10.新たな生活の始まり
「うーん、こんなもんかな?いや、曲がってる?」
そんな独り言を漏らしながら俺は鏡と睨めっこしていた。
これから毎日着ることになる制服に袖を通し、水色のリボンを調整しながら溜息を吐いた。
段々と面倒くさくなってきたのは言うまでもない。
因みに制服はブレザータイプで紺色だ。
男の子がネクタイで、女の子はリボンになっている。
リボンとネクタイは明るい水色。
まぁ、こうして制服を着ているという事を見て分かる通り、俺とルゥは晴れてメロディアス音楽院に合格する事が出来、そして、昨日の夕方に学園に併設された学生寮に入ったという訳だ。
ここでグルリと部屋を見回してみる。
木造のあり触れた感じの部屋で、広さで言えば6畳ぐらいだろうか。
二段ベットに机が二つと、質素な感じだ。
部屋に置かれた二段ベットで解る通り、二人で一部屋の相部屋になっているのだが、人数の関係で一人余りが出ており、何故か俺が一人部屋になっている。
正直ありがたい事だ。
他の女の子と一緒の部屋で生活するなんて、精神が持ちそうにない。
ルゥが一緒の部屋にしろと最後まで直談判に行っていたらしいが、あんななりをしていても一応男の子なので却下されていた。
当たり前だ。
ここでふとルゥの事、一緒に転生してきた前世の妹の事を考える。
こっちの世界に転生して、再会を果たしてから妙にベタベタしてくるというか、距離が近い気がするのは俺の気のせいではないだろう。
あいつが前世では女の子だったという事を思うと、俺が現在女の子に転生しているという事が関係している気がする。
恐らく同性に接するような感覚なのではないだろうか。
うん、きっとそうだろう。
と、ここまで考えた所で不意に部屋にノックが響いた。
「ルゥだろ?空いてるよ」
俺がそう告げると、ガチャリとドアノブが回り、制服に身を包んだルゥが入ってきた。
うん、見る限り完全に女の子だね。
っていうか制服まで女の子用なのかよ!
と内心で突っ込んでおいた。
「お姉ちゃん、確かめる前に返事するのやめたら?僕じゃなかったらどうするの。ちょっと男言葉になってたし……」
「あぁ~……、うん、そうだな、気を付けるよ」
ルゥの言葉に確かにその通りだと少し反省。
でも、この時間に俺の部屋を訪ねてくるのってお前ぐらいしかいないと思うんだけど……。
「って、ここ女子寮ですけど!!?」
「え、うん。普通に入れたよ?」
「え、あぁ……、その恰好のせいか……」
その言葉にルゥの恰好を見直して溜息を吐く。
だが、実際の性別は男の子なのだから後々問題になってくるかもしれない。
というかなるだろ。
「でもルゥは男の子なんだから……、今日はもういいけどさ、明日からは寮の外で待ってろよ」
「う~ん、それはそうだけど……」
渋りながら俺の顔をチラチラ見るルゥに内心溜息を吐く。
そんな顔してもダメだからね?
俺から了承を得たって俺にそんな決定権ないからね?
「わかったよ。明日は外で待ってるから……、それよりほら、こっち向いて!リボン直すから!その酷い寝癖も……」
「あぁ、悪い。頼む」
半ば途中で放棄していた身支度を奇麗に整えられたあと、俺たちは寮をあとにするのだった。
学園への通学路はほぼ一本道だ。
まぁ学園に併設された学生寮からの通学なので当たり前なのだが。
石畳で舗装された並木道を二人でゆっくりと歩く。
チラホラと他の学生も見て取れた。
なんだかチラチラ見られてる気がするのは気のせいではないだろう。
視線が痛い。
なんだ、寝癖でもついているのか?
リボン曲がってるか?
