声として響かせる事の出来る者の事を指す。
唱者の歌の魔力は凄まじく、奏者の奏でる音楽に合わせる事で力は更に膨れ上がる。
一朝一夕で出来る事でもなく、殆ど個人の資質による所が大きい狭き門らしい。
どうやら母はその事を危惧しているらしい。
ただ歌が好きだからという理由では、唱者になるのは難しい。
さて、どうしたものか。
説明を受けて考え込む俺に対し、ルゥは何を考える事があるのかという風に俺を見ている。
「僕は、お姉ちゃん唱者になれると思う。」
「え?でも……、難しいって」
「だって、さっきの魔曲でも無い曲で、お姉ちゃんの歌に魔力の響きが見えたんだ」
魔力の響き?
また可笑しな事を言い出したぞっと首をかしげている俺に対して、目の前の母は驚いた様に口に手を当てている。
何を驚く事があるのか。
「ルゥ君、あなた、絶対響感があるの……?」
「うん、お父さんはそうだって」
説明を求む!
そんな顔をしていると、母が説明してくれた。
どうやら前世でいう絶対音感のような物で、魔力の響きが目に見えるという事らしい。
なるほど、と言ってもよく解らないが。
「だから、お姉ちゃんは唱者の才能が絶対にあるよ!」
「そ、そうなの?」
「そうねぇ……、そのためには、これから沢山勉強しないといけないわね。ルゥ君は、メロディアス音学院に入学するのよね?」
「はい。7歳で入学する予定です」
「なら、リーナもそうしましょう!忙しくなるわ……。座学は私で、実技はお父さんね。明日から早速始めましょ?」
「え?え?」
「お姉ちゃん!一緒に学校に行こう!ね!?」
「えっと、うん」
「決まりね!じゃぁお父さんに話てくるわ!」
なんだか、よく解らないが、俺の進路が決定したらしい。
勉強、苦手なんだけどなぁ……。
大丈夫だろうかという俺の不安を余所に、隣のルゥはウキウキとした様子で俺の腕へと抱き着いてくるのだった。
さて、どうなることやら……。