いや、両方さっきルゥに見てもらったし、大丈夫なはずだ。
ソワソワと落ち着きがない俺のほうをチラリと見たルゥがあからさまな溜息を吐いた。
「お姉ちゃん、挙動不審なんだけど?」
「え、いや、なんかさ、注目されてない?どこか変?」
俺の言葉にルゥがグルリと辺りを見回した。
「あぁ、たぶん試験のせいじゃない?僕とお姉ちゃん、ちょっとだけ噂になってるって寮で聞いたし」
「えっ!?そんなに酷かったの?」
「いや、逆だよ。なんだか自分で言うのもあれなんだけど……」
「へぇ~……、え、そうなの?」
「知らなかったの?」
「うん」
俺の言葉に半ば呆れ顔を見せるルゥ。
なんだよ、お前もう寮に友達できたのかよ。
社交性抜群かよ。
「私も友達作らないとなぁ」
「友達、ねぇ……」
俺の呟きに何か思う所でもあるのか、ルゥは俺の方をチラリとみた後、少し考えている。
「……何?友達、別にいいでしょ?ルゥだって寮で話する友達できたんじゃないの?」
「それは、まぁ少しは」
「ほらー、私も作らないと」
「ちなみに、どっちの?」
「どっちとは?」
「男の子か、女の子か?」
「あぁ!性別ね。性別、性別……、どっちだろう?気にした事ないぞ、そんなの。どっちでもいいよ、仲良くなれれば」
前世でもそんなに気にした事はない。
前世では浅く広く、どっちの友達もそれなりに居たと記憶している。
まぁ本当に浅く広くで、親友とか、飛びぬけて仲がいいっていう子はいなかったんだよなぁ。
勿論彼女なんてのもできた事ないし。
というか、その浅く広くの友達の殆どがルゥも友達だった為に、遊んだりする時も常に妹も一緒だった。
「別に、無理して急いで作らなくても、僕がいるし……」
「んー?うーん、まぁ無理して作ったら友達じゃないよねぇ」
「そ、そうそう!……だから焦らず、じっくりと」
「あぁ、そうだね」
少し小声で聞き取り難いが、ルゥの言に同意する。
ふとここで少し前世の事を思い出してみる。
ルゥはこれでいて外面がイイ。
俺と友達が大半被っていたのだが、それ以外にも結構話したりする友達は男女問わずいたハズだ。
遊んだりする時は俺と常にと言っていいほど一緒で、自然とそうなったのだが、一度俺がその遊びに行くグループに一人の女の子を連れてきた時があった。
確か、前日になってどうしても一緒に遊びたいという事で連れて行ったと記憶しているが、その時だ。
外面がイイはずの妹が、その女の子と喧嘩になったのは。
あ、一応妹の名誉の為に言っておくが、会って早々に喧嘩を売った訳じゃないよ?
まぁ何と言うか、最初からいい印象は持ってなかったみたいだが、暫くは我慢していた様だ。
それなのに、その女の子の態度があんまり良くなかった。
俺が遊んでいたグループの女の子全員に対して態度が良くなかったんだが、妹に対してはもっと酷かった気がする。
そして段々と機嫌が悪くなる妹のフォローに俺が回り、それでなんだかさらにその女の子がちょっかいを出してきたりと、流石に俺も我慢の限界が訪れた頃に妹が先にキレたという訳だ。
まぁ俺がそんな子を二つ返事で連れてきたのが悪いという反省。
そしてそれから、俺に友達が出来たらまずは妹に紹介するという変な決まり事が出来た。
仲間内の女の子の間でもそれが推奨されていたので、俺はそれに従っていたのだが、それからという物、幼い頃から言われていたシスコン疑惑が更に加速したのだった。
まぁ別に不名誉でもなんでもなく、妹を持つ兄なんて大なり小なり皆ある程度はシスコンだよね?
あれ、違う?
まぁいい。
まぁそれが前世での決まり事だったのだから、今世でもそれは変わらないと言う事だ。
「ルゥ、友達出来たらちゃんと紹介するからね?」
「え?覚えてたんだ……、ふふ」
「当たり前でしょー。私がルゥとの約束を忘れるなんて有り得ないし、破るなんてもっと有り得ない」
「それは、嬉しいけど……」
「うん?何か他にもあるの?」
「へ?ううん!何でもないよー、あはは」
変に動揺するルゥに疑問が浮かぶ俺であった。
ルゥの顔が少し赤いようだが、気のせいだろう、うん。
そして俯きがちにルゥがボソリと何かを喋った気がしたのだが、それも気のせいという事であまり気に留めなかったのだった。
「まだ、女の子か男の子のどっちを警戒すればいいのか解ってないからなぁ……。男の子は無い、と思いたい……